人材育成のプログラムを提供する株式会社Momentor代表の坂井風太さん(取材当時33歳)。新卒で入社したDeNAでは旅行・ゲーム事業を経て、小説投稿サイトを運営する子会社に異動し、2020年からは代表取締役社長として、経営面での経験も重ねました。後半では、坂井さんが経営者になってからの取り組みを通じて、キャリアの切り開き方や打開策に迫ります。

前編: 「簡易的な評価ではなく、長期的な評価を目指せ」人材育成のプロに学ぶキャリア不安との向き合い方【坂井風太】

情報をしつこく深掘りすると、正解が見えてくる

Q.理想とするキャリアに近づくために努力したことはありますか?

自分で市場の一次情報を取りに行くことです 。小説投稿サイトを運営する会社の代表取締役だった頃の経験ですが、自分もユーザーになってランキング1位になるまで小説を投稿し続けたり他のユーザーと交流したりしました。土日なんて、1日12時間くらい触っていたと思います。お客さまを心から喜ばせたい気持ちがなければ、良いプロダクトは作れませんから。もちろん、自分の担当ジャンルが好きではない人もいますが、僕はやっているうちに楽しくなってプロダクトを心から愛せるようになりました。その様子を見て、みんながプロダクトを触って顧客に向き合い始めてくれて、企画もうまくいくようになりました。

また、新卒2年目から毎日5,000字くらい日々の振り返りを書いていたんです。加えて心理学・組織論などの論文をたくさん読んでいたので、日報の出来事を論文にある理論に当てはめていったら、ノウハウがまとまっていったんです。こうして一次情報をしつこく掘っていくと、大体正解が見えてくる。やったことがないことに対しても「やればできるのではないか」という感覚が得られ、自己効力感(目標達成の能力を持っていると認識すること)に繋がりました。

Q. 今キャリアに行き詰まっている人も、しつこく深堀りしたら何か解決策が見つかるかもしれませんね。

実践にあたって、ポイントが2つあります。1つ目は、あくまで「分析」であることを念頭におくこと。 やってみてうまくいかないこともあるかもしれませんが、そこで自分を責めるのではなく、「うまくいく時といかない時って何が違うんだろう」と考え、分析するんです 。自分の中で「こういうパターンの時はうまくいくのか」「あそこでこの決定をするとうまくいかないのか」など自分の中で基準が生まれてくる。そうすると「この間のパターンだから、次はここを改善しよう」という考え方ができ、軌道修正ができるようになるので落ち込みにくくなります。

2つ目は、発達的ネットワーク。 自分のキャリアの成長や進歩を楽しみにしてくれている人との人間関係が大切です 。僕は上司との1on1ミーティングの時間に、毎回分析して学んだことを発表していました。DeNA時代の最後の上司は「坂井君、それは良い学びだね」といってくれていたんですが、それがすごくうれしかったですね。新卒1年目のときは怒られてばかりだったので、自分の成長や学びをこんな風に喜んでくれるのかと思いました。

また、妻にも気づいたことや学んだことを話していたのですが、妻はビジネスに詳しくないので、わからないことを質問してきます。それに答えることで、考えを整理できました。 インプットしてアウトプットして、アウトプットを喜んでくれる人がいるから、またインプットしたくなる 。こうして少しずつ積み上げると毎日進歩している感覚になるので、コミュニケーションがとれる身近な人の存在が成長につながると思います。

ロールモデルは1人に絞らない。インデックス型で良い部分を盗む

Q. 坂井さんのキャリアの中で、一番の転機になった出来事は何ですか?

子会社のM&Aです。上から与えられた目標の範囲内で着々と成果を上げれば、別に怒られないし評価もされます。ですが、そうやって有耶無耶にしていった結果、数多くの負債が会社に残っていて「なんでこういう負債やしがらみを残すんだろう」と思っていました。たとえみんなに嫌われることだとしても、決断しないリーダーに存在価値はないんです。 決断自体が大事なのではなく、事業に対しての誠実なスタンスを元に決断することが大事だと気付きました

それと、 やらない理由は人間関係のしがらみが原因になっていることが多い 。僕は私立中学を中退していたこともあって、人に嫌われることはあまり怖くありません。みんなが臆病になって決められないことを決め切ることが経営者としては大切だと思います。

Q. 坂井さんが働く上で、ロールモデルにしている方はいらっしゃいますか?

特定の人はいないですが、観察対象という意味では全員がロールモデルです。単独型ロールモデルは危険なところがあって、「あの人みたいになりたい」と思い込むと大体その人の劣化版になってしまいます。それでは意味がありません。

「この人のこの部分と、あの人のあの部分」というように、インデックス型で良い部分を実践すれば全員をリスペクトできるようになります 。それに、良い部分の能力のハイブリッドなので、掛け算で勝てるようになるんです。ロールモデルを1人に決めるより、いろんな人の良い部分を抜き出すほうが僕的にはおすすめですね。

別の選択肢があることに気付けば、新たな道が開ける

Q. 今キャリアに悩んでいるビジネスパーソンの皆さんに、どんなことを伝えたいですか?

逆境でも立ち直る力・回復する力(ライフキャリア・レジリエンス)が大切だということを伝えたいですね。「配属ガチャに外れた」「出世できなかった」など、自分がもともと想定していた人生からズレた瞬間に「だから自分はだめなんだ」と思う人もいるかもしれません。そんなことを思う必要はなくて、プレイヤーとして自分を磨く時間が増えたと思えば良いじゃないですか。 何か1つうまくいかなかったとしても、常に別ルートを考えればいいんです

また、「このキャリアに至るためには、こんな経験や方法が絶対必要だ」と凝り固まった考えも良くありません。思い通りにいかなかった時に、その思い通りにいかなかった部分が気になってしまう。ジグソーパズルみたいに、1つピースが欠けたところが気になってしまうような感覚と同じですね。そこは「積み木」と考えた方が良い。この形が完成しなくても、完成しなかったから別の形ができたと思うようにするんです。 別の選択肢があることに気付いたら悩むこと自体が減りますし、新しい道が開けると思います

Q. 今後の目標や挑戦したいことはありますか?

人材育成とマネジメントの歴史をどれだけ変えられるかなと思っています。そのために、「学術理論からは大幅には外れないけど、現場で使うとこうだよね」という理論的かつ実践的な使用理論を作って、みんながアクセスできるものにしたい。ミドルマネージャーが人事施策の運用をいきなりやれといわれても難しいし、いつ辞めるかわからない新卒を育成するのも大変となった時に、人事やマネージャーも含めメンバー全員でノウハウを共有できるようにしたら、みんなの負荷が減りますよね。こういったものを作ろうとしています。

僕には3歳と0歳の娘がいますが、彼女たちが20年後、大学生になり就活をする段階になった時に「お父さんは大変そうだったけれど、前向きに乗り越えていたな」と、勇気づけの引き出しになる人生を歩みたいんです。次世代に負債を残すか、資産を残すか。僕は、資産として持続的に成長できる人を作れる会社、先輩・メンター、マネージャーを増やしていきたいと思っています。

プロフィール

坂井風太

早稲田大学法学部卒業後、2015年DeNAに新卒入社。旅行事業部(現エアトリ)に配属後、ゲーム事業部、小説投稿サービス「エブリスタ」に異動。2020年にエブリスタ代表取締役社長に就任。M&Aや経営改革などを行うと同時に、DeNAの人材育成責任者として人材育成プログラムを開発。2022年にDeNAとデライト・ベンチャーズ(Delight Ventures)から出資を受け、株式会社Momentorを設立。組織効力感や心理学をもとにした人材育成と組織基盤構築の支援を行っている。

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坂井風太