5・9スタートミュージカル『この世界の片隅に』 登場人物の名前は元素名

 俳優の大原櫻子、昆夏美、歌手のアンジェラ・アキ、漫画家のこうの史代氏が、9日から開幕するミュージカル『この世界の片隅に』(脚本・演出/上田一豪)の稽古場で対談を行った。

 本公演は、2度にわたる映画化、実写ドラマ化などメディアミックスされてきた、こうの氏による漫画『この世界の片隅に』の世界初となるミュージカル。太平洋戦争下の広島県呉市を舞台に、そこで暮らす人々の様子とつつましくも美しい日々が淡々と丁寧に描かれる。原作コミック『四月は君の嘘』のミュージカルを担当した上田氏が脚本・演出を、ミュージカル全編の音楽をアンジェラが務める。大原と昆は、絵を描くことが大好きな主人公・浦野すず役をダブルキャストで演じる。

 今回、こうの氏とアンジェラが開幕を控える稽古場を訪問し、大原と昆と初対面を果たした。昆は原作について、「戦争を扱っていながら、常に温かい空気が流れているところ」に心打たれたといい、「『戦争はいけません!』と声高に訴えるのではなく、今の私たちとも変わらない“人の心”に焦点が当たっていて、だからこそ、すずさんの喪失感がより迫ってきたのだと思います」と感想を伝えた。「今、特に気になっているのはすずさんの表情。分かりやすく笑ったり怒ったりしている時もあれば、もっと奥深い表情をしている時もあることに気付いて、どう自分の中に落とし込んだらいいかを考えながらお稽古しています」と、演じる上での難しさを明かした。

 大原は、「すずちゃんの個性というところでぜひお聞きしたいのですが、主人公を『ボーっとした』キャラクターに設定したのはどうしてなんですか」と質問。こうの氏は、「その方が、この時代と場所に馴染みのない読者でも、物語に入り込みやすいと思ったんです」と語り、「主人公が最初から呉でチャキチャキ頑張っている人だと、会話の中で状況を説明する隙がないですよね。でもよそから来たボーっとした人が主人公なら、主人公が周りの人たちにいろいろと質問をして、それに答える形で状況の説明ができるんです」と、設定理由を明かした。

 アンジェラが、ノンフィクションのように感じる物語について、「すずさんや周りのキャラクターに、モデルはいるんですか」とたずねると、こうの氏は「(すずの夫の北條)周作の職業だけは、私の親戚をモデルにしていますが、あとは全部創作ですね」と説明し、「すずに家族とはまた違う、同世代の友達との世界を作ることで、もうひとつの“世界の片隅”を表現したかったというのがひとつ。それから、当時の呉には実際に遊郭があったので、そういう過酷な境遇の人たちをいなかったことにはできない、というのもありました」と理由を説明した。

 また昆は、「すずも(遊女の白木)リンも、元素名から名前が取られているんですよね。調べてみたら全員そうで鳥肌が立ったのですが、それはなぜですか」と質問。こうの氏は「最初は呉の地名にしようかと思ったのですが、呉には硬い地名が多いんですね。悩んでいた時、たまたま近くに周期表があったので、これを使おうと(笑)」と告白。「たくさんある元素の中で『すず』を主人公にしたことには、私が飼っていたインコの『すずしろ』が関係しています。ある時いなくなってしまったのですが、どこかでずっと元気にしていてほしくて、新天地で頑張る主人公にその思いを込めたんです」と、エピソードを明かした。

 今回、アンジェラがミュージカル楽曲を担当。アンジェラは2014年に渡米し10年が経過。ミュージカル音楽作家として再始動する中で、23年4月に渡米し同作の音楽をブラッシュアップ。4月下旬に帰国したばかり。こうの氏は「アンジェラさんの歌われたデモテープも感動しながら聞かせていただきました」と語り、「お稽古で特に苦労されているのはどんなことですか」と逆質問。

 アンジェラは「今回が初演のオリジナル作品なので、最終形が見えていない難しさはやはりありますね」と語り、「でもだからこそ、キャストの皆さんと一緒に作れている感覚があって楽しいです。特にすずの2人は、『すずはこういう言い方はしないと思う』といったフィードバックをくれる頼もしい存在で、それを受けて歌詞を変えたりもしているんです」と、大原と昆と共に作り上げていると明かした。「私はこの作品が長く続いていくことを願っているのですが、最初のすずがこの2人で本当によかったです」と喜んだ。

 大原は「アンジーさんが音楽や歌詞を変える相談もさせてくださるので、オリジナ
ルならではの生みの苦しみはありますが、私も楽しくお稽古させていただいています」と共感。昆も「アンジェラさんは、強い思いを持って楽曲を作られたはずなのに、私たちの思いを汲んで柔軟に変更してくださるんです。こうの先生の生み出された温かい原作のもと、温かい人たちが集まって、温かい作品を作っている感じがすごくある稽古場です」と現場の雰囲気について語った。

 また大原は、「聞くだけで涙が止まらなくなる楽曲が、本当にたくさんあるよね。アンジーさんおひとりから、どうしてこんなにもいろいろなメロディーや言葉が生まれるのだろうと感動してしまいます」と楽曲の幅広さに感動。アンジェラは「2人の演技がとにかく素晴らしいんですよ。(機銃掃射の)シーンあたりから、すずの感情がクレッシェンドしていき、最後には優しくデクレッシェンドしていくのですが、そのすべてが見どころですね。すずの熱量を表現するのは本当に大変だと思うのですが、2人とももう、『圧倒的』『ヤバい』といった言葉しか出ないくらいすごいパワーなんです」と絶賛した。

 この日は、昆がすず役を演じて通し稽古を実施。稽古を見学したこうの氏は、「素晴らしい舞台でした。ちょっとジーンときました。ちょっとというか、大分ジーンときました」と称賛。「すごくすずが可愛くて、十数年前にこれを書いていた私に『グッジョブ!』と言いたいです(笑)」と喜んだ。ENCOUNT編集部