雑誌『エンジン』の大人気連載企画「マイカー&マイハウス クルマと暮らす理想の住まいを求めて」。今回は、閑静な住宅街に建つ控えめな外観の一軒家。だが中に入ると、L字型の2つの建物に囲まれた、大きな中庭が現れた。自然と一体化したその家は、まるで南国リゾートのようである。ご存知、デザインプロデューサーのジョースズキ氏がリポートする。

スリランカ旅行を契機に……

高い木のある芝生の庭を囲むように建てられた、緑あふれるOさん(50代)一家のお宅。この中庭だけでなく、2階の回廊や外構など、至る所に小さな庭が設けられている。低く伸びやかな建物、石を積み上げた壁とエスニックな木製家具の組み合わせ、大胆な動物の壁画などが相まって、どこか南国のリゾートホテルを思わせる家だ。

2階に通じる南側の芝生のスロープ。

Oさんが家を建てるきっかけとなったのは、建築家ジェフリー・バワの自邸を訪れたスリランカへの旅。熱帯の緑豊かな環境で、家の内と外との境界が曖昧なバワ氏の建築に接し「開放的な半屋外の空間が存在し、時にはそこに雨が降り注ぐ光景に驚きました。私は雪国で生まれ、家というのは高気密高断熱のものだと思って育ったので」と話す。それまで家を建てることに魅力を感じず、東京では20年以上もマンション暮らしだったが、この旅を契機に家を持つことに決めた。

Oさんは、温暖な静岡県のとある町に、相応しい土地をみつける。かつては森林だったエリアを区画整備した敷地で、「電線が埋設されているので、空を見上げても遮るものが無くて美しい」ことも、選ぶ際の決め手となった。

玄関扉を開けるとこのアウトドア・リビングに。ストーブ横の壁には壁画が。山形県で活動する古田和子の手によるもので、かの地にはその昔、牛が背中で山火事を消して回ったという伝説がある。奥の庭の植物の間にも動物の壁画が。

高低差を生かした設計

Oさんが望んだのは、5歳になる黒と白の2匹の中型犬と楽しく暮らせる、家の内と外の境が無い家。800平方メートルを超える敷地サイズのため大きな家になるが、「これ見よがしの豪華な家」にはしたくなかった。このセンスは、数あるクルマの中から黄色いミニのコンバーチブル(2005年製)をあえて選んで乗っていることからも窺える。「もっと便利で快適なクルマもありますが、この緩さがいいんです」

O邸が建つのは、駅から離れた住宅街。交通手段として、どうしてもクルマが必要な地域だ。この3月に東京から移り住んで、家族用のクルマとして中古でジープ・レネゲードを追加で購入した。選択理由は、「道具として愛着を感じる」から。ミニでは無理だったが、これで2匹の犬をそれぞれクレートに入れて荷室に積み込み、家族が一緒に出かけることができる。

L字型の建物を二つ組み合わせた形状のO邸。屋根の上には、給水・排水機構を備えた芝生のパネルが張られている。庇は浅いようだが必要十分な影を作り、リビングやアウトドア・リビングに午後の日差しが直接差し込まない。手前の道路と塀の間に植栽スペースが設けられている。

家の設計は、友人である建築家の木藤美和子さんが主宰するOKDOに依頼した。アトリエ系事務所に勤務し、ホテルオークラの建て替えなど大きな仕事を手掛けてきた木藤さんだが、これが独立して最初の住宅になる。Oさんから多くの裁量を与えられ、伸び伸びと個性を発揮した。

敷地は東南の角地。西から東にかけて2mほど下がっている。建物は、この高低差を生かして設計された。プランは、敷地の両端にL字型の2つの建物を、中庭を挟んで向かい合うよう配したもの。季節や時間によって異なる太陽の光や風向きをシミュレーションし、必要な箇所には大きな開口部やトップ・ライトを設け、エネルギー効率の高い居心地の良い家を目指していた。取材に訪れたのは気温が30度を超える暑い日だったが、風が通るのでエアコンなしでも快適に過ごせる。

2つのL字の建物のうち、北側は住居棟。庭に面したリビングは、高さ2.5mの巨大なガラス窓を全開にし、中庭とひと続きにすることが可能だ。犬たちはコンクリートの床の室内からそのまま外に出て、芝生の庭を駆け回っている。そして遊び疲れると、また室内に戻ってくるのだ。ダイニング・キッチンはリビングから3段下がった位置で、目線の高さで中庭が見える。

決して豪邸ではない

一方南側のL字型の建物は、敷地と道路を隔てる塀としての機能があるうえ、芝生のスロープとなって住居棟の2階と繋がっている。この芝生の下は、駐車スペースやDIYなどの作業をする半屋外の空間。南側の道路と建物の間のスペースにも、個性的な植物が植えられている。Oさんが手入れをしていると近所の人たちが気軽に声を掛けてくるのは、威圧感の少ない控えめな外観の家だからだろう。周囲の2階建ての住宅よりも随分と高さが抑えられており、道からの眺めは邸宅というより公園といった面持ちである。

リビングから中庭を望む。正面と右手の大きなガラス窓は、全開することができる。右手にはアウトドア・リビング、左手の下がった位置にダイニング・キッチンがある。

玄関も、一体どこにあるのか迷うほどの小さなサイズだ。しかも玄関扉を開けて迎えてくれるのは、屋内の三和土ではなく、庭の一角に設けられたアウトドア・リビングなのに驚かされる。ここは、オープンエアーと庭の景色の両方を楽しめる特等席。小さな水回りを備えたスペースで、ちょっとした来客にも対応できる。ストーブに火をくべて、夜にここでお酒を飲むのがOさんの楽しみのひとつだという。

そして、ストーブの脇の壁に、若いアーティストの手による大きな黒い牛の絵が描かれているのも、この家の大切な個性だ。同じ作家の動物の絵は、屋内外の数か所の壁に描かれ、南国風の家にカジュアルで優しい雰囲気を与えていた。

このように魅力の多い家だが、やはり中心となるのは、広くて大きい中庭だろう。斜面になっているお陰で下部に地下水が溜まり、巨木が潤う仕組みになっているそうだ。しかもこの傾斜が絶妙で、枕が無くても心地よく眠れるので、Oさんはここの芝生でよく昼寝をしている。ある時昼寝から目を覚ますと、隣で愛犬が気持ちよさそうに眠っていたとか。そんなエピソードのある、犬と楽しく暮らせるO邸であった。

文=ジョー スズキ 写真=田村 浩章

構造:RC 規模:地上2階 敷地面積:807.58平方メートル 建築面積:324.42平方メートル 延床面積:428.22平方メートル 竣工:2023年 所在地:静岡県 設計:OKDO 木藤美和子+岡田周也

建築家:木藤美和子 東京生まれ。2010年、東京藝術大学美術学部建築科を首席で卒業。谷口建築設計研究所に勤務時代、ホテルオークラ、谷口吉郎・吉生記念金沢建築館などを担当。その後独立し、岡田周也と共同で現在の建築事務所OKDOを主宰する。写真は会場構成を行ったOKDO OKOME BALLOON。異国情緒あふれる国への旅を愛する。写真:エスエス/走出直道


■ジョースズキさんのYouTubeチャンネル、最高にお洒落なルームツアー「東京上手」!
雑誌『エンジン』の大人気企画「マイカー&マイハウス」の取材・コーディネートを担当しているデザイン・プロデューサーのジョースズキさんのYouTubeチャンネル「東京上手」。建築、インテリア、アートをはじめ、地方の工房や名跡、刺激的な新しい施設や展覧会など、ライフスタイルを豊にする新感覚の映像リポート。素敵な音楽と美しい映像で見るちょっとプレミアムなルームツアーは必見の価値あり。ぜひチャンネル登録を!

(ENGINE2024年1月号)