これまでに3万人以上のウクライナ軍兵士が命を落とし、今なおロシア軍の攻撃にさらされ続けている無辜の市民たち。なぜ自由主義陣営は、プーチン大統領の蛮行を止めることができないのでしょうか。。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、国際社会が理解すべき「ロシアがウクライナを侵攻する本当の理由」を解説。さらに欧米諸国の「及び腰」とも言える中途半端なウクライナ支援に疑問を呈しています。

※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題「国際社会による“放置”のツケが生み出した取り返しのつかない悲劇‐ウクライナとパレスチナ」

ウクライナを追い詰めた“真犯人”は誰なのか。プーチンをつけあがらせた国際社会

「悪が勝つのは、ひとえに善人が何もしないからだ」

これは今年2月16日に獄中死したロシアの活動家であるナワリヌイ氏が、2020年10月に療養先のドイツからロシアに戻る際に、世界に発信した言葉です。

ここでいう悪はプーチン大統領のことを指すことは明らかですが、ナワリヌイ氏が非難した悪はプーチン大統領に留まらず、世界中の抑圧的なリーダーや、人心を理解しようとせず、自身の利害しか考えないリーダーを広く指した対象だと考えます。

ではここでいう善人は一体誰なのでしょうか?

欧米諸国のリーダーでしょうか?それとも自由主義・民主主義社会に暮らす国民全体を指すのでしょうか?

恐らく興味本位でいろいろなことを言い、非難を浴びせかけたり、改善を訴えたりしても、結局は何もしない当事者意識が欠けている圧倒的多数を指しているのではないかと感じます。

彼が本当は何を伝えようとしたのか。それは彼亡きあと知る由もないですが、現在の世界に対しての痛烈な批判と皮肉であることは間違いないだろうと思います。

ナワリヌイ氏が最も直接的に悪と呼んだプーチン大統領とその取り巻きは、なぜウクライナを侵攻することにしたのでしょうか?

これまで調停努力を通じていろいろな情報に触れ、状況を分析し、いろいろと対話を行う中で見えてきたことは【この戦争はロシアの領土欲のためではない】ことと、【ウクライナのNATO加盟を阻止するのみならず、NATOの東方拡大を阻止したい】という、プーチン大統領とその取り巻きがよく発する“理由”ゆえでもない、ということです。

ロシアがG8入りした頃、プーチン大統領のロシアは欧米諸国と良好な関係をもち、自由経済の恩恵を受けてロシア経済の近代化を進めていましたが、その当時からプーチン大統領は残りのG7の中の欧米諸国に対して「NATOをこれ以上東側に拡大しない」という要請をぶつけ、ロシア政府関係者曰く、「欧米諸国はその条件を受け入れたため、ロシアはG8に加わり、ポスト冷戦時代の新しい国際秩序作りに貢献することを決めた」のだそうです。

「しかし、その約束を欧米諸国は破り、NATOをバルト三国のみならず、ポーランドやルーマニア、ハンガリーなどに拡げ、ロシアに真っ向から挑戦状を突き付けたので、ロシアは国家安全保障のために行動を起こすことになった」というのが、2014年以降のロシアの外交・安全方針になったとのことです。

NATOの東方拡大はロシアが再び対立構造を選択することに大きく貢献はしたと思われますが、それをウクライナへの侵攻の理由と理解してしまうと、その背後にある“本当の理由”を見失い、仮にプーチン大統領の統治が終わり、次のリーダーがロシアを率いることになっても、また同じことが繰り返されることを意味します。

各国を徹底的に破壊し占領する。ロシアがウクライナを侵攻する本当の理由

では“本当の理由”とはどのようなものなのでしょうか?

一言で表現すると【ロシアが考える理想的な社会・世界の在り方の追求】です。

それは【新たなソ連の復興】であり、【1940年代以降に旧ソ連が東欧諸国で繰り広げてきたような各国の社会を徹底的に破壊し、占領すること】であり、【それを邪魔する者は手段を択ばずに排除する】という姿勢を指すものと考えます。

これはキーウ郊外のブチャやドンバス地方での残虐な殺戮行為(注:実行者については要検証であることを強調したい)を見れば、手段を択ばず、見せしめにするという手法の残忍さが見えますが、それはロシア軍側で数にものを言わせ、兵士の命を何とも思わずにどんどん最前線に投入していくという戦法にも、目的達成のためには手段を択ばず、残虐な行為もものともしない姿勢が覗えます。

かつてのジョージアへの侵攻や1990年以降実効支配を後押しするモルドヴァの沿ドニエストル共和国(ロシア系住民が大多数を占め、1990年にモルドヴァからの独立を宣言し、1992年からはロシア軍が駐留してモルドヴァによる支配を排除しているモルドヴァのウクライナ国境沿いの地域)への関与をロシア政府が強めていることもその一環ではないかと考えます。

2年前にロシア・ウクライナ戦争が勃発してすぐに、モルドヴァ政府は、ウクライナ政府との合意の下、ウクライナとモルドヴァの国境を閉鎖しましたが、ロシアから無料でエネルギーの提供を受けつつ、余剰の石油や天然ガスを輸出したり、ウクライナ経由で多くの物品を輸入したりするビジネスが栄え、沿ドニエストル共和国の企業が共和国に多くの税を納めてくれていた構造は、独立行政と統治を可能にしていた状況が突如、無くなり、政府は重大な財政難に陥るという事態が生まれました。

ここで非難すべきは、よく見るとロシアのはずなのですが、非難の矛先は憎きモルドヴァ政府に向き「これはモルドヴァ政府による圧力だ」との認識を明らかにして、沿ドニエストル共和国議会はモスクワに保護を要請し、それをロシア外務省も重要かつ優先案件の一つとして積極的に介入する動きを鮮明にするという事態になっています。

今、ウクライナで戦争中のロシアとしては、モルドヴァに派兵して戦端を開くというのは非現実的だと考えますが、昨年末からEU加盟交渉を開始する親欧米のモルドヴァ政府に圧力をかけ、モルドヴァの国内情勢を不安定化させる狙いがあるのではないかと思われます。

これもまたロシアが描く“新しいソ連の再興”というイメージに沿った圧力だと考えます。

もちろん、単純にモルドヴァに圧力をかけ、ウクライナを支援する欧米諸国とその仲間たちの注意と支援をモルドヴァに向けさせ、ウクライナをさらに孤立させるという狙いもあるとは思いますが、私は「ロシアのあるべき姿」に沿った運動ではないかと見ています。

ちなみにウクライナ側はロシアとの戦争をどのように理解し、勇敢に立ち向かってるのでしょうか?

生存のための戦いであることは間違いないのですが、実は旧ソ連崩壊後、ずっと続けている“内なる戦い”の一環でもあると考えられます。

言い換えると今、ウクライナ国民は2つの戦争を同時に戦っていると見ることが出来ます。

欧米諸国が恐ろしいほど理解していない「ウクライナの戦い」の構図

1つは【2014年以降、ウクライナの領土の統一を阻むロシアの殺人マシーンを打ち負かすための戦い】です。

これは先ほど触れたような“なりふり構わず、残虐な手段を用いてでも目的を叶えようとするロシア政府、特にプーチン大統領とその取り巻きとの戦い”であり、やっと国として存在することになったウクライナとその国民を守り、そして後方で耐え忍ぶ家族を守るために戦い続けるという【対ロシア戦争】です。

こちらについては、予想された以上に持ちこたえ、すでに2年が経過していますが、ロシアによるクリミア併合から数えると10年にわたって、ウクライナはonとoffでロシアという巨大な隣国と戦い続けていることになります。

この成功のためには、ウクライナの存在を支援する国々や地域からの膨大な軍事支援によって、ロシアとの兵力・戦力差を埋め、可能な限り対ロシアでevenな状況を作り出してあげる必要があります。

それが今、決定的に足りず、著しく遅れています。良くも悪くも欧米諸国とその仲間たちは、ここぞというときに非常に慎重になっており、ウクライナがロシア軍を押し返す波に乗った時でさえ、振り返っても誰もいないという悲しい状況が続いています。

では2つめの戦争とは何なのでしょうか?それは【旧ソ連が残した負の遺産との激しい戦い】です。

腐敗の蔓延。独裁的な統治構造。国家支配を狙う一部の権力者に有利な不平等な状況。思想と言論、そして開かれた社会に対する弾圧。

これらと決別するための戦いが、実はウクライナ建国以降、ずっと続けられています。

それを阻んできたのがプーチン大統領とその取り巻きであり、ウクライナ国内政治に介入して親ロシア政権を作り、モスクワの影響力をキーウに及ぼす仕組みを堅固にしてきました。

ウクライナが民主化を図り、親欧米路線を取ろうとしたオレンジ革命を潰し、クリミア併合以降、ゼレンスキー大統領の下、進められる親欧米路線を潰しにかかっていますが、ロシアに攻撃されているにもかかわらず、ゼレンスキー大統領の方針を覆そうとするロシアン・エージェントがまだウクライナの権力構造に巣をつくって影響力を及ぼそうとし、国内を著しく混乱させ、団結をかき乱しているのが、2つ目の戦争です。

今、ウクライナ国民はこの2つの戦争を同時に戦っているのが現状ですので、この戦争を終結に向けて進めるには、これら2つの戦いを一体にして対応する必要があります。

この構図を見つけるまでに2年以上かかってしまいましたが、この構図を欧米諸国とその仲間たちは恐ろしいほど理解できていないように感じます。

その理解不足が軍事支援面でも、経済的な支援の面でも裏目に出るという失態に繋がっています。

まず軍事支援面ですが、その証拠にウクライナがロシアからの脅威に立ち向かうための軍事支援が不十分で中途半端であるだけではなく、その供与に非常に時間が掛かってしまうため、ここぞというチャンスを活かしきれず、それをロシアに付け込まれるという悪循環が続いています。

特に戦争初期に対ロ制空権を掌握しておく必要がありましたが、それに必要とされる戦闘機の供与(F16など)も躊躇し、ロシアのミサイル拠点を攻撃できる弾道ミサイルの供与も怠ったため、結果として、キーウをはじめとするウクライナの主要都市と物資の供給網、そして重要な戦力的インフラ(電力など)がロシアによるミサイル攻撃の餌食になりました。

ウクライナは必死にそれらを復旧して耐えるという行動を繰り返すことになりますが、もし制空権を初期に掌握することが出来ていたら、随分戦況は違ったでしょうし、今頃、戦争はウクライナ有利に終わっていた可能性があります。

ウクライナ軍が前線で直面している「異常な状態」

そして、昨年6月にウクライナが対ロシア反転攻勢に出る際にも、ウクライナの戦いを後押しするための武器弾薬を供与し続けるための増産にすぐに踏み切ることはせず、最近になってEUが500億ドル規模の支援に合意しますが、その支援を通じて武器弾薬が増産されるのは早くとも今年末から来年春先になると言われていますし、NATOが合意した支援も、武器生産支援が本格稼働するのは2027年と言われているため、遅きに失したと言わざるを得ないでしょう。

ウクライナ軍の前線から入ってきている窮状は、深刻な砲弾と弾薬不足であり、追加動員も大幅に遅れていて、極度に疲弊した兵士たちが武器弾薬も足りない中、ロシア軍と対峙し続けるという異常な状態です。

反転攻勢当初、ロシア軍に大きな被害を与えたアメリカ製のM777りゅう弾砲も急速にout of stockに陥り、今では使えない状況になっていますが、そのような状況をロシア軍に突かれ、攻撃の格好の的になってしまっているようです。そして何よりも反転攻勢のピーク時には一人の兵士が平均週に400発以上の攻撃をしていたのが、今では週に15発がいいところとなっていると言われています。

「戦わなければ家族が危ないし、ウクライナという母国が消滅する」という思いからひたすら戦っているのが現状ですが、このような窮状を作り出したのは、中途半端な支援に終始している欧米諸国とNATOの落ち度ではないかと思います。

そして最近、呆れてしまったのが遅すぎる政治的なバックアップです。2月20日だったかと思いますが、NATOのストルテンベルグ事務総長が「国際法はウクライナが侵略戦争から自国を守るために、その侵略国内の軍事施設を攻撃することを認めている」という認識を示しましたが、これ、なぜ2年前に早々に認めて、欧米諸国とその仲間たちが対ロで断固とした態度・対応を取る基礎にしなかったのか、全く理解できません。

2年前と国際法は変わっていませんし、もしウクライナが“自衛のために”ロシアの軍事施設を攻撃することを認め、欧米諸国とその仲間たちがその努力を支えていたら…。

また別の“たられば”が出てきます。

ただ「ロシアを過度に刺激したくない・するべきでない」というロジックの下、ウクライナに対する支援は慎重かつ限定的であり、とても兵力差で圧倒するロシアの切っ先を制するほどの覚悟はなかったと言えますが、別の言い方をすると「見事にプーチン大統領のロジックに乗せられた」とも言えるかもしれません。

その背後にあるのが、時折出てくるプーチン大統領による“核使用の威嚇”です。

「NATOがウクライナに入るようなことがあれば…」「ウクライナがロシアに攻撃を加えるようなことがあれば、それはNATOによるロシアへの宣戦布告と見なし…」と必ず「…」には「ロシアは核兵器の使用を躊躇うことはない」という脅しです。

その核兵器の脅威の効果が、欧米諸国とその仲間たちを慎重にさせたのだと考えます。

最近はロシアの優勢が至る所で伝えられ、またロシア大統領選挙も近いため、プーチン大統領の口が軽い気がしますが、2月29日の所信表明でも、核のお話は頻出します。

「西側によるウクライナへの介入の強化は、核兵器による紛争を引き起こす可能性を生む」という、先日のマクロン大統領の発言に釘を刺すような内容に触れ、加えて「戦術核はもちろん、(NATO加盟国を直接攻撃できる)戦略核兵器も完全に準備が済んでおり、いつでも発射できる状態にある」と発言し、欧米諸国とその仲間たちにさらなる核兵器の牽制を行っています。

このような核兵器使用の威嚇により、欧米諸国とその仲間たちは、ウクライナ情勢のみならず、東欧情勢にとって手遅れになりかねない局面で、対ロで非常に慎重になりすぎてしまった感があります。

ウクライナの人々を悲劇に陥れた不十分で中途半端な支援

では“非常に厳格な”はずの対ロ経済制裁はどうだったでしょうか?

正直、厳格とは程遠いと言わざるを得ず、多くの欠陥が存在し、多くの抜け道・抜け穴が存在しただけでなく、強制力が乏しいため、欧米諸国とその仲間たちの国内企業は制裁を回避して利益を得るビジネスを拡大して莫大な富を得ましたし、その代金がロシアに還流するという仕組みの一部を構成してしまうという状況でした。

EUについては、2022年から23年にウクライナに対して行った経済・軍事支援の総額の2倍が、ロシアからの原油・天然ガスに対する支払いとしてロシアに流れ、結果としてロシア経済が潤うことになるという悪循環の中心的な役割を担うという皮肉な状況の主役になってしまいました。

もちろん、EUのみならず、ロシアと経済的な戦略パートナーシップを有する中国や、イラン、OPECプラスの国々、そして実利主義のグローバルサウスの国々もロシアとの取引を続けたため、ロシア経済が困窮する仕組みは成立しませんでした。

その証拠にモスクワやサンクトペテルブルクは日常通りの生活が成り立ち、経済的な困窮も感じないというbusiness as usualが成り立つため、それがプーチン大統領の支持率にも直結するという状況を生み出しています。

そして欧米諸国とその仲間たちは、ロシア中央銀行が保有する外貨準備約3,000億ドル(日本円では約45兆円)を即座に凍結したものの、それをウクライナの戦後復興のために使うという強制措置の発動をまだためらっているのも、対ロ経済制裁が全く機能しない一因になっています。

ロシアへの遠慮なのか、戦争に負けてもロシアがなくなることがないと考えて、報復を恐れているのかは分かりませんが、私が理解できないのは、「なぜ2年前に凍結した後、ロシアに明確なメッセージを送り、欧米諸国とその仲間たちの覚悟の強さを示すためにロシアの外貨準備を接収にしなかったのか」ということでしょうか。

遅すぎて不十分で中途半端な支援は、ウクライナの努力の成果を削ぎ、2年以上にわたってウクライナの人々を離れ離れにさせるのみならず、徹底的な悲劇に陥れてしまっています。そして今、支援疲れや各国の国内政治事情により、ウクライナの悲劇は人々の関心からなくなり、ウクライナは非常に孤独でかつ出口の見えない戦いに追いやられています。

――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2024年3月8日号より一部抜粋。続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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