楽しみなことがある。大河ドラマ『光る君へ』(NHK)の第11回から、井浦新演じる藤原道隆の嫡男・伊周(これちか)役で三浦翔平が登場したからだ。

 『光る君へ』(C)NHK(以下、同じ)井浦新と三浦翔平といえば、先日まで金曜ナイトドラマ『おっさんずラブ‐リターンズ‐』(テレビ朝日)で、硬派ゆえのもどかしいラブを繰り広げていた。SNSでは「平安に転生」と盛り上がっている。

「生意気な唇」で最終回を迎えた二人が

『リターンズ』では、公安警察時代、先輩後輩だった和泉と六道のふたりが兄弟のような関係から、もっと親密な関係へーーというところでドラマは幕を下ろした。井浦演じる和泉は「うるせえ唇」というパワーワードを、田中圭が演じる春田にそっくりな人物・真崎に放っていたが、最終回では三浦翔平演じる六道に「生意気な唇」と言い換えて、愛情を示した。



それが大河ドラマでは父子に。つまり、平安時代から転生しながら、令和の現代でついにふたりは結ばれたというような、ミラクルロマンス(『セーラームーン』の主題歌を思い浮かべてください)である。

道隆とその嫡男という麗しくノーブルな父子の姿は眼福

『光る君へ』の主人公は紫式部ことまひろ(吉高由里子)で、彼女と藤原道長(柄本佑)の宿命の関わりを描く物語だが、いまは、道長の兄・道隆(井浦)とその息子・伊周の運命のほうが気になる。大河とおっさんずラブ、どちらが早いかわからないがそう思わせるためのキャスティングに違いない。

『リターンズ』の公安刑事のちょっと泥臭いパートナーだった井浦と三浦も良かったが、『光る君へ』は高貴な藤原家の嫡男・道隆とその嫡男という麗しくノーブルな父子の姿は眼福である。第11回で突然出てきた伊周ながら、『リターンズ』のおかげで、父子の強い信頼関係が出来上がって見えるし、彼はやがて道隆の弟・道長と権力闘争を繰り広げることになる重要な人物だ。

藤原伊周(三浦翔平さん)『光る君へ』(C)NHK安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)に伊周をお披露目したときの道隆の自慢の息子という感じの愛情深い眼差しと、伊周が「父は笑裏蔵刀。顔は笑っておりながらも刃を隠し持っておられます」と晴明に伊周が言う時の誇らしげな表情。父子愛がひしひしと伝わって見えた。

『光る君へ』(C)NHK

父・兼家への尊敬の念に溢れた長男として

道隆のほうは、父・兼家(段田安則)の指揮の下、藤原家の地位を高めるための作戦を家族、全員、力を合わせて行った結果、兼家は摂政になり、息子たちも出世していくなかで、嫡男として粛々と働く。

井浦新は道隆を演じるに当たり、『大鏡』をはじめとした古典のなかから探った道隆像では、豪傑のように引っ張っていくイメージだったが、ドラマではいい感じのお坊ちゃんの長男で、押しは強いが、優しく、絶対的な父に敬意や脅威を感じているというふうに(大意)演じているそうだ(NHK公式サイトの『君かたり』より)。第9回の「父上の見事さに打ち震えた」というセリフは道隆の父・兼家への尊敬の念に溢れていた。

藤原道隆(井浦新さん)『光る君へ』(C)NHK

演じ分けの次元が違う、霊媒師のような俳優・井浦新

今年の1月から2月の間は、金曜日に『リターンズ』の和泉、日曜日に『光る君へ』の道隆と、兼務していた井浦新。全然違う役を演じ分けられる才能は、正直珍しくはない。役者はそれが仕事ともいえる。

だが、井浦の場合、演じ分けの次元が違う。霊媒師のように、自分のなかに役の魂を取り込んで、自分は容れ物として魂に語らせるような俳優だと筆者は感じている。



『リターンズ』では、登場時、驚くほどぼんやりと顔の力を抜いて、ものすごく頼りない四十代のおっさんになっていた。でも、あとからそれは世を忍ぶ仮の姿で、実は元・公安刑事で、危険な任務に従事していたというハードボイルドな人物だったことがわかる。そして、公安時代の回想シーンになると水を得た魚のように生き生きと熱を帯びる。

その切り替えにも魂が宿って見える。演じることをとても神聖にとらえているように感じるのだ。



『おっさんずラブ』シリーズはコメディ仕立てながら、人を想う気持ちの本気の度数だけは高く、その高さと熱量を、叙情性を、フィギュアスケートで技術点と芸術点を俳優が競い合うような恋愛競技大会のようなドラマである。

技術面も芸術面も優れ、その瞬間、役に奉仕するように演じる井浦は、シェイクスピア劇のように重厚に愛を演じる吉田鋼太郎とも互角で勝負していた。





レジェンド監督・若松孝二に扮するシリーズにみる真骨頂

まるで霊媒師かのような俳優・井浦の真骨頂は、3月15日から公開されている映画『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』である。

井浦が、レジェンド監督・若松孝二に扮するシリーズで、パート1は60年代を舞台に若松プロダクションの映画制作活動を、かつて若松プロダクションに参加していた弟子筋の白石和彌が撮った。

パート2に当たる『青春ジャック』は80年代の若松プロダクションを、同じくそこで育った井上淳一が撮った。若松監督ゆかりの監督がそれぞれ作品を作る趣向が面白い。

 映画『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』より1は、実在した女性スタッフ吉積めぐみが主人公(門脇麦)で、2は若松が名古屋につくったミニシアター・シネマスコーレ(ラテン語で「映画の学校」という名)の支配人・木全(東出昌大)が主人公になっている。

「青春ジャック」では、シネマスコーレを作った若松監督が、木全や、監督の弟子入り希望の予備校生・井上(杉田雷麟)を猛烈なエネルギーで引っ張っていく。令和だったら不適切と注意されてしまいそうな言動もあるが、それが当時の人間関係や作品を濃密にしていたのだろう。すごく熱くて真っ直ぐな青春映画で、井浦演じる若松監督は、若者を導く先生のようだ。

 映画『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』より井浦自身、2008年、若松監督作『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』に出演して以降、『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』『キャタピラーCATERPILLAR』『海燕ホテル・ブルー』『千年の愉楽』と若松組の常連となり、監督からたくさんのものを得たはずで、野太く野性的だが知性と教養も十二分に感じる若松監督を、尊敬と愛情を込めて真摯に演じていると感じる。

パート1のときより、若松の役年齢と井浦の実年齢が重なって、皮膚感も近づいてきているようにも見えた。

ARATAから井浦新に改名する生真面目さ

井浦がARATAという芸名から井浦新という本名に戻したきっかけも、若松作品である。2012年公開の『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』で三島由紀夫を演じたとき、三島を演じた俳優のクレジットがアルファベット表記であることに懸念を感じたとかで、改名した。

ちょうど、同じ12年の大河ドラマ『平清盛』に崇徳院(すとくいん)役で出演し(この役も凄まじかった)、井浦新でクレジットされている。

 若松孝二『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』游学社三島由紀夫に崇徳院、日本の歴史的人物を演じるに当たって最大限の礼儀を尽くす生真面目さも井浦新の素敵なところではないだろうか。そういうところも含めて霊媒師的俳優なのだと思うのだ。

いまの井浦新を形作った若松監督への愛にあふれた映画『青春ジャック』。人は肉体は滅びても、現世で覚えていてもらえる限り生き続けるという。井浦新は若松監督を己の身体のなかで生かし続けているのではないだろうか。

<文/木俣冬>

【木俣冬】
フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』など著書多数、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。Twitter:@kamitonami