梅の硬い殻の中に“天神さま”と呼ばれる本当のタネが隠れている

 ごはんのお供や、お弁当にかかせない梅干し。塩加減や甘みなどの“塩梅(あんばい)”が異なる梅干しを常備している、という人も少なくないでしょう。この記事では、梅干しを食べた後に残る“タネ”にスポットをあてたいと思います。

 梅は、モモやサクランボと同じ「核果(かくか)類」に分類され、果肉の中に種子があるのが特徴です。実は、私たちが種子だと思っている硬い殻は、正確には種子そのものではありません。硬い殻(核・内果皮)の中に、「仁(じん)」と呼ばれる本当の種子(白い実)が隠れています。

 この「仁」は、“天神さま”とも呼ばれているのを、ご存知でしょうか。これは、学問の神“天神さま”として知られる菅原道真が梅好きだったこと、「梅は食うとも核(さね)食うな、中に天神寝てござる」という、ことわざに由来しています。「梅の核の中には天神さまがおられるので、食べると罰が当たりますよ」と説いた言葉ですが、その真意は「生梅の中には毒があるから食べてはいけない」という戒めです。

生の青梅や種子を食べるのはNG!

 実は、「生梅の中には毒がある」というのは、ただの言い伝えではありません。未成熟な生梅(青梅)の種子には「アミグダリン」という物質が含まれ、これ自体は有害ではありませんが、体内の酵素によって分解されると猛毒の青酸を生成し、中毒症状を起こす可能性があります。

 アミグダリンは、梅の実が熟すにつれ、また、お酒や砂糖、塩などで加工したり、加熱したりすると安全に食べられるようになります。そのままでは有害な青梅に手間と時間をかけ、おいしい梅干しや梅酒に変身させる「梅仕事」は、先人たちの愛あふれる知恵でもあったわけですね。

梅の酸っぱさに秘められた健康パワー

 古くから「梅はその日の難逃れ」と言われるほど、健康維持に活用されてきました。梅の酸っぱさの主成分はクエン酸(有機酸の一種)で、体内でエネルギーを生み出す仕組みを活発にし、疲労の原因となる乳酸の蓄積を防ぐ働きがあるため、疲労回復を促進すると考えられています。また、クエン酸には、体に吸収されにくいカルシウムや鉄などのミネラルを水溶性に変えて、吸収率を高める働きも。近年、梅に含まれるポリフェノールの機能性も注目されています。

 なお、「日本食品標準成分」には、青梅や梅干しの果肉に含まれる栄養素の記載はありますが、タネの栄養についての記載はありません。中国の古い医学書に、梅の仁に関する漢方的な薬効の記述があるそうなので、まだ科学的には説明できていない未知数のパワーが宿っている可能性がありそうです。

 ちなみに、この「仁(じん)」を実際に取り出して食べてみたところ、杏仁豆腐のような香りが口の中に広がり、驚きました。それもそのはず、本来の杏仁豆腐は、梅と同じ核果類の杏(あんず)の仁(種子)=杏仁から作られています(※)。

 ということは、梅の仁を集めたら「梅仁豆腐」を作ることができるかも……? 機会と時間があれば、挑戦してみたいと思います。

(※)最近の杏仁豆腐は「杏仁」と香りが似たアーモンドの粉やエッセンスを使って作られているものも多くあります。

※参考文献:『日本食品標準成分表(八訂)増補2023年』文部科学省、久保田紀久枝・森光康次郎編『食品学-食品成分と機能性-』東京化学同人,2017、名取貴光監修『新・野菜の便利帳 健康編』高橋書店,2016、三輪正幸監修『からだにおいしいフルーツの便利帳』高橋書店,2015

(野村ゆき)