テレコムサービス協会MVNO委員会が3月22日、「ユーザが望むこれからのMVNOとは」というテーマで「モバイルフォーラム2024」を開催した。MVNOが「格安スマホ」として市場に認知され始めて10年、ユーザーはどのように感じ、市場はどのように変わったのか。また、今後、ユーザーはMVNOに何を望み、MVNOが担うべき役割は何なのかを議論した。

 今回は「格安スマホから10年、これからのMVNOにユーザが望むこととは」をテーマにしたパネルディスカッションの様子をお伝えする。パネリストはスマートフォン/ケータイジャーナリストの石川温氏、フリージャーナリストの西田宗千佳氏、Crilu 代表取締役の長山智隆氏、イオンリテール イオンモバイル商品G 統括MGRの井原龍二氏、オプテージ コンシューマ事業本部モバイル事業戦略部 部長の松田守弘氏、テレコムサービス協会 MVNO委員会委員長/インターネットイニシアティブ MVNO事業部コーディネーションディレクターの佐々木太志氏の6人。モデレーターはITmedia Mobile 田中聡編集長が務めた。

●2014年にMVNOの楽天モバイルが誕生、SIMフリースマホのない時代

 トークセッションは、「格安スマホ」10年の振り返りからスタートした。

 2014年は、一部メディアがMVNOのサービスを「格安SIM」「格安スマホ」と名付けたことで一般に広く知られるようになっていった年。楽天モバイルがMVNOとしてサービスを開始し、三木谷氏が「3年で1000万台の販売を目指す」と発言したことが話題となった。au回線を使ったUQ mobileやmineoも登場。この当時、SIMフリースマホはほとんどなかった。

 2015年は総務省で「携帯電話の料金その他の提供条件に関するタスクフォース」が設置された。これを機にMNOが低容量帯の料金プラン提供の準備を開始し、不適切なキャッシュバックの是正も提言された。

 2016年はLINEモバイルが誕生。HuaweiやASUSなどの海外メーカーからスマホが相次いで発売され、SIMフリースマホが増加した。ガイドラインの改正で端末の実質0円販売が禁止に。また、SIMロック解除が、従来の購入後180日目以降から100日以降に短縮された。

 イオンモバイルの井原氏は「2014年の終わりくらいから日本メーカーのSIMフリー端末も出たが、低価格モデルがなかった。そこにHuaweiさんが買いやすいモデルを出してくれて、MVNOにとっては本当にありがたかった。SIMフリー市場を認知させるために、メーカーさんと協力しながら作り上げていった」と当時を振り返った。

●2017年以降にサブブランドが台頭するも、MVNOにとって「敵ではない」

 2017年は、ドコモがシンプルプラン、auがピタットプランと大手キャリアが格安SIMに対抗するプランを導入。この頃、サブブランドという言葉がよく聞かれるようになり、ソフトバンクとY!mobileを、KDDIはUQ mobileを強く押し出すようになる。

 一方で、総務省の有識者会議では、ランチ時でもサブブランドは通信速度が落ちないことから、MNOが優遇しているのではといった疑念が生まれる。グループ内サービスを優遇して帯域を増強する「ミルク補給」という言葉も出てきたほどで、サブブランドを規制すべきではないかという機運が高まったこともあった。体力的に厳しくなったMVNOが破綻したり、MNOに吸収されたりといったことも起きた。また、楽天モバイルが第4のキャリアに名乗りを上げたのもこの年。西田氏は楽天モバイルがMNOとして参入することについて当時「合理的な判断とは思えなかった」との印象を持ったそうだ。

 佐々木氏はサブブランドについて、携帯電話事業者に対するユーザーの「固定化されたマインドを壊す効果が期待できる存在」であり、MVNOにとって「敵ではない」、MVNO側が求めているのは「サブブランドと公正に競争できること」だと語った。松田氏も「サブブランドはライバル」としながらも、「サブブランドを使っているユーザーはメインブランドから乗り換えのハードルを一度越した人。さらにMVNOに乗り換えてもらえる期待が持てる」とポジティブな面を認めている。

 Criluの長山氏は、かつてOCN モバイル ONEに携わっており、通信サービスについて解説する動画を届ける「スマサポチャンネル」の中の人でもある。当時、OCN モバイル ONEはドコモのサブブランドになりそうでなりきれなかったという印象もあるが、内部では決してそうではなく「MVNOとして、しっかり競争していく」意識だったという。今では当たり前となっているデータの繰り越しや通信開始時の速度を上げる「バースト転送機能」は、サブブランドが強くなっていく中で「通信としての魅力を突き詰めていった中で生まれてきた機能」だったと語った。

●2018年に「4割値下げする余地がある」発言、IIJがフルMVNOサービスを開始

 2018年は、当時の菅官房長官が、あの有名な「4割値下げする余地がある」発言をした年。当時は比較的穏やかに受け止められたが、後の「ahamoショック」につながっていく。LINEモバイルがソフトバンク傘下となり、IIJが自社でSIMを発行するフルMVNOの仕組みでサービスを開始した年でもあった。

 フルMVNOについて佐々木氏は、初期に携わった担当者として誇らしいと述べつつも、「通信事業者としてあるべき正常進化」と語っている。

 「膨大な投資が伴うものである以上、回収する方法を表裏一体で考えなくてはいけない。2018年時点、フルMVNOで音声サービスは提供できなかったので、データSIMをどう売るか考え、当初からIoTにターゲットを定めた。現状、日本のフルMVNOはいずれもIoTに強いというバックグラウンドを持っている」(佐々木氏)

 欧州などではフルMVNOが普通に一般ユーザー向けのサービスを提供している。日本のフルMVNOはIoTが中心という、やや特殊な環境との認識だ。

●料金値下げ、楽天モバイル、ahamo、irumo……激動の2019年〜2023年

 2019年から2023年はいくつもの大きな動きが起こる。

 2019年、ドコモが値ごろ感のある新プラン「ギガホ」「ギガライト」を発表。楽天モバイルがプレサービスとして「無料サポータープログラム」を開始した。特に大きかったのが、電気通信事業法の改正で分離プランが義務化され、解約金も事実上撤廃になったこと。細かいところではXiaomiが日本に正式に参入したのもこの年だ。

 井原氏は、通信と端末が分離されたことで、MNOの代理店でもあるイオンは「キャリアの端末(とイオンモバイルのSIM)を一緒に売れることに期待した」という。一方で、既にMNPの踏み台にされることが非常に多く、割引の2万円上限についても期待したが、いったんは収まったものの「1年後はよりひどく」なってしまった。

 石川氏は、「海外と比べて確かに日本は4割高いかもしれないが、海外のネットワーク品質は低い。日本は高いネットワーク品質のまま4割値下げするのか」といった内容の記事をよく書いていたという。「大丈夫かと心配していたら、一部のキャリアは品質まで下がった」と指摘した。

●ahamoよりもY!mobileやUQ mobileの値下げの方が衝撃的だった

 2020年は5Gがスタートし、楽天モバイルがMMOとしてサービスを開始する。KDDIがUQ mobileを統合し、2020年後半は政府の料金の値下げ圧力が高まった。当時の武田総務大臣が、サブブランドが値下げを行っても「羊頭狗肉」と批判したり、メインブランドからサブブランドへの移行がしにくいと指摘したりするなど、ユーザーにとってプラス面もあったが、キャリアにとっては政府からの強い圧力だった。その流れを受ける形でドコモがahamoを12月に発表。ユーザーの注目度も非常に高かった。

 長山氏は当時既に独立してOCN モバイル ONEからは離れていたが、「MVNO視点で見たとき、ahamoよりもUQ mobileとY!mobileの値下げが衝撃的だった」と当時の危機感を語った。

 「すみ分けができているサブブランドまで値下げする必要はないと私自身、発信していた。ところが、今までMVNOが頑張って作ってきた独自性を縮めるかのごとく、サブブランドの料金が下がってしまった」(長山氏)

 UQ mobileとY!mobileが全国のキャリアショップで販売されるようになったことも脅威に感じたという。

 2021年には、KDDIとソフトバンクもahamoに歩調を合わせるかのごとく、povoとLINEMOを発表。 MNOが3ブランド体制になった。楽天モバイルは料金を改定し、1GBまで0円の「Rakuten UN-LIMIT VI」でユーザーを呼び込んだ。MNOの料金値下げでMVNOには厳しい状況となり成長にブレーキがかかったが、その一方で接続料の大幅な値下げがあったことで、IIJmioやmineoをはじめMVNOもさらに安価な新プランを発表した。

 井原氏によると、この年、イオンモバイルは契約者数が純減したという。ただ、「接続料の改定で純減しながらも利益的には少し上がった。投資もできるようになり、結果的にはすごくよかった」と振り返る。

●2022年に楽天モバイルが0円廃止、2023年にドコモがレゾナントを吸収 規制緩和も

 2022年は楽天モバイルが5月に0円廃止を発表し、大きな波紋を呼んだ。その影響で楽天ユーザーが流出し、MVNOにとって追い風になった部分もあった。7月はKDDIが大規模通信障害を起こし、それに端を発した非常時における事業者間ローミングの議論が進む。サブ回線としてのMVNO利用も注目された。

 ただし、西田氏は「サブ回線の導入に至った人は必ずしも多くない」と指摘。また、サブ回線を選ぶ際に、今使っているキャリアとは異なるネットワークを使っているMVNOを選ぶ高い知見が必要なことを問題視する。一般ユーザーは「実際には0円プランを持っているサブブランドを選ぶ人が多かったのでは」と見る一方で、IoT向けでは1つのネットワークがダウンしたら、別のネットワークに切り替える包括型サービスを選ぶ企業が出てきており、「産業活動の面で大きい」と語った。

 2023年は、ドコモがNTTレゾナントを吸収合併。OCNモバイル ONEが新規受付を停止した代わりに「irumo」が誕生した。楽天モバイルは、KDDIローミングのエリアでも高速通信が無制限で使える「Rakuten最強プラン」を発表した。MNPワンストップ方式が始まり、12月27日に事業法のガイドラインが改正。端末値引きの上限が最大4万4000円までに緩和される一方、いわゆる「白ロム割」が規制対象に追加された。また、指定対象事業者の見直しも行われ、それまで対象だったIIJとオプテージが規制対象から外れた。

 OCNモバイル ONEの新規受付停止について、長山氏は「すごく寂しかった。irumoのスペックを見て、もうOCNの面影はないと感じた」と振り返った。

 「中身を見ると、OCN モバイル ONEのことを考えたわけではないのは明らか。あくまでもドコモの本ブランドからUQ mobile、Y!mobileへの流出を止めたいがために、対抗する料金プランを前々から考えていて、そのタイミングがたまたまNTTコミュニケーションズの子会社化と重なったとしか見えない。OCN モバイル ONEから移行するというよりは、ドコモで料金が高かった人がirumoに変えている印象が強い」(長山氏)

●MVNOがさらに成長するためのヒント 「プロダクトインで考える」「PoCが全然足りていない」

 10年を振り返った後は、今後、MVNOが成長するため、あるいはMNOとすみ分けするための新しい競争軸を生み出すために何が必要かを議論した。

 MM総研の「独自サービス型SIM」の市場規模調査によると、MVNOサービスは2014年から右肩上がりで2020年までは成長してきたが、政府の値下げ要求による MMOの格安ブランドの浸透などによって2021年は大きく数字を落としている。ただ、接続料の値下げが進んだ影響で、2021年以降、契約数は微増を続けている。少しずつ回復基調にはあるが、2020年の1536万契約を超えるような成長を今後、見込めるだろうか。

 佐々木氏は、「MVNOが格安スマホとしてレビューしてからたった10年しかたっていない。今の段階で、あまりネガティブに評価をする必要は全然ない」と語った。

 「今後、10年、15年後に大きなパラダイムシフトが起こる可能性がある。0円ケータイ、1円スマホといったものも、過去のものになっていくだろう。MVNOは確実に今後も伸びていくと信じているし、それを可能にすべく、総務省に対する働きかけを今後も継続していかなくてはいけない。創意工夫がMVNO業界をさらに伸ばしていくことを疑っていない」(佐々木氏)

 MVNOだからこしできるサービス、MNOとすみ分けするための競争軸として井原氏は「プロダクトアウトではなくて、プロダクトインが大手との差別化になる」との考えを述べた。

 「そもそも乗り換えない方が75%ぐらいいらっしゃる。乗り換えられない課題を解決することもそうだが、顧客の課題、社会の課題がまだまだある。課題解決に軸を置いてサービス設計をすることは、MVNOの1つの在り方だと思っているし、われわれはまさにそこをやるべき」(井原氏)

 石川氏は、イオンモバイルが「さいてきプラン」で、家族でシェアすることを前提にした150GB、200GBプランを加えたことを取り上げ、「やるなぁと思った」とコメント。1人向けの大容量プランではMNOとの差別化が難しいが、家族でシェアするプランには「伸びしろがいっぱいある」と評価した。

 「MNOは使い放題プランに金融商品を絡めてARPUを上げる1本足打法。MVNOはそうじゃない、ユーザー視点に合ったお得なサービス設計ができると思わされた」(石川氏)

 松田氏はmineoのファンと直接対話をしながら、一緒にサービスを作っていく姿勢を今後も続けていくと語った。ユーザーとアイデアを交換しながら、その時々に合ったmineoにしかできないサービスを作り上げていくことで、「価格だけではなく、サービス自体を見てもらい、これだったら使ってもいい、やっぱりmineoがいいと思ってもらえる」ことを期待する。

 西田氏はMVNOがさらに成長するために、「スマートフォンの上で使うのではない、今の通信・通話の在り方とは違うニーズを開拓」することだとアドバイス。キーとなるのはやはり「IoTのような産業ニーズ」だという。

 「仮に全部の自動車に通信機能が搭載されることになれば、圧倒的にニーズが高まる。そこを全てMNOに任せるのは、あまりにももったいないこと」(西田氏)

 IoT、コネクティッドカー以外に、家庭の固定回線の代替も注目すべきジャンルとして挙げた。

 今後、5G SAの展開も見込まれる。MNOではさまざまな事業者と5G SAの実証実験(PoC)を行っているが、佐々木氏は「僕らの視点からするとPoCが全然足りていない」という。

 「1300のMVNOは、もっとPoCを馬力をかけてやっていかなきゃいけない。そうすると、MNO4社がやるPoCを数百倍に増やすことができる。打つ弾が数百倍に増えれば当たる弾も数百倍になる。僕らMVNOがそういう取り組みの一翼を担っていかなくてはいけない。それを可能にするためにも、一刻も早く5G SAの協議が実を結ぶように、MNOさん、総務省さんと協力していきたい」(佐々木氏)