元珠洲署長の中嶋道行さん(66)=金沢市=が、地震発生後から珠洲市内の工事現場に赴き、交通誘導員として働いている。退職後、金沢の警備会社で管理職を務めていたが、各地で復旧工事が進められ、誘導員は慢性的な人手不足の状態。「工事進捗の足を引っ張ってはいけない」と現場勤務を志願した。署長時代から住民に慕われた中嶋さんは「大好きな珠洲に恩返ししたい」と路上に立つ。

 中嶋さんは2014年3月から2年間、珠洲署長を務めた。県警人材育成課長などを経て、20年3月に警察官を退職。22年に金沢市の警備会社「トスネット北陸」へ再就職、警備部長に就いていた。

 地震後、会社では北陸三県などから集めた交通誘導員約150人を奥能登へ派遣したものの、珠洲の上下水道の復旧現場では人員が不足する恐れがあったという。

 そのため中嶋さんは、自ら現場に立つことを希望した。名古屋市上下水道局の関係業者が担当した現場と金沢市の自宅を往復する日々が始まった。時には珠洲市内の集会所で宿泊、夜通し誘導に当たったこともあった。

 市内にある仮設トイレを清掃することもあるという中嶋さん。「作業員は半壊した民宿を拠点に、枕元にヘルメットを置いて仮眠し、何時間も働いている」と工事関係者へ感謝を口にする。

 中嶋さんの趣味は相撲甚句。珠洲時代に触れ、とりこになると、見附島や禄剛埼(ろっこうさき)灯台、珠洲焼など、観光名所、珠洲の人柄、名物を織り込んだ甚句「珠洲の宝」を自作し、祭礼などで披露してきた。

  ●新しい甚句を

 そうして地域、住民に溶け込んできた中嶋さんだけに、現場で「あらー、なんで署長さんが交通誘導しとるん?」と声を掛けられることも多いという。

 水道の早期復旧を願う中嶋さんは「地震で珠洲の景色は変わった。それでも優しい人柄は一緒。復興のあかつきには、新しい甚句を作りたい」と再興を願っている。