生まれたばかりの赤ちゃんがいる親や、テストに向けて一夜漬けしている学生、不眠に悩んでいる人など、「眠れぬ夜」を過ごしている人たちは、かなりの数にのぼります。

睡眠が必要であることは誰もが知っていますが、そうは言っても、「多少なら、寝なくても何とかなるのでは?」と思いますよね? 

実際、そうとも言えるのですが、何の代償もなしに、というわけにはいかないようです。

「眠らずにいられる時間」の世界記録は?

不眠に関する世界記録を樹立した人として一番有名なのは、ランディ・ガードナーさんでしょう。ガードナーさんは、最もしっかりした確認がとれた環境で、極限まで眠ることを我慢した人として、広く認められています。その記録は264時間。実に、約11日間に及ぶ期間です(ただし、この記録はその後、破られています)。

公共放送NPRの記事によると、この実験が行われた1963年当時、ガードナーさんは17歳の高校生でした。ほかの生徒2人とともに、サイエンスフェアに向けた準備をしていて、あるラジオDJが達成したとされる、260時間の不眠記録を破ろうと思い立ったそうです。

コイントスで負けたガードナーさんは、眠らずに起きていることにチャレンジしました。その間、あとの2人の生徒はその様子を監視し、意識があるかどうかを確認しました。

この実験はメディアからの関心を集め、実験を始めてまもなく、睡眠研究で知られるスタンフォード大学のウィリアム・デメント教授と、アメリカ海軍の衛生兵、ジョン・ロス氏もガードナーさんの状態を検証し始めました。不眠時間が264時間に達したところで、ガードナーさんは脳スキャン検査を受け(検査の結果は異常なしでした)、それから14時間にわたって眠り続けたそうです。

その後、ガードナーさんの記録は何度も破られています。直近では1986年に、スタントマンのロバート・マクドナルドさんが、19日間近く眠らずに過ごしました。記録に残るものとしては、これが最新の世界記録です。

ただし、これを破って新記録に挑戦しようとしても無駄です。世界一の記録を集めるギネスブックでは1997年、不眠記録の「モニタリングをやめる」決定を下しました。ギネスブックの出版元は、この記録を掲載し続けると、新記録を作ろうと挑戦する人が出ることを認識していました。そして、極限まで眠らないでいることには大きな危険が伴うので、これを助長するようなことはしない、と判断したのです。

それでも、不眠記録の保持者や、彼らの味わった体験についてもっと詳しく知りたい人向けに、ギネスブックでは、ウェブサイトにまとめ記事を掲載しています。

中でも興味深いのは、1950年代にこの記録に挑戦したDJ、ピーター・トリップさんの体験です。トリップさんは極度の幻覚に悩まされたとのことですが、これは不眠の直接的な影響というよりも、覚醒状態を保つために服用したリタリンという薬が引き起こしたものかもしれません(とはいえ、眠らないでいるだけでも、何らかの幻覚が起きる可能性はあります)。

「極限まで眠らない」人に起きること

ギネスブックのまとめ記事に登場する不眠記録の保持者は多くの場合、「吐き気を感じる」「怒りっぽくなる」といった変化を報告しています。ガードナーさんのケースでも、4日目には「幻覚や妄想が生じ、注意持続時間が極端に短くなった」と、記録挑戦に立ち会っていた科学者たちが証言しています。

1974年に不眠の新記録を打ち立てたロジャー・ガイ・イングリッシュさんの場合は、覚醒作用のある物質としてはカフェイン以外、摂取していませんでしたが、幻覚を体験し、それは不眠の実験が終わったあとも続いたと報告しています。

旧来の記録を破った、モーリーン・ウェストンさんという別の人物も、眠らないでいる間に幻覚を見たそうですが、挑戦が終わってある程度の睡眠をとったあとには完全に回復できたと話しています。

オンライン医学教育データベース「StatPearls」にある睡眠欠乏に関する情報では、慢性的な睡眠不足が引き起こす問題として、以下のような事柄を挙げています(慢性的な睡眠不足とは、多少は眠れていても、長期間にわたって十分な睡眠時間をとれていないケースも含みます)。

死亡率や罹病率の上昇、起きている時間帯の活動能力低下に起因する事故やけがに遭遇するケースの増加、生活の質への自己評価の低下、家族の精神状態の悪化、医療サービス利用の減少

そのうえでこの情報ページは、「睡眠不足が、人の心身の健康に重大な影響を及ぼすのは明らかだ」と結論づけています。

平均的な人が眠らずにいられる時間は?

実践的なアドバイスを得るために、ここで米軍の定義を参照してみましょう。軍隊は、所属する兵士に能力をフルに発揮してもらう必要がありますが、同時に、睡眠をとることが難しい、あるいは不可能なミッションを課すこともしばしばあります。そのため、この問題に関するポリシーを作成しているのです。

アメリカ国防総省の睡眠欠乏に関する報告書では、「完全な睡眠欠乏状態」の定義として、24時間ぶっ通しで起きている状態、あるいは、どの時間帯であっても、通常眠っている時間帯に眠れなかったケースとしています。

言い換えると、普段は午前7時に起床している人が、ゲームをしていて(あるいは敵の標的になったために)徹夜し、午前7時まで起きていた場合は、「完全な睡眠欠乏状態」と認定されるわけです。

さらに国防総省では、毎晩の睡眠時間が7時間を切った場合を、「部分的睡眠欠乏状態」と定義しています。これは、睡眠時間が短くなるか、途切れ途切れになっているケースです。この状態が1週間続くと、「慢性化した部分的睡眠欠乏状態」と認定されます。

同じ報告書によると、24時間眠らない、完全な睡眠欠乏状態を1回経験するたびに、「認知タスクの成績が25〜35%低下する」と推計しています。かといって、睡眠時間が一定のレベルまで減ったとたん、ガクンと能力が落ちて、まったく使い物にならなくなるということではなく、睡眠がとれない状態が続くうちに、徐々に頭がはたらかなくなるというイメージです。

さらにこの報告書では、複数の研究結果を引用して、睡眠欠乏状態が外傷性脳損傷のリスク増大、極度の感情的疲労感や、「役割を重荷と捉える」(燃え尽き)感情の高まり、不安症状の増大や悪化、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状悪化、うつ症状および希死念慮や自殺未遂の増加などを招くとしています。

こうしたことから米軍は、「兵士に与えられる任務は、可能な限り、24時間ごとに8時間の睡眠時間を確保できるようなものにすべきだ」と結論しています。

これが無理な場合は、睡眠時間をとれない期間の前に「寝だめ」する計画を立てるとともに、眠れない期間が終わったあとに「リカバリー」のための睡眠時間を確保するべき、とのことです(冒頭で触れたガードナーさんが、不眠実験のあとに14時間にわたって爆睡したのは、これにあたります)。

どうしても眠れない時にすべきこと

不眠症の症状に悩まされている人の場合は、やるべきことがあって徹夜を強いられている学生や兵士のケースとは状況が異なります。

不眠症にはさまざまな原因が考えられるので、体や脳に何が起きていて、ぐっすり眠ることが阻まれているのかを突き止めるために、医師の診察を受けることには価値があるでしょう。不眠の原因によって、受けられる助言も異なってきます。

ただし、主観的には「眠っていない」と思っていても、本当に一睡もしていないとは限りません。この点には注意が必要です。「まったく眠れていない」と断言していた患者さんに睡眠検査をしてみると、本人が気付かないうちに多少は眠っていたことが判明した、というのは、私が睡眠専門家に話を聞くと必ず出てくるエピソードです。

ギネスブックでさえ、この問題を認識しています。ギネスは、不眠記録の掲載をとりやめた理由として、前段で挙げた健康上のリスクに加えて、目が覚めているように見える人でも、一瞬だけ眠ってしまう「マイクロスリープ(瞬眠)」と呼ばれる現象を経験している可能性を挙げています。

アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、長時間のシフト勤務が看護師に与える影響に関する報告書で、「睡眠欠乏状態にある者は、マイクロスリープの発現を制御できず、実際にこの現象が起きていても、それを認識できないことが多い」と記しています。

睡眠の専門家は、ふとんのなかで時計を見つめて、眠れなかった時間をカウントして気に病むよりも、リラックスするよう努めるべきと、アドバイスしています。リラックスした状態に入れば、睡眠に「かなり近い」休養が得られますし、それが睡眠の入り口になるケースも多いのです。

ただし、昼間に眠気を感じてつらい、あるいは、睡眠に関してほかの悩みがある場合は、医師の診察を受けてくださいね。

実は逆効果!眠れない時にやってしまいがちなNG行為とは? | ライフハッカー・ジャパン https://www.lifehacker.jp/article/2305-don-t-watch-the-clock-when-you-can-t-sleep-and-focus-o/

Source: NPR,Guinness World Records,StatPearls,USNI News,CDC,