東京15区補選の応援演説に来た小池百合子・東京都知事=4月16日、東京都江東区

 2016年の都知事選に国政から転出して以来、東京都に君臨し続けてきた小池百合子知事だが、ここにきてその威光に影が見え始めている。原因のひとつとして考えられるのは、4月10日発売の文藝春秋5月号が、かねてくすぶっていた小池知事のカイロ大学(首席)卒業をめぐる経歴詐称疑惑を報道したことだろう。28日投開票の衆院東京15区(江東区)の補欠選挙では、自らが立候補を主導した乙武洋匡氏の応援に奔走しているが……。

 小池知事の元側近で都民ファーストの会都議団政務調査会事務総長だった小島敏郎氏が、20年にエジプト大使館のフェイスブックにカイロ大学の声明文が掲載された経緯を告発するとともに、カイロ時代のルームメートだった北原百代氏が「小池さんはカイロ大学を卒業していない」と実名顔出しで暴露した。

■小池知事から萩生田光一氏への大きな“貸し”

 また1994年に新進党が結党されて以来、小池知事が行動を共にしてきた二階俊博元自民党幹事長が3月25日、次期衆院選に出馬しないと表明したことも影響しているかもしれない。小池知事はかつて、二階氏が率いる志帥会(二階派)の後継候補のひとりに目され、日本初の女性首相を狙うときの足掛かりにするつもりだともささやかれた。

 洋々たる前途が怪しくなり始めた。そこでリスクを避けようとしたのかもしれない。小池知事は自身が出馬すると噂されていた衆院東京15区補選に、作家の乙武洋匡氏を擁立した。小池知事は3月29日の会見で乙武氏擁立を公表したが、その前日に乙武氏はファーストの会副代表に就任している。

 乙武氏については、昨年12月の江東区長選と同様に、自民党と公明党が応援するはずだった。小池知事は今年1月の八王子市長選で、自民党・都連会長の萩生田光一氏に対して大きな“貸し”があった。

八王子市長選で応援に駆けつけた小池百合子都知事=2024年1月19日、東京都八王子市

 八王子市は萩生田氏の地元だが、自公が推薦した初宿和夫氏は野党系の候補にリードされていたが、それを挽回(ばんかい)するために投開票の前々日に小池知事に応援に入ってもらったのだ。

 初宿氏は無事当選を果たしたが、小池知事にとってもメリットはあった。千代田区、豊島区、青梅市、そして江東区に続き、自分の息のかかった首長が誕生することは、都政での権力基盤をいっそう固めるためには都合が良い。

 そして4月21日投開票の目黒区長選には、小池知事の腹心の伊藤悠前都議が出馬した。伊藤氏は民主党時代の手塚仁雄衆院議員(現立憲民主党)の秘書だったが、目黒区議から都議に転出し、2005年の都議選では2万3809票を獲得してトップ当選。09年も民主党に吹き始めた風に乗り、大きく票を増やし3万7430票でトップで当選した。

■見えない公明票の動き

 13年の都議選では落選したものの、17年の都議選では都民ファーストの会から出馬し、有効投票の42%の4万7674票も獲得して返り咲いた。そして、21年の都議選でも2万3117票でトップ当選するなど断トツの強さを見せていた

 これに公明票が加われば、目黒区長選で6期目を目指して多選を批判されていた青木英二区長に伊藤氏が勝てると見込んだのだろう。

 23年の目黒区議選では、公明党候補の総得票数は1万653票。区内には約1万票の公明票があると見ることができる。なお20年の同区長選では、青木区長は自公の推薦を得て3万178票を獲得したが、立憲、共産、社民、生活者ネットの推薦を得た山本紘子氏に3270票差まで迫られていた。

 今回、伊藤氏には小池知事に加え、国民民主党の玉木雄一郎代表まで応援してくれるのだ。計算通りであれば、当選は固い。

 ただ、大きな懸念があった。今回、選挙戦で公明票の動きが見えてこなかったのだ。

 結果的に、多選批判を受けながらも現職の青木氏が当選。伊藤氏の得票は2万369票で、青木氏に5070票も及ばなかった。“小池効果”も“玉木効果”もなく、都民ファーストの回から過去2回の都議選で伊藤氏が獲得した票数より少なかった。

 同じことが4月28日に投開票される衆院東京15区補選でも起こるのだろうか。

 小池知事が擁立した乙武氏は「無所属」であることを強調し、自らが所属するファーストの会以外に推薦願を出さないと言明した。これが7万票以上あると言われる自民票からそっぽを向かれる原因となった。自民党は4月12日、乙武氏本人から推薦願が出ていないことと、地元からの強い反発があることを理由に、乙武氏の推薦を見送った。

 公明票については選挙マシンと言われる創価学会女性部が、8年前の不倫報道を理由に乙武氏の応援を渋っており、それが各情勢調査にも反映しているようだ。

 実際のところ、乙武氏は当初、まったく上位に食い込めていなかった。日経新聞が4月19日に報じたところでは、9人の候補のうち6番目と沈んでいた。

■「いくらなんでも一定以上の順位じゃないと」

 しかし4月22日に報じられた朝日新聞の調査や23日公表の選挙ドットコムの調査では、乙武氏はトップを独走する立憲民主党の酒井菜摘氏を追う塊の上位にいる。

 公明党関係者が打ち明ける。

「どうやら、創価学会女性部の一部が動き出したようだ。乙武氏を小池知事が応援している以上は、いくらなんでも一定以上の順位じゃないとまずいということらしい」

 おそらく目黒区長選の結果が顕著に出すぎたため、軌道修正する必要に迫られたのだろう。とはいえ、終盤で一気に逆転できる可能性は大きいはずがなく、表層的なメンツをかけた動きに違いない。

“女帝”は時に魔法を使い、その力と地位は永遠に盤石だと我々に思い込ませてきたが、その魔法が解けるのも、そう遠くないかもしれない。

(政治ジャーリスト・安積明子)