2023年6月、日本音楽にとって「快挙」といえる出来事があった。音楽ユニット・YOASOBIの楽曲『アイドル』が、米国ビルボード・グローバル・チャートの「Global Excl. U.S.」で首位を獲得したのだ。日本語楽曲としては初の首位であり、大きな話題を呼んだことは記憶に新しい。

 同楽曲はテレビアニメ『【推しの子】』のオープニング主題歌としてリリース。首位を獲得したチャートは米国を除いたデータを集計したものだが、それでも「世界で愛された楽曲」といっても過言ではないだろう。

 YOASOBIだけでなく、昨今は日本の楽曲が世界でヒットするケースが少しずつ増えてきた。22年には、藤井風さんの楽曲『死ぬのがいいわ』がSpotifyで23の国・地域で1位を獲得。また映画『ONE PIECE FILM RED』の主題歌としてAdoさんがリリースした『新時代』がApple Musicのデイリーチャート「トップ100:グローバル」で1位にランクインした。

 こうした流れの大きな転換点ともいえるのが、きゃりーぱみゅぱみゅさんの世界的なヒットだろう。11年のデビュー以降、国内での活動と並行して世界ツアーを展開。今では日本カルチャーの代名詞ともいえる「Kawaii」文化のアイコンとして活躍してきた。

 23年10月に開催した第20回「東京国際ミュージック・マーケット」から、きゃりーぱみゅぱみゅさんやVERBALさんらが登壇したセッションを基に、これから日本の音楽ビジネスが世界に出ていくためのヒントをまとめていく。

●鎖国はなぜ、解け始めたのか?

 古くは坂本九さんの『上を向いて歩こう(英語タイトル:SUKIYAKI)』が1963年にビルボード誌の「Hot 100」で週間1位を獲得したこともあった。とはいえ、日本の音楽業界は海外進出に苦戦してきた。そもそも国内の経済規模が大きいことから“鎖国”していても問題なかったといえるのが音楽業界だが、ここにきて何が変化し始めているのか。

 きゃりーぱみゅぱみゅさんの仕掛け人である、アソビシステムの中川悠介代表取締役はデビュー当時を「新聞・テレビ・雑誌・CDといった従来のメディアから、徐々に新たなものへと変化しつつあるタイミングでした」と振り返る。中川さんの言葉の通り、きゃりーぱみゅぱみゅさんの認知度や人気が世界に広がる大きなきっかけとなったのは、YouTubeで公開したミュージックビデオだった。

 その後、デビューからわずか1年半ほどでワールドツアーを発表。当時はまだ国内で大成功を収めたアーティストがワールドツアーに打って出る風潮もあり、異例ともいえる速さだった。きゃりーぱみゅぱみゅさん自身も「まだ国内で頑張っている最中に『これから世界をまわるぞ』といわれたので、大変でした」と笑いながら振り返る。それでも世界13都市で開催した19公演が盛況に終わったのは、世界中の人がきゃりーぱみゅぱみゅという存在を、既にYouTubeによって知っていたことが大きいだろう。

 今や音楽がヒットする主要な舞台はストリーミングサービスだが、当時はまだ珍しかった。IFPI(国際レコード産業連盟)が発表した「Global Music Report 2023」によれば、11年の世界におけるストリーミングサービス関連売り上げは6億ドル(約883億円)。その後ストリーミングサービスは大きな成長を遂げ、17年にはCD・レコードなどの物理媒体を逆転した。直近の22年における売り上げは175億ドル(約2兆5777億円)にも及び、全体のうち67.0%を占める。

●日本は独自の市場を形成してきた

 ストリーミングサービスが世界的に成長する一方で、日本では様相が異なる。日本レコード協会の統計「生産実績・音楽配信売上実績 過去10年間 合計」によると、22年の音楽関連の合計の売上高は約3073億円。そのうち「音楽配信」は約1050億円と、3分の1ほどにとどまる。

 今後、国際的なビジネスとして音楽を考える上では、こうした差を埋めることがポイントかと思いがちだが、セッションの内容からは異なる課題も浮かび上がる。

 例えば、音楽グループ「m-flo」やヒップホップグループ「TERIYAKI BOYZ」の一員として活動しながら、音楽プロデューサーやファッションブランドも手掛けるVERBALさんは「カルチャーと音楽との融合」を指摘する。

 VERBALさんによると、米国や欧州ではカルチャーと音楽が密接に関わっている。両者の文脈が近しく、ファッションブランドがアーティストとコラボした際などは売り上げへの貢献度も高い。こうした融合が、日本ではまだ強くないのだという。逆にいえば、きゃりーぱみゅぱみゅさんであれば「Kawaii」文化、YOASOBIやAdoさんでいえば「アニメ」との結び付きがあったからこそ、世界でヒットしたといえるのかもしれない。

 ヒップホップユニット「ファーイースト・ムーヴメント」のメンバーとして活躍し、現在はアジアのコンテンツプロデュースなどにも注力しているKevin Nishimuraさんも、カルチャーとの結び付きをポイントに挙げた。

 「特に米国では、アイデンティティとしてのカルチャーが重視されます。各アーティストは、自身のルーツとして出身地の音楽を持ち込み、受け入れられてきました。私自身も自分のルーツを重視しながら、カルチャーの中心に音楽の作り手として存在することを意識してきましたし、そこからコミュニティーが生まれ、全国や世界に広げていくことができました」(Kevin Nishimuraさん)

●想像の5000倍、世界は「日本」を求めている

 音楽単体でなくカルチャーとの結び付きを強めていく上で具体的なキーワードになるのが「リミックス」と「アニメ」といえるかもしれない。VERBALさんは自身の経験を基に、次のように話す。

 「日本はこれまで、島国ということもあって海外の良いものを取り入れて、それをさらに良くなるように加工して輸出してきました。こうしたリミックスカルチャーは、大きな強みではないでしょうか。

 また、日本人が認識している5000倍くらい、海外では日本のコンテンツを求めています。実際に行かないと分からないものですが、アニメ・エキスポなどはものすごい熱量で『日本から来た』というだけで大きな反響が聞こえてきます。私もm-floとしてアニメのコンベンションイベントに出た際は、6500人の会場をファンが埋め尽くしてくれて、全員が日本語でサビを歌ってくれました。IP(知的財産)の力を強く感じて、そこからは戦略の立て方が変わりましたね」

 より実務的な面では、官民を含めた「オールジャパン」体制を今一度考え直すことも必要だろう。日本のコンテンツを売り出すため、13年に官民ファンドとして設立した、いわゆる「クールジャパン機構」は巨額の赤字が話題にもなった。

 中川さんはクールジャパンというキーワードが話題になった10年前ごろを振り返り「政治家や評論家などのコンサルティングがメインで、プレイヤーが少なかったと思います」と話す。ビジネス面を意識するプレイヤーが増えた今こそ、コンサルティングとプレイヤーが近付いてオールジャパン体制を敷くべきだという。

 Kevin Nishimuraさんも「盛り上がりを見せること」が重要だと説く。

 「多くの人に盛り上がりを露出して、モーメントを作ることが必要です。そうした盛り上がりが、米国など世界各国でのフェスなどにつながっていきます。各国にはたくさんのフェスがありますが、日本のカルチャーを前面に打ち出したものが少ない点は課題です。日本のコンテンツはとても素晴らしいのに、非常にもったいないと感じます」

●組織のマインドをどう変えていくべきか

 セッションの終盤では、組織内のマインドを変化させる必要性にも話が及んだ。

 「これまで日本は国内の経済規模が大きいこともあり、国内だけでコンテンツビジネスが成り立っていました。世界で活躍しているアーティストよりも、国内で活動しているアーティストの方がCDを多く売っている時代があったほどです。

 しかし、これからのストリーミング市場では、外に打って出るマインドが必要ではないでしょうか。アニメやゲームを中心に『日本』というだけでブランドになる時代ですから、音楽でも現地パートナーと一緒になって、戦略を立てていくべきだと感じます」(VERBALさん)

 「そのためには組織内の変化も必要ですよね。マネジメント層がより多様にならなければ、各国の文化や文脈、法律や商習慣に対応できません。アーティストではなく、まず各社が変容するような組織作りが求められるかもしれません」(Kevin Nishimuraさん)

 メディアの変化によって、伝えられるものは文字や画像、さらには動画まで広がる昨今。これまで高かった世界の壁は、言葉だけではない伝え方がどんどん可能になったことで、乗り越えやすくなっているはずだ。こうした変化を取り入れて人気を得てきたのがきゃりーぱみゅぱみゅさんであり、最近では「新しい学校のリーダーズ」も注目を集める。“鎖国”が終わり始める昨今、今後の日本音楽に期待が集まる。

(鬼頭勇大)