2018年の登場以来、ロールス・ロイスの販売台数を押し上げてきたカリナン。そのベストセラーSUVがフェイスリフトを受けてシリーズIIなった。地中海に浮かぶスペインのイビーザ島で開かれた国際試乗会からエンジン編集長のムラカミがリポートする。

90%以上が自ら運転を楽しむ

スペインのイビーザ島といえば、今やクラブ・カルチャーの新たなる聖地として世界中に名を馳せる若者たちの憧れの地なのだそうだ。残念ながら、そういう方面の知識には滅法疎い私はまったく知らなかったが、中には入場料が日本円にして数十万から百万円以上もするようなVIP御用達の超高級クラブもあると聞いて、強烈なカルチャー・ショックを受けた次第である。

ノーマル・モデル。パンテオン・グリルの上部の色の違いなどで識別できる。

とはいえ、ロールス・ロイスがフェイスリフトしたカリナン・シリーズIIの国際試乗会の舞台としてこの島を選んだのは、クラブ・カルチャーの聖地だからではなく、ここにはロールス・ロイスの顧客や将来そうなって欲しい世界中のエスタブリッシュメントが多く別荘を持つなどして訪れているからだ、というのがプレスカンファレンス冒頭の広報担当者の説明だった。しかし、続けて2018年にカリナンがデビューして以来の顧客の変化についての話を聞くに及んで、やっぱり、少しはクラブ・カルチャーのこともアタマの隅にあったのではないか、と勘繰りたくもなったのである。

内装ではシートのファブリック素材に新デザインが導入されたほか、インパネがフルデジタルになり、アナログ時計の下にスピリット・オブ・エクスタシーが加わった。

というのも、6年前の登場時には自らハンドルを握るオーナーは70%以下であったものが、今では90%以上が自ら運転を楽しむためにカリナンを買い求めているというのだ。しかも、昨年のロールス・ロイスの世界販売台数6036台のうち半分近くがカリナンで、もはや大黒柱といっていい存在になっている。結果として、カリナンの登場により、ロールス・ロイスの顧客全体のポートフォリオは大きく変化することになった。すなわち、2010年には平均年齢が56歳だったのが、今では43歳まで下りてきているというのだ。となれば、クラブ・カルチャーに大いに関心を持っているような若き成功者たちがすでにオーナーになっているか、これからなる可能性は大いにあると言っていいだろう。

デザイン・テーマは垂直性

そんな前置きを聞いた後にじっくりとカリナン・シリーズIIを眺めてみると、なるほど、このフェイスリフトの狙いが、若返った顧客層の好みに合わせて、全体をブラッシュアップすることにあったのだというのが良く分かった。

たとえば、その象徴とも言えそうなのが、新たにデザインされたデイタイム・ランニング・ライトだ。ヘッドライトの上部から直角にサイドに回り込んでバンパー・ラインまで長く続くそれは、誰にもひと目みて、これがカリナン・シリーズIIであることを識別させる力強いアイコンとなっている。



この6年間に顧客の動向を調査した結果、高いオフロード性能をも備えるカリナンではあるが、実際にはほとんどが都会で使われていることがわかったのだという。そこでいかに強い個性を発揮するか。考えた結果、大都市にそびえる摩天楼と呼応するように、垂直性を主要なデザイン・テーマにした、というのがプレゼンテーションでのデザイナー氏の説明だった。

ロールス・ロイスの象徴とも言うべきパンテオン・グリルも、今回イルミネイテッド・グリルに進化するとともに、より垂直方向の柱を強調したデザインになっている。全体を取り囲む枠がなくなり、その代わりに左右のデイタイム・ランニング・ライトの間にファントム・シリーズIIとも共通する水平方向に一直線に延びる「ホライズン・ライン」が設けられた。その結果、上下が分離して、まさに垂直の柱が屋根の部分を支えている建築そのもののようなデザインを実現しているのだ。

観音開きのドアを開けて運転席に乗り込むと、真っ先に気づくのは、これまではアナログの針付きだったメーターが、デジタル・パネルに映し出されるヴァーチャル・メーターに取って代わられたことだ。これはロールス・ロイス初のフルEVであるスペクターで導入されたSPIRIT(スピリット)というオペレーティング・システムを引き継いだもので、オーナー専用の会員制アプリとも統合してインターネットを使った様々なデジタル操作を可能にするというが、若返りのためには必須のアイテムと言っていいだろう。

観音開きの前後ドアは自動開閉可能。荷室にはピクニック・シートをオプション装着できる。

さらに助手席側に視線を移していくと、ボンネットの先端に付いているのと同じスピリット・オブ・エクスタシーのミニチュア・モデルが、アナログ時計とともにはめ込み式のケースに入れて置かれているのが目に入ってくる。これこそがカリナンがドライバーズ・カーになったことの証とも言えるのではないか、と私は思った。光のあたり方によって、様々な色に変化する女神の像を間近で愛でられるのは後席の住人ではないのだ。

そして、助手席の真正面にはガラス製のイルミネイテッド・フェイシア・パネルが新たに設えられた。ガラスの裏側からレーザーを使って7000ものドットがエッチングされており、CULLINANの文字とともに光で摩天楼を思わせる縦の模様が浮き上がるようになっている。ゴーストやスペクターにも使われているこのパネルのおかげで、前期型より一段とラグジュアリー感が増している。

そのほか、220万ものステッチと最長18kmもの長さの糸をつかって織り上げられたデュアリティ・ツイル(二重綾織り)のファブリック・シートを新たに採用するなど、ラグジュアリー感を増すことも、新たなる顧客の要望に応える重要な要素だったことがうかがえた。

スペックは同じだが……

さて、それでは運転してどうだったのか。今回はノーマル・モデルとブラック・バッジの両方に試乗することができたが、各30分ほどの短い時間でしかない。しかし、それでもこのカリナン・シリーズIIの走りの素晴しさは良く分かった。乗ればすぐに分かるくらいに、味の濃いクルマだったからだ。

V12ツインターボのスペックは不変。

前提として言っておかなければならないのは、パワートレインに関しては、今回、まったく変更がないということだ。ノーマルが571ps、ブラック・バッジが600psを発揮する6.75リッターのV12気筒ツインターボ・エンジンも、8段ATを介して4輪を駆動するシステムもそのままだ。シャシーについては、今回、新たにノーマルではオプション、ブラック・バッジは標準で23インチのタイヤを採用したことにより、サスペンションのチューニングをそれに合わせて若干変えたというが、それ以外はなにもいじっていないのだとか。

しかし、にもかかわらず、まずはノーマルの方から乗ってすぐに思ったのは、明らかにロールス・ロイスの味がますます濃くなっている、ということだった。ロールス・ロイスに乗っているのだから当り前ではないかと思われるかも知れないが、えも言われぬ柔らかなタッチのステアリング・フィールやマジック・カーペット・ライドといわれる路面の荒れをどこか遠くの出来事のようにしか感じさせない絶妙なチューニングが施された足回りなど、まさにファントムやゴーストが体現しているロールス・ロイスが持つ独特の乗り味の理想の領域に、カリナンもどんどん近づいていると思ったのだ。

たとえスペックが変わらなくても、クルマは生産を続けるうちにどんどん進化するものだ。今回、数字に現れないどんな改良があったのか、残念ながら今回の試乗会にはエンジニアがおらず聞くことができなかったが、間違いなく見た目の変化と同じくらいのブラッシュアップが、走りにももたらされていると思った。

ブラック・バッジも基本的な乗り味はまったく変わらない。ややパワーが勝り、回転数を上げるとエンジンやエグゾーストのサウンドがノーマルより少し大きく聞えるようになる気もしたけれど、だからと言って、急にスポーティな乗り味になるわけではない。

そもそも、ロールス・ロイスの辞書にはスポーティという言葉はないのだ。ただ、十分なパワーがあります、としか彼らは言わない。だから回転計など持たず、持てるパワーを今どれだけ余しているかを示すインジケーターがあるだけだ。しかし、走る曲がる止まるの基本性能の高さは実のところスポーツカーも顔負けで、イビーザ島の山道を走りながら、このカリナンの操縦性の良さにも私は舌を巻いた。



プロのドライバーにショーファーを務めてもらい後席にも乗ってみた。後席の乗り心地も、どうやらずいぶんと進化したと思った。こちらはファントムに近いとまではまだ言えないが、音も振動も確実に前期型より抑えられている。

ロールス・ロイス史上初めて幻影や幽霊ではなく現実に存在するもの、すなわち英王室が所有するという世界最大のダイヤモンドの名前を付けられたカリナンは、確実にこのブランドの血を受け継ぎながら新しい世界を切り開いている。その出来映えに、私は素直に脱帽した。

文=村上 政(ENGINE編集長) 写真=ロールス・ロイス・モーター・カーズ

(ENGIN2024年8月号)