核兵器を搭載した米軍艦船・軍用機の日本への寄港や着陸を日米間の事前協議なしで認める核密約が1959年、秘密交渉を経て成立する新たな経緯が16日、米公文書から判明した。米国は60年の日米安全保障条約改定後も核艦船寄港の自由を死守しようと交渉を主導し、この点を非公開文書で確認するよう要求。日本は当初反対したが米国の強硬姿勢をかわせず、米側の意図を了承した上で文書作成に応じていた。

 核密約は旧民主党政権下の2010年、日本政府が存在を認めた。ただ根拠となった外務省調査でも一連の経緯は解明されず、初めて全容が分かった。冷戦後、米軍核艦船は日本に寄港していないが、日米は今も密約を正式に破棄していない。

 米公文書は信夫隆司・日本大名誉教授が国家安全保障公文書館(ワシントン)から入手した。