「母親はこうあるべき」という理想に自分がかけ離れていると感じて落ち込んだことはありませんか? 自分の母親がしてくれたことを、自分の子どもにも同じようにしてあげたいけれどうまくいかなかったり、「母親は◯◯すべき」「母親は◯◯してはいけない」という思い込みに苦しめられたり……。

そんな悩みを抱えたアラフォー女性を描いて注目を集めている作品が、『わたし、迷子のお母さん ある日突然、母親するのが苦しくなった』です。

ワーキングマザーとして家事育児をこなしながらも仕事に追われ、周囲の人々との関係に追い詰められた主人公の挫折と再生を描いたこの作品について、著者のらっさむさんにお話を伺いました。

『わたし、迷子のお母さん ある日突然、母親するのが苦しくなった』あらすじ




主人公の世良楓は、結婚出産を経ても独身時代と同じように仕事で成果をあげようと努力しているアラフォーのワーキングマザー。しかし一方で、娘のいろはの登園しぶりにゆっくり付き合う時間もなく、夕食に冷凍食品を使っていることにも後ろめたさを感じています。



楓の父は新聞記者、母はTVにも出演する人気の料理研究家でした。楓の子ども時代、家でも優しく自慢の母親でしたが、「正しい母」の望む自分でいたいという気持ちが、無意識のうちに楓を少しずつ縛り付けているのでした。



やがて自分も母親となった楓は、外では優しい母親を演じていたものの、家では疲れて娘の相手をするのもしんどい日々。親としてどう振る舞うのが正しいのかわからなくなり、次第に娘ともすれ違っていきます。




そんなある日、仕事で上司や後輩から言われた言葉に傷ついていた楓は、激しいストレスからか朦朧としたままそのまま終点まで運ばれてしまい、娘のお迎え時間に間に合わなくなってしまうのでした。



さらに間の悪いことにトラブルに巻き込まれ、財布を失い、スマホも破損して、終電を逃してしまいました。たまたま知り合った親切な姉弟に助けられてなんとかその夜はやり過ごせたものの、過度のストレスからパニック障害のような症状を起こした楓は、電車に乗れず家に帰れなくなってしまうのでした。

終点の駅でのさまざまな出会いから、自分を改めて見つめ直した楓は、家族との新たな一歩を踏み出すためにある行動に出るのでした……。


著者・らっさむさんインタビュー




──主人公の楓と、料理研究家として活躍する母との関係は、外から見れば人も羨む良好なものでしたが、一方で楓に深い影響を与えていました。この親子の関係について、らっさむさんが描きたかったことを教えていただけますでしょうか。

らっさむさん:
楓の母はすごくやさしくてできたお母さんなんですよね。楓自身、そんなお母さんに憧れてきた部分もあります。ただ、本当に何のわだかまりもない母と娘って、いるのかな?ということを私は思っていて、楓の場合、「できたお母さん」という大きな存在のもとで、「自分の幸せ」を自分で感じる前に、他人に「幸せ」と決めつけられてきた部分があるのではないかと。

本来、感謝とか尊敬って、もっと自分の内側からわきあがってくるものなのに、自分の幸せを他人に決定づけられてきたから、自分がどんなときに幸せなのか、どうしたかったのかがわからなくなってしまっていたのだと思います。

しかも、母のことが大好きだから、自分が母の意に反して何かをしようと思うことにすら後ろめたさを感じてしまう。ひどい親であれば反抗して反発するなかで、自分のしたいことに気づけたりするけど、それがなかった娘が、子育てを通して、母と自分の間に明確な境界線を引けるようになっていく過程を描いたつもりです。




──理想とする母親像との乖離に気づき、「母親をやめる」と口にする、楓の強い思いに心を揺さぶられました。回り道をしながらも、いろはちゃんの母としての自分を取り戻し、娘との関係をもう一度新たに築こうとする楓の姿に感動する読者も多いと思います。彼女の変化・成長について思うことを教えてください。

らっさむさん:
口にすることも憚られる言葉ってありますよね。楓の「母親の自分が嫌い。もうやめたい」って、まさにそれで……。

子育て中って、「母親としてのスキル」がそのままその人の人格そのものみたいに捉えられてしまう世界なんですよね。楓が怯えていたのはおそらくそれで、今まで生きてきた人格と、まったく別として捉えられる「母親」としての人格にずっと自信が持てなかった。

そうした意味で、「母親をやめる、大嫌い」と言えるようになったというのは「母親としての自分」が自分の人格そのものすべてではなく、自分の人生の一部と捉えられたのではないかと思います。




──最後に、読者のみなさんへ、メッセージをお願いいたします。

らっさむさん:
「こんな母親もいるんだ」「こんな子育てがあるんだ」みたいに、これまでの「母親像」みたいなものの範囲を広げていただくきっかけとして、お読みいただければうれしいです。この漫画を読んで、一つでも何か、気持ちを楽にするお手伝いができたら作者として本当にしあわせです。本当にありがとうございます。


取材=ナツメヤシコ/文=レタスユキ