21日に梅雨入りした関東地方。
この季節の花「あじさい」の都内の名所は1人の男性の思いが受け継がれたものだった。

都心から約1時間半、人里離れた山道に咲き誇る約1万5000株のあじさい。
都内とは思えない開放感。

様々な色に染まるその景色は、多くの人を魅了する。

この「南沢あじさい山」は、ある1人の男性の熱い思いからできた山だった。

南澤忠一さん(当時91)は「墓地に行くまでの大道を花で埋めようというのが最初の発想。(Q.当時何歳くらい?)俺、40歳」と話した。

今から50年以上前、この地で暮らす南澤忠一さん(当時40歳ごろ)がご先祖さまが眠るお墓までの道を美しい花で飾りたいと考えたのがその始まり。

あじさいが増えていくと次第に口コミでお客さんが増え、今では年間1万人近くが訪れる観光名所になった。

しかし2023年7月、南澤さんは93歳で亡くなり、今は「南沢あじさい山」にあるお墓であじさい山を見守っている。

その南澤さんの遺志は、地元の若者に受け継がれている。
地元出身の高水健さん(「高」はハシゴタカ)は、地域活性化をテーマに事業を展開している。
その一環として、2016年からあじさい山の管理を手伝うようになった。

高水さんは「忠さんのやってきたことだったり、忠さんのお人柄だったり、そういう部分に感銘を受けて、あじさい山を引き継いでいきたいと」と語った上で、「やっぱりやってみたら半端なかったです。めちゃくちゃ大変で。これを1万株、毎年咲かせるように管理するというのは、これを1人でやっていた忠一さんはいまだに鉄人だなと思います」と忠一さんについて話した。

新たなスタートを切った南沢あじさい山。
環境に配慮し、木材で作った展望デッキを新たに設置した。

さらに、高校生が観光客にパンフレットを配るPR活動を体験する取り組みなど、地元の高校と連携し、地域の観光資源を学ぶ活動もしている。

高水さんは「地域の誇りだよねと言ってもらえるような、そういう観光地づくりをしていきたいと思っています」と話した。

半世紀の時を超えて愛される南沢あじさい山。
1人の男性から始まったそのストーリーは、次の世代へと受け継がれていく。