3月5日から11日にかけて北京で開かれた全国人民代表大会(全人代)。中国の国会にあたる全人代では同国の今後を知る上で重要な報告が多数なされましたが、日本メディアはこれまで同様、習近平政権を批判的に扱うことが可能な題材だけの「つまみ食い報道」に終始しました。そんなメディアを批判的に見るのは、多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さん。富坂さんはメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』で今回、中国が何を成し遂げようとしているのかという視点を葬り去るような報道が、日本人に及ぼし続けている弊害を解説しています。

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※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです

中国全人代のテーマは景気対策と国防、台湾問題だけではないという当たり前のことが伝わらない現実

どの国にも共通する課題だが、メディアの報道はすべてをカバーできるわけではない。

例えば日本の国会でも与野党論戦の的となる華々しいテーマの裏で、地味な法案がいくつも通っていて注目されない。そんな問題が日常的に起きている。

日本の国会に比べ極端に会期が短い中国の全国人民代表大会(全人代)も例外ではない。

全人代では冒頭、首相による政府活動報告(以下、報告)が行われる。報告は経済問題が中心になるが、実際はかなり網羅的だ。

日本では、その報告のなかから「日本人が興味を持てそうなテーマ」で、かつ「(習近平政権を)批判的に書ける」題材をピックアップし、短くまとめた記事が目立つ。ここ数年はGDP成長率の目標値にケチをつけ、国防費の伸びを「軍拡」と批判し、台湾問題で「中国の危うさ」を強調するというパターンが繰り返されてきた。

報道が不正確とは思わないが、報告の全文を読み、比べれてみれば「つまみ食い」感は否めない。中国が対外的にアピールしたい内容とのズレも深刻だ。

もちろん日本のメディアが習近平政権の意図を汲む必要などないし、独自の視点で中国を報じることに問題があるわけではない。しかし、中国が何を目指し、何を成し遂げようとしているのか、という視点まで葬り去ってしまっては、その弊害は小さくない。

例えば、前回の原稿でも触れた「新たな質の高い生産力」である。その前の党大会で打ち出された「中国現代化」と同じく、おそらく日本の読者の頭には、何の情報も残っていないのではないだろうか。

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習近平政権がわざわざ「これこれこういう問題に取り組み、社会をこう変えてゆく」と宣言している事柄をメディアが正面からとらえなければ、中国の未来を予測する上で支障をきたすことは間違いない。

実際、日本はこれまで中国の変化を大きく見誤ってきた。

凄まじい勢いで国民に普及したスマートフォンを背景に急速に進んだ社会のキャッシュレス化。爆発的な勢いを見せたライブコマースとそれにともなう流通網の整備。世界的規模にまで成長した家電メーカーや電気自動車産業の台頭。水質汚染、大気汚染に悩んでいた姿から短期間のうちに脱却し、環境を整備すると同時に太陽光・風力発電でリーディングカンパニーを数多く輩出する国へと変貌したことなど、数えれば枚挙に暇がない。

言うまでもなくこれらの変化にはすべて予兆があり、萌芽もあった。それなのに、たいていのケースで日本はそれらを見落とし、目の前に疑いようのない現実を突きつけられてはじめて驚くということを繰り返してきた。

前例に倣えば、今度の全人代が打ち出した「新たな質の高い生産力」も新たな変化の予兆に違いない。

習近平政権は欧米社会に評価されるために政治をしているわけではない。人口の最大ボリュームゾーンを占める農民や労働者のために政策を練ってきたことは報告の全文を読めばよく分かる。

その一つが「脱貧困」への取り組みだ。

中国共産党が結党100周年という大きな節目を祝うために全力で取り組んできたのが「脱貧困(小康社会実現のための)」だ。コロナ禍の2021年、それを達成したことが習指導部の大いなる誇りだった。

そして今回の報告でも「脱貧困の継続」が叫ばれ、脱貧困が瞬間風速に終わってはならないという戒めが記されている。

これは「先に富む」ことにブレーキをかけ「共同富裕」へとシフトさせた変化にも通じる。そして今回、西側社会やマーケットが注目する「目先の景気対策」より、貧困の逆流防止や徹底した就職支援、可処分所得の重視や養老金(年金)増額などに力を入れたことは、彼ら姿勢が一貫していることの表れだ。

習指導部のこうしたかじ取りの成否が明らかになるのは、まだ少し先の話だ。しかも、それは痛みに耐える時間だと言われている。

「新たな質の高い生産力」が意味するのは従来型発展モデルからの脱却だ。北京大学国家発展研究院中国経済研究センター主任の姚洋教授はこれを「粗放で外向き拡張型の成長モデルから、内側の発展を中心とし、イノベーションを動力とする発展モデル」への転換だと解説する。そして変化には「債務への過度な依存や金融、不動産の膨張といった構造的な問題の調整」に付随して「痛みがともなう」と警告する。

中国がもし確信犯的に不動産市況の低迷に耐えているのだとしたら、少し恐ろしいことなのではないだろうか。

(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2024年3月17日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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