「〇〇大国」という言葉を耳にすることがある。米国でいえば「軍事大国」でもあるし、「テクノロジー大国」でもある。フランスは「観光大国」であって、「美食大国」でもある。

 では、日本はどうか。かつて「経済大国」と呼ばれていたこともあったが、いまはなんだか怪しい。長引く低迷などがあって、「とてもとてもそんなことは言えない」といった人も多そうだが、これだけは言える。日本は「水族館大国」なのだ。

 全国各地に水族館があって、その数は130カ所ほど。海外にどのくらいの施設があるのか、正確な数字はよく分からないものの、「世界の水族館のうち約2割が日本に集中している」(Aqua Picks 2023年9月12日)そうだ。

 「水族館大国」の日本で、2023年7月に誕生した施設をご存じだろうか。札幌の中心地「狸小路商店街」にある「AOAO SAPPORO」(以下:AOAO、運営:青々)だ。札幌市営地下鉄「大通駅」から徒歩2分、札幌市電「狸小路駅」から徒歩1分のところにあるので、ザ・都市型の水族館である。

 都市型の水族館といえば、東京の池袋や品川などにもあるが、AOAOの反響はどうなのか。オープン後50日で来館者は18万人を超え、「この1年で85万〜90万人を見込んでいる」(担当者)という。

 まずまずのスタートを切ったわけだが、AOAOに行ったこともなければ、聞いたこともない人もいると思うので、簡単に紹介しよう。AOAOはビルの4〜6階に入っていて、4階には「ラボラトリー」がある。人工海水を製造するプラントがあったり、健康管理などを行う水槽があったり。スタッフが仕事をしている姿も近くで“観察”できるので、運がよければちょっとした会話ができるかもしれない。

 5階の特徴は2つあって、1つめは横長の水槽があること。水槽の中には、水草のほかに石や流木などがあって、魚の生息環境を表現している。2つめは、43本の水槽が並んでいて、そこでさまざまな生物が生息していること。詳しいことはのちほど説明するが、水槽の中で「ぺったんこ」や「にょろ」などが泳いでいる。

 このほかにも、施設の中にはショップ、ベーカリー、コワーキングスペースなどがあるが、すべてを紹介すると前になかなか進めないので、ここらへんでひとまず終わりとする。

●“脇役”にスポットを当てている

 さて、なぜ筆者はAOAOを取材しようと思ったのか。施設側が“脇役”にスポットを当てていて、「なんだかマニアックな香りが漂うなあ」と感じたからである。

 「ん? 水族館の主役といえば、イルカとかサメのことかな? ひょっとしてこの水族館には主役がいないってこと?」と推測されたかもしれないが、その通りである。AOAOには、イルカもいないし、シャチもいない。アザラシもいなければ、エイもいない。

 水族館の主役がいないのには、理由があるのだ。その謎を解くために、時計の針を数年前に巻き戻す。新しい水族館をオープンするにあたって、関係者は「ああでもない、こうでもない」といった議論を交わしていた。構想に1年半ほどの時間をかけていく中で、ちょっと信じられない事態に陥ってしまう。

 施設の設計を進めているタイミングで「やっぱり主役は必要だよねー。頭がトンカチのような形をしている『シュモクザメ』を展示しようよ」といった話をしていた。北海道には生息していないこともあって、主役をシュモクザメにする方向で話が進んでいった。しかし、である。予定していた水槽を配置して、そこに大きなサメを泳がせると、建物が重さに耐えられないことが分かってきたのだ。つまり、水の量が多すぎる問題である。

 館長の山内將生さんは、当時のことを次のように振り返る。「設計を担当した人も、建設に携わった人も、私たちも、水族館をつくったことがない人たちばかりでして。いわば“素人”が集まったこともあって、初歩的なミスをしてしまいました」

 山内さんは金融の世界を経験して、その後、水族館の運営などに携わる。全くの未経験者ではないものの、建物をイチから作り上げる経験がなかったので、重さの計算を見落としていたのだ。

●計算ミスで「アレもだめ、コレもだめ」

 この話を聞いたとき、「まあ、そういうこともあるよね。水槽をちょっと小さくするとか、水をちょっと減らせば問題ないでしょ」と思っていたが、そうでもなかったのだ。当初、400トンの水を使う予定だったが、150トンしか使えないことが分かってきた。実に、60%ほど減らす必要があったのだ。

 5%とか10%の話ではない。60%も減らさなければいけないとなると、抜本的な見直しが必要になる。計画を見直したのは、サメだけではない。一般的に、水族館では哺乳類も人気がある。アザラシ、アシカ、カワウソなどは表情が豊かで、人と目が合うことも。エサをあげる際には「ちょうだい、ちょうだい」をするので、来館者からは人気が高い。AOAOでも哺乳類の生育にチカラを入れていく予定だったが、大幅な変更を強いられることになったのだ。

 オープン前は「アレもして、コレもして」と夢が膨らんでいたはずなのに、計算ミスで「アレもだめ、コレもだめ」となってしまった。できないことが増えていく中で、どのような手を打ったのか。ほとんどの読者は気付いていると思うが、脇役の登場である。

 例えば、5階を見てみよう。先ほど紹介したように43本の水槽が並んでいるわけだが、それぞれに特徴がある。「ヘコアユ」は頭を下に向けて泳いでいるし、エリンギのようなカタチをしている「イソンギンチャク」もいるし、見た目がもさもさしている「ウミシダ」もいるし、ぺったんこのカエル「ピパピパ(コモリガエル)」もいる。

 AOAOに足を運んだお客からは、このような声がよく届くという。「頭を下げているヘコアユはきれいだった。こんな魚、見たことがない」「ぺったんこのカエルを初めて見た。おもしろいね」と。しかし、である。AOAOに展示されている生物の多くは、他の水族館でも泳いでる。にもかかわらず、なぜ「初めて見た」といったコメントが多いのか。

 これは仮説になるが、多くの人は水族館に行って「シャチがよかったよ。迫力があってやっぱりいいよね」「エイが泳ぐ姿は優雅だったよなあ」といった具合に、主役の話で盛り上がる。もちろん、そこには脇役も存在しているが、主役のイメージが強すぎて、記憶が残っていないのではないか。

 当初、予定していた計画は大幅な変更を余儀なくされたので、AOAOのスタッフは残された40%の水で何ができるのかを考えた。「あれもできる、これもできる」ではなく「あれもできない、これもできない」という状況の中から、「これとこれを展示して、伝え方を工夫しよう」となったのだ。

 他の水族館でも見られる脇役を主役に――。発想を逆転させることで、独自色を打ち出すことにしたのだ。

●課題が見えてきた

 AOAOを10カ月ほど運営してみて、課題も見えてきたという。「来館者の数」だ。

 冒頭で「この1年で85万〜90万人ほどを見込んでいる」といった話を紹介したが、当初の計画より1〜2割ほど少ない。「なんだやっぱり脇役だと、集客が苦戦しているじゃないか」と思われたかもしれないが、来館者が少ない要因は2つある。

 1つは、子どもの数だ。山内さんは「水族館=子ども」と考えていて、特に手を打たなくても、たくさんの子どもがやって来ると思っていた。しかし、AOAOがある場所は繁華街&オフィス街である。子どもの数は少ないので、「こちらからPRしなければ集客が難しいことが分かってきた」(山内さん)

 もう1つは、外国人観光客の数だ。「北海道=インバウンドが好調」といったイメージがあるが、どこもかしこも盛況というわけではない。「存在を知ってもらわないと、『行ってみたい』という人が増えないのではないか」と考え、数カ月前からPRにチカラを入れている。効果は徐々に出ているようで、今後に期待といったところだ。

 来館者の数は見込みよりも少ないものの、悪い話ばかりではない。客単価は想定を上回っているようだ。背景には、物販と飲食の好調さがうかがえる。6階に「シロクマベーカリー&」というお店があって、そこでパンやコーヒーのほかに、アルコールも提供している。

 ここでパンを買って、近くのベンチに座る。そして、ペンギンをじっくり見る――。こうした人が多く、中でも看板メニューのクロワッサンの売れ行きは好調のようだ。聞いたところ、月に1万個ペースで売れているとのこと。

●「数字」に強いこだわり

 館長の山内さんは金融畑出身ということもあって、数字に強いこだわりを持つ。オープン前に全国の水族館に足を運んで、気付いたことがある。それは「収益」。公共事業で運営している施設が多いということもあって、赤字が続いているところも少なくない。

 それぞれの水族館に、それぞれの事情があるわけだが、山内さんには譲れない「数字」がある。「自分たちできちんと売り上げを立てて、自分たちできちんと収益を確保する。自分たちでできることを、自分たちの責任でやっていきたい」という考えが強いので、与えられた条件の中で、なんとかして結果を出すことに注力しているようだ。

 2〜3年後、脇役だらけの水族館はどうなっているのか。数字を見て「ぎょぎょぎょ」と感じるかもしれない。

(土肥義則)