高齢者への住宅賃貸はリスク…という認識は変わっていくかもしれない。画像はイメージ(GettyImages)

 近年、社会問題となっているのが、高齢者が賃貸住宅への入居を拒否される「貸し渋り」だ。貸主の大家が、孤独死や家賃滞納のリスクを懸念して嫌がるケースが目立つ。だがその反面、高齢者を積極的に受け入れ、利益もあげている大家もいる。そうした大家に実態を聞くと、高齢者へのさまざまな懸念は、ただの思い込みという側面も見えてくる。

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 総務省によると、65歳以上の1人暮らしの高齢者は、2040年には約900万人に増えるとされる。

 また、国立社会保障・人口問題研究所が今月公表した推計によると、2050年には、国内の全世帯に占める1人暮らしの割合が44.3%となり、このうち65歳以上の高齢者が半数近くに達する。身寄りのない独居の高齢者が急増する見通しだ。

  年を取れば体力は衰える。持ち家が広すぎて持て余すなど、より暮らしやすい物件に住みたいと考え、賃貸住宅を探す高齢者はどんどん増えることが予想される。

  だが、65歳以上の顧客を専門にする不動産会社「R65」がこのほど、全国の賃貸オーナー500人に対して行った調査では、「高齢者を積極的に受け入れている」と答えたオーナーは19%にとどまり、「受け入れていない」が40パーセントを超えた。 ただ一方で、高齢者を積極的に受け入れている貸主もいる。

 「高齢者だとリスクがある、問題が起きる、というのは、勝手なイメージだと思います」

  そう話すのは、関西で父親の跡を継いで大家業をしている神吉(かんき)優美さんだ。

■家賃の滞納はめったに起きない

  神吉さんの家族は複数の集合住宅を所有しているが、入居者の半数以上が65歳以上の高齢者だという。ずっと住み続けて高齢になった人もいるが、毎年十数人の高齢の新規入居者を受け入れてきたという。

 「結婚して子どもを育て、その子どもが独立して家を出て、その後、夫や妻と死別してひとりになったという方もいますし、入居する時点ですでに高齢の方もいます。新規入居の方で最高齢は89歳の男性でした」(神吉さん、以下同)

  神吉さんは、高齢者を受け入れるにあたって、どのような工夫をしているのか。

  まずは家賃滞納への備えだが、神吉さんは入居する条件として、家賃滞納があった際に、それをカバーしてくれる保証会社との契約を必須にしている。

  と言っても、高齢者の滞納が目立つからではない。逆に高齢者は年金暮らしで収入が安定しており、身の丈にあった生活をしているため、滞納はめったに起きないという。認知症になって支払いができなくなったときのリスクを回避するためだ。

 「家賃滞納に関しては、高齢者より、リストラや仕事をやめたりして収入が一気に減る可能性のある若い世代の方が、リスクがあると感じています。保証会社の方と話しても、滞納は若い世代の方が目立つと聞きますね」

 そして、大家が最も懸念するのは孤独死だろう。特に発見が遅れた場合、大家にも心理的負担が生じるし、特殊清掃に大きなお金がかかるためだ。

■唯一の懸念は「認知症」

  ただ、神吉さんはそのリスクにも懐疑的だ。見守りサービスの利用や、清掃費をカバーしてくれる保険が販売されており、事前に取れる対策はある。

  そもそも、高齢者は日中、家にいるため、大家や管理人は接点を持ちやすいというメリットがある。介護サービスを利用している人も多く、人との「つながり」によって、万が一の時にも早期発見につなげることができる。

 「高齢者だから発見が遅れる、というのは事実ではないと思います。ただ、人とのつながりがなく、介護サービスも受けずにずっと家にいる1人暮らしの高齢者は、発見が遅れるリスクがあります。自分は大丈夫だと思わず、介護サービスは積極的に受けてほしいです」

  入居者が亡くなった際には「残置物」の処分をどうするかという問題もある。だがこれも、処置の手続きや費用を保証してくれるサービスがある。残置物を円滑に処分できる「モデル契約条項」も国土交通省と法務省が示しており、備えさえしておけば大家の負担は少ない。

  神吉さんが唯一、強く懸念するのは入居者が認知症になった場合だ。「大家だけでは限界があります。地域包括支援センターと大家が協力して対策を取っていくことが重要で、その体制を充実させていく必要があると考えています」

  神吉さんが高齢者を受け入れるのは単なる「善意」ではない。利益もしっかり確保している。高齢者は次の物件探しが難しいため、長期の入居を望む。滞納や“夜逃げ”もなく、安定した賃貸経営につなげやすいのだという。

■大家との関係性が「見守り」につながる

  安定的な経営のためには、高齢者との関係づくりも重要になる。神吉さんは管理している物件に出向き、入居者たちとの交流に努めている。旅先で大量に土産を買ってみんなに配ったり、世間話をしたり、その関係性が「見守り」につながる。

  さらに、高齢者たちの社会参加や生きがいづくりにも取り組んでいる。物件の近所の清掃活動をはじめ、特定の入居者に、ごみ集積場で分別をチェックする役割を任せたりもしている。いずれもボランティアではなく、働いてもらっただけの賃金をちゃんと支払う形だ。役割があることで、高齢者が生き生きすることを実感している。

 「現代における、下町的な人間関係をつくっていきたいと思っています」

  さまざまな人間が暮らす集合住宅。問題が発生することもある。

  それでも、神吉さんはこう思いを語る。

 「認知症を除けば、高齢ゆえのリスクは少ないと感じています。人間、誰もが年を取りますよね。勝手なイメージを作って、それを理由に高齢者の排除を続けるのは良いことではないと思います」

  親や自分が老いて一人になったとき、賃貸に移り住むという選択肢があった方が、暮らしやすい老後につながることは間違いないだろう。

(國府田英之)