サムスン電子は、4月11日にフラグシップモデルの「Galaxy S24」「Galaxy S24 Ultra」を発売する。ドコモとauを通じて販売する他、同シリーズからメーカー版(SIMフリー版)にも本腰を入れ、ラインアップを広げた。同モデルは、グローバルで1月に発表/発売された製品の日本版という位置付け。最大の特徴は、Googleの「Gemini Pro」や「Gemini Nano」などをAIモデルのベースにした「Galaxy AI」を端末の機能として密接に統合しているところにある。

 一方で、Galaxy AI自体はGalaxy S24/S24 Ultraだけでなく、アップデートを通じて過去のモデルにも適用される。2023年のフラグシップモデル「Galaxy S23」「Galaxy S23 Ultra」や、フォルダブルスマホの「Galaxy Z Flip5」「Galaxy Fold5」がその対象だ。ミッドレンジとフラグシップモデルの“つなぎ”として投入された「Galaxy S23 FE」も、Galaxy AIの対象になる。しかも、アップデートは4月中旬以降。Galaxy S24シリーズの発売と時期はほぼ同じだ。一連の対応からは、サムスンの戦略が見えてくる。

●Galaxy AIを全面に打ち出したGalaxy、23年モデルへの対応も

 Galaxy S24/S24 Ultraの特徴は、Galaxy AIにあるといっても過言ではない。サムスン電子は同モデルを「AIフォン」と呼び、フィーチャーフォンやスマホに続く新たなカテゴリーの端末と位置付けている。デザインや形状がこれまでの端末の延長線上にあるため、やや大げさにも見えてしまうが、スマホの基本ともいえる機能がAIによって大きく変わっているのも事実だ。

 特にインパクトが強いのが、音声通話の通訳機能。ネットワークや相手の端末に関係なく、端末上で音声認識から翻訳、音声合成までをまとめて行い、外国語を翻訳できる。Androidをベースにした翻訳端末や、スマホにインストール可能な翻訳アプリは多数存在するが、これらを通じて音声通話をするのは難しい。

 その意味で、この機能は端末に深くAIを統合した成果といえる。もちろん、電話だけでなく、通訳機能は単体のアプリとしても利用できる。また、キーボードにも生成AIを組み込み、文体を変えたり翻訳したりといった操作が可能。ボイスレコーダーの文字起こしや、Samsung Notesのテキスト化や要約など、Galaxyの基本機能の至るところにAIが組み込まれている。

 Galaxy AIのベースはオンデバイスAIだが、一部、処理能力や精度の高さを必要とする機能に関しては、クラウド上のAIを活用している。端末上ではGemini Nano、クラウド上ではGemini Proといった形で、最適なAIモデルを使い分けている。このような取捨選択をしつつ、基本機能やアプリに自然な形でAIを組み込んでいるのがGalaxy AIの真骨頂。Gemini自体はGoogleのPixelでも活用されているが、アウトプットの仕方はサムスン電子流にアレンジされている。

 一方で、Galaxy AIはGalaxy S24/S24 Ultraの専売特許ではない。サムスン電子によると、4月中旬以降、既存モデルの一部でもGalaxy AIが利用できるようになるという。対象端末は、2023年から2024年にかけて発売されたハイエンドモデル。Galaxy S23シリーズや、Galaxy Z Flip/Fold 5がこれに該当する。いずれもプロセッサは「Snapdragon 8 Gen 2 for Galaxy」だが、2世代前のプロセッサを搭載したGalaxy S23 FEも、例外的にGalaxy AIをサポートする予定だ。

 Galaxy AIといえど、ソフトウェアであることに変わりはない。オンデバイスAIはプロセッサに依存するため、全モデルに展開するのは難しいが、1世代前のGalaxy S23/S23 UltraやGalaxy Z Flip/Fold5であれば、そこまで大きな開きはない。ソフトウェアの処理に最適化を施すことで、差分を許容範囲に縮められたということだ。スマホの買い替えサイクルが3年以上に長期化しているため、ユーザーの満足度を高めるためにも、対応は必須だったといえそうだ。

●端末ごとに機能差も、処理能力の違いだけではないAI対応の可否

 ただし、一部、機能的な差分はある。サムスン電子によると、例えばGalaxy S23/S23 UltraやGalaxy Z Flip/Fold5では、生成AIを使った壁紙作成には非対応だという。写真やイラストを高速に生成するには、NPU(Neural Processing Unit)の性能が高いプロセッサが必要になる。そのため、この機能に関しては、Snapdragon 8 Gen 3を搭載したGalaxy S24/S24 Ultraに限定される。

 また、Galaxy S23 FEでは、動画から自動的にスローモーション動画を生成する機能にも対応していないという。このスローモーション動画は、単に動画の再生速度を遅くしているのではなく、フレーム間を補うフレームを生成AIによって作り出すことで、フレームレートを向上させている。動画のフレームを分析し、その中間となるフレームを作り出すのは、処理能力が求められる。Snapdragon 8 Gen 1を搭載したGalaxy S23 FEには、それが難しかったというわけだ。

 一方で、Galaxy S23 FEのGalaxy AI対応は、必ずしも処理能力だけが基準になっているわけではないことを示唆している。Snapdragon 8 Gen 1を搭載したGalaxyは、Galaxy S23 FEだけではないからだ。2022年のフラグシップモデルとして登場した「Galaxy S22」「Galaxy S22 Ultra」も、同じプロセッサを採用。フォルダブルスマホの「Galaxy Z Flip4」「Galaxy Z Fold4」に至っては、よりCPU性能を高めたSnapdragon 8+ Gen 1を搭載している。しかし、これらのモデルは現時点でGalaxy AI対応の予定は明言されていない。

 AIの処理に影響を与える可能性があるメモリ(RAM)も、Galaxy S23 FEは8GB。Galaxy S22 UltraやGalaxy Z Fold4の12GBよりも容量は少ない。Galaxy S23 FEは、型番こそ「S23」で23年発売(日本では24年2月)のモデルだが、スペック的には22年発売のハイエンドモデル相当といえる。このことから、Galaxy AI対応の可否はスペックだけで線引きしているわけではないことが分かる。

 搭載には最適化もしているため、いくらソフトウェアといってもコストやリソースが必要になる。最近では端末の機種変更サイクルが長くなっているとはいえ、2年経過後は徐々に買い替えも増えてくる。コストをかけて、最新モデルより体験が劣ったAIをどこまで対応していくは、判断が分かれるところだ。とはいえ、性能的な線引きだけでなはなく、ある種、最新モデルのプロモーション的な要素も絡んでいるのは間違いないだろう。

●最新AIは一部モデルに限定される可能性も? スマホの差別化軸になるオンデバイスAI

 最近では、Googleが当初「Pixel 8 Pro」にのみ搭載するとしていたGemini Nanoを、Pixel 8に拡大した事例もある。同社は当初、Pixel 8にGemini Nanoを搭載しない理由としてメモリ容量の違いを挙げていたが、ユーザーの声を受け検証を開始。最終的には、Pixel 8への対応を決定している。これも、当初は費用対効果を踏まえて搭載のための検討を見送っていた可能性がある。

 Galaxy S24/S24 Ultraに搭載されたGalaxy AIは、1年前のハイエンドモデルに適用されたものの、ミドルレンジモデルの対応はスペック的な理由でかなり厳しくなりそうだ。仮にGalaxyのブランド力を向上させる観点で何とか対応したとしても、クラウドでの処理が中心になり、リアルタイム性を求められる機能は除外されるだろう。Gemini Nanoを使うようなオンデバイスAIは、その傾向が特に強い。

 実際、GoogleもGemini NanoをPixel 8 ProからPixel 8に広げる方針を打ち出した一方で、「Pixel Fold」を含むPixel 7シリーズ以前のモデルには一切言及されていない。また、Pixel 8 Proのみが対応している「動画ブースト」も、他の端末は未対応。この機能は、動画の処理にクラウド側のAIを活用しているが、GoogleはTensor G3の処理を掛け合わせていると説明している。こちらも、Gemini Nano同様、端末の処理能力が一部影響しているとみていいだろう。

 これまでスマホは、カメラやディスプレイによって差別化を図ってきたが、オンデバイスの生成AIの登場により、その構図が徐々に変わりつつある。日本市場でPixelがヒットを飛ばし、シェアを急上昇させた一因も、AIで既存のスマホとの違いを全面に打ち出したからだ(価格戦略や取り扱いキャリアの拡大という要因も大きいが)。Galaxyがその土俵に乗ってきたことで、Geminiの採用がウワサされるiPhoneも含めた“AI競争”がさらに進む可能性は高い。

 ここで重要になってくるのが、端末の処理能力だ。最新のハイエンドモデルの方が、使い勝手のいいAIが搭載されていたり、その処理が圧倒的に速かったりすれば、端末の買い替えを促せる。やや持て余し気味だったプロセッサの処理能力を引き出し、いかにAIで新しいユーザー体験を生み出していけるかが重要になるというわけだ。一方で、最適化の手間やコストもかかるため、最新機能を適用する端末を最新機種に限定するメーカーも増えてくるだろう。PixelやGalaxyの事例は、それを示唆している。