日本映画が注目を集めるアカデミー賞

 宮崎駿監督の長編アニメ『君たちはどう生きるか』は、2023年7月に公開され、現在もロングラン上映が続き、興収89.5億円のヒット作となっています。2024年1月で83歳になった宮崎監督ですが、『君たちはどう生きるか』は米国の「第96回アカデミー賞」長編アニメ部門にノミネートされており、まだまだ平穏な日々を過ごすことはできないようです。

 日本時間の2024年3月11日(月)には、ロサンゼルスにてアカデミー賞授賞式が開催され、各部門の受賞者が発表されます。山崎貴監督の『ゴジラ-1.0』は視覚効果賞、役所広司さんが主演した『パーフェクト・デイズ』は国際映画賞にノミネートされており、例年以上に日本からの注目度が高いアカデミー賞授賞式となっています。

 もし宮崎監督が受賞すれば、『千と千尋の神隠し』(2001年)以来となる2度目の受賞になります。2014年にはアカデミー賞名誉賞にも選ばれており、3つめのオスカー像を手にすることになります。

 日本では難解な印象が持たれた『君たちはどう生きるか』ですが、海外では高く評価されています。改めて、宮崎駿作品の魅力をひも解いてみたいと思います。

生と死の境界があいまいな宮崎アニメ

 宮崎監督は前作『風立ちぬ』(2013年)の完成後に引退会見を開いていますが、その引退宣言を撤回して制作したのが『君たちはどう生きるか』です。物語は太平洋戦争中の空襲から始まります。主人公の眞人少年は空襲で亡くなった母のことが忘れられず、母の実家にある不思議な塔を探検することに。宮崎監督の実体験を交えた異世界ファンタジーとなっています。

 宮崎監督の父親は再婚歴があり、戦時中は軍需工場を営んでいたこと、母親は病気だったために、宮崎監督は寂しい少年時代を過ごしたことが知られています。

 NHK総合で2023年12月に放送されたドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀/ジブリと宮崎駿の2399日』では、眞人を異世界へ誘うアオサギは「スタジオジブリ」の鈴木敏夫プロデューサー、異世界に迷い込んだ眞人をサポートするキリコは2016年に亡くなった色彩設計者の保田道世さんがモデルだと明かしていました。

 すでに亡くなった人、今も宮崎監督を支えている人、現実世界での生死に関係なく、宮崎監督の人生に強い影響を与えてきた人たちがアニメキャラとなって、宮崎監督が描くアニメーションの世界で活躍していたわけです。

 奇妙な違和感を感じてしまうのは、生と死の境界があいまいなためでしょう。

『君たちはどう生きるか』の大伯父には、宮崎駿監督にとっての「大恩人」が投影されている? (C)2023 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

大伯父の正体は、宮崎駿監督にとっての大恩人

 ミステリアスさに包まれた『君たちはどう生きるか』のなかでも、ひときわ神秘的なのが塔の設計者である大伯父です。異世界探検の最後に現れた大伯父が投げ掛ける問いに、眞人は答えなくてはいけません。眞人にとって、正念場となるクライマックスです。

 大伯父の正体は、いろんな推測が飛び交いましたが、『ジブリと宮崎駿の2399日』では大伯父=高畑勲監督だと解いています。寂しい少年期を送り、内向的な性格になった宮崎監督でしたが、東映動画(現在の東映アニメーション)に入社し、5歳年上の高畑監督と出会い、宮崎監督は大きく変わったと言われています。

 高畑監督の初監督作『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)以降、宮崎監督は高畑監督に褒めてもらいたい一心で、『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』(フジテレビ系)などの高畑作品を懸命にサポートし続けました。

 宮崎監督の監督デビュー作となった『未来少年コナン』(NHK総合)では、スランプ状態に陥っていた宮崎監督の窮地を、高畑監督は絵コンテを描くことで救ったそうです。2024年3月11日で劇場公開40周年を迎える宮崎監督の初のオリジナル劇場アニメ『風の谷のナウシカ』(1984年)では、宮崎監督たっての希望で、慣れないプロデューサー業を高畑監督は引き受けています。

 宮崎監督がアニメーション作家として自立する上で、「知の巨人」であり「妥協なき理想家」の高畑監督は欠かせないメンター的存在だったのです。高畑監督は2018年に亡くなっていますが、宮崎監督は『君たちはどう生きるか』の制作中、ずっとその存在を身近に感じていたそうです。

 大恩人である高畑監督の魂をあの世へと弔うために、宮崎監督は『君たちはどう生きるか』を完成させたと言うことができそうです。

公開40周年を迎えた『ナウシカ』をめぐる謎掛け

 宮崎監督は『ジブリと宮崎駿の2399日』のなかで、アニメーション制作は「タタリ神」みたいなものだとも語っています。アニメーションづくりの面白さを知ってしまった宮崎監督は、死ぬまでその呪いから逃れることができないようです。

 80歳代と思えないほど精力的に仕事に取り組んできた宮崎監督ですが、『ジブリと宮崎駿の2399日』のラストシーンはとても意味深でした。ようやく『君たちはどう生きるか』を完成させた宮崎監督が、『風の谷のナウシカ』の主人公・ナウシカがオーマ(巨神兵)と一緒にいる水彩画を描いている、という終わり方でした。

 もしかすると、次回作として劇場アニメ『風の谷のナウシカ』の完結編が企画されているのでしょうか。それは19歳年下の庵野秀明監督に委ねるのか、それとも宮崎監督自身が現場に立ち続けるのか。非常に気になるところです。

 宮崎駿監督がアニメーションづくりの呪いから逃れられないように、宮崎アニメを観て育った私たちも、宮崎マジックから離れることができないのかもしれません。