「4月から保育園ですか?」 「そのつもりだったけど、2歳で入れようと思ったら、今年は落ちちゃって……。どうしよう」 「うちは0歳枠で何とか入れたんだけど、今度はおなかに2人目がいることがわかって」 「まあ、おめでとうございます!産院はどこですか?」

保育園の話題から地域の産婦人科の評判、はては幼い子供連れ歓迎のランチスポット情報まで、会話は途切れることなく続く。2月最後の水曜日の午前10時過ぎ。神奈川県寒川町の住宅街にある三角屋根の助産院「ママナハウス」に、生後3カ月から1歳10カ月までの赤ちゃんを連れた6人の母親たちが集まっていた。

産前産後のケアに特化したユニークな助産院として知られるママナハウスだが、この日は、離乳食期の赤ちゃんと母親を支援する「赤ちゃん食堂 ままな」の開催日。子ども食堂は全国各地で実施されているが、離乳食まで提供してくれる「赤ちゃん食堂」は希少。その日本第1号こそ、この施設なのだ。月2回の開催で、2歳未満の赤ちゃんには無料で離乳食やミルクが、母親には400円で地元湘南の野菜やサポート企業から届く余剰食材などを使った料理が提供される。

「さあ、みなさん。お話の途中ですが、まずは、赤ちゃんたちのごはんですよ〜」

11時を回ったころ、キッチンから元気な声を発したのが、赤ちゃん食堂の創設者で、ママナハウス代表も務める助産師の菊地愛美さん(37)。自身も4人の子を持つお母さんだ。

「今日も、お野菜は近所の農家さんからです。ああ、ようやく春野菜の季節になったんだなぁと思いながら、真心込めて作りました」

テーブルに並んだ本日の献立は、ハンバーグ、ポテトサラダ、にんじんラペにデザートのみかんヨーグルトまで、栄養バランスだけでなく彩りもバッチリだ。食べやすいようにやわらかくしたふわふわのハンバーグをほおばる赤ちゃんたちから、覚えたての「おいちい」が響きわたると、食堂は笑い声であふれるのだった。

赤ちゃんの食事が終わると、次はお母さんたちの番。大人用のハンバーグに舌鼓を打つ。その間、子供の世話は菊地さんとスタッフらが担う。

食事の間も、ママたちの情報の収集と交換は続いた。菊地さんがその光景を見ながら、

「食の大切さを改めて実感しています。お疲れぎみのママたちが一緒に食卓を囲み『おいしいね』と言い合うなかで打ち解け、いつしか笑顔になっているんです」

厚生労働省の’21年度の統計によると、約10人に1人の母親に“産後うつ”の疑いがあった。それ以前に少子化の問題も深刻だ。くしくも、赤ちゃん食堂が開催されたこの日の朝、新聞各紙の1面に〈出生数最低75万人 8年連続低下〉という見出しが躍った。菊地さんのもとにも、続々と相談が寄せられている。

「ワンオペママたちにとって、何より怖いのは、“寝られない、食べられない、喋れない”という孤独なんです。安心できる出産・子育て環境があれば、少子化問題の解決にもつながるはず。現にうちを利用する人のなかには、2人目を産むお母さんも多いです」

出生数の低下について、菊地さんは「そりゃそうだよな、というのが正直な感想です」と話す。

「みんなの心の奥底にあるのは、将来への不安だと思います。子供ひとり育てるのにもお金がかかるし、老後の年金だって安定して受け取れるのかわからない。これでは、2人目は産めません。産後ケアのデイサービスを使う場合、費用は約1万5千円で自己負担が2千〜5千円程度。誰もが気軽に、とは簡単に言えない金額です。今後は、育休、産後ケア、赤ちゃん食堂などをうまく使い分けていくべきで、そのための具体的な金銭的・人的支援を国や自治体には望みます」

菊地さんはよりたくさんの親子を受け入れるために、「もっと広い場所も欲しい」と話す。  さらに、「手が足りない」というシングルマザーや貧困世帯へ寄付を募ってオムツやミルクを届ける物資支援も充実させたいと考えている。そうした活動の幅を広げるためにも、今後NPO法人化を目指していくという。

ママたちに心安らぐ時間を過ごしてもらうため、菊地さんの奮闘は続く。

【後編】孤独の苦しみに過去の自分重ね…「赤ちゃん食堂」創設者がママたちに手を差し伸べる理由へ続く