ジャガーの専門店(株)ワイズ/ジャガリア代表の後藤将之さん。根っからの旧車好きで、最近新車と見紛うばかりの初代日産シルビアを手に入れた。そのいきさつを聞いた。自身もちょっと古いミニに乗るモータージャーナリストの藤原よしおがリポートする。

忘れられない光景

「1979年かな? 神宮絵画館の前でやっていたTACS(東京自動車クラブ)のミーティングに行ったの。そこで後のジャガー・カークラブの会長の田村行さんがいてね。ちょうどEタイプのレストアが上がったばかりで19歳の僕に丁寧に説明してくれた。フードを開けたら光り輝くカムカバーがドーンとあって、パイプフレームにダブルウィッシュボーンのサスペンションが見えてさ、なんだこれは! ってくらい衝撃的だった。もう一目惚れだったね」



そう話すのは日本屈指のクラシック・ジャガーのスペシャリスト、ジャガリア代表の後藤将之さんだ。

「それで早速知り合いのクルマ屋に探してもらったら、半年後に6万km走った正規輸入車が出てきた。すべてはそこからですよ。でも当時はパーツを扱う店が1軒もなくてね。パーツを頼んでもなかなかこない。そんな時、1歳上の兄貴がイギリスに留学した。それで1982年に初めてイギリスへ行ったんだ。1ポンド500円以上したけれど、日本でワイヤー・ホイールを1本買う金額で4本買えた。そこからお金貯めて毎年行くわけ。その後ジャガーのインポーターだったオースチン・ローバー・ジャパンに入ってセールスやって、1987年に独立した。それで今に至るというわけです」

まさにEタイプとともに人生を歩んできたと言っても過言ではない後藤さんが今年になって手に入れたのが、65年から68年にかけてわずか554台しか作られなかった日産のスペシャリティー・カーの祖というべきCSP311型初代シルビアだ。なぜ今シルビアなのか? その意外な組み合わせの理由を知るためには、もう少し話を遡る必要がある。



「18歳で免許を取って、欲しかったのがSR311型のフェアレディ2000。幼稚園の時に親父がフェアレディ1500に乗っていたから、その刷り込みがあったんだろうね。でも“そんな古いのはダメだ”って中古の240ZGになった。嬉しくて来た日はクルマの中で寝たけど(笑)、やっぱりSRが欲しくて240ZGを売って、SR311の後期を買いました」

当時の後藤さんは北米の安全基準に合わせ、クラッシュパッドを貼ったダッシュボードやハイ・ウィンド・スクリーンを備えた68年以降の後期型の方が斬新に見えたという。

「ところがEタイプを知って、のめり込んでいくうちに気づいちゃったんですよ。オリジナルのデザインの方がいいことに。だから次にSR311を手に入れる時は絶対に67年のロー・ウィンドウにしようって、ずっと思っていたんです」

SRを諦めた理由

そのチャンスは3年ほど前に突然訪れた。それがシルビアの横に写るロー・ウィンドウのSR311だ。

「ジムカーナに出ていたのか、後付けのオーバー・フェンダーとかが付いていたけど、ボディに腐りはないし、機関のオリジナル度も高そうだから、と最初は軽い気持ちだった。でもこれがとんでもないクルマだったの!」

というのも、素性を調べてみたら60年代に95戦中90回の総合優勝を遂げたジムカーナ・キングであり、SR遣いとして名を馳せた中村昌雄さとお兄さんが、新車で購入したクルマであることが判明したからだ。



「しかもメンテナンスを専門家の高島康久君にお願いしたら、塗装、プレスライン、スポット溶接の跡など、あちこちが驚くほどオリジナルの状態を残した、貴重な個体であることがわかったんです」

そこで後藤さんは、新車当時の姿に戻し後世に残すべきだと決意する。しかしその一方で、少しずつSRの存在が重く感じるようになっていったという。

「いざレストアしようと思っても、知識もパーツもないから、一から始めないといけない。僕ももう63歳だからね。完成まで何年かかるんだろう……と思うと、そこまでの熱意がないことに気づいた。一方で高島君はまだ20代で知識も部品も直す技術も熱意もあって、どうしてもこのSRが欲しいという。じゃあ譲りましょうという時に、彼のお父さんが持っていたシルビアと交換することになった、というわけです」

後藤さんと談笑するのは今年、地元大阪で自身のメンテナンス・ショップを開業する予定だという高島さん。「メカニックをやるつもりはなかったのですが、父がフェアレディ好きで、モロにその影響を受けました(笑)」。

実はこのシルビアも只者ではない。元々素性のいいクルマだったというが、ボディ、機関がイマイチだったので数年前にフルレストアを決意。ただ部品の流通がまったくないので、部品取りを2台手に入れ、その中の一番良いパーツを使い、鈑金職人が“もう古いクルマはやらない”と音をあげるほど徹底してレストアをしたのだという。

その甲斐あってシルビアは内外装、機関ともに世界屈指のコンディションに仕上げられている。

「僕のところに来てから、まずタイヤを換えて、室内のメッキパーツをやり直したくらい。出来上がっているクルマは楽ですよ(笑)。それも自分が散々苦労してきたからわかること。そういう意味でも二十歳の時に自分でEタイプをレストアしたいと思ったのが原点。珍しいからとか、高いからじゃなく、自分が良いと思ったもの、欲しいと思ったものだから、ずっと続けてこられたのだと思います。古いクルマに限らず何事も、何より“思い込みと情熱”が大事なんですよ」

文=藤原よしお 写真=茂呂幸正

(ENGINE2024年5月号)