ソフトメーカー参入の道筋を、パワフルな手腕で開いた任天堂

 2017年3月3日に登場した「Nintendo Switch」(以下、スイッチ)は、発売以来多くのユーザーに支えられ、7周年を迎えたいまもゲーム市場の最前線で活躍を続けています。

 累計販売台数は1億3000万台を優に超えており、その成功と躍進は誰もが認めるところでしょう。ですが、発売される以前は否定的な視線を送る人も多く、一部からは成功が危ぶまれていました。

 果たしてスイッチは、どのような視点で不安視され、またそれを乗り越えてきたのか。当時の事情や功績を振り返り、現在の成功を読み解きます。

●自社ゲームの強さでスイッチを成功させ、「普及」という強みを提供
 任天堂が開発・販売したゲーム機は、ファミリーコンピュータやスーパーファミコン、ゲームボーイにWiiなど大ヒットを記録したものもあれば、売り上げの面では伸び悩んだものもあります。

 しかし、ヒットしたゲーム機、言い換えればユーザー数が多いゲーム機であっても、「売れるのは任天堂のタイトルだけ」と言われることが少なからずありました。もちろんソフトメーカー産で売れたゲームもあるので、この指摘がそのまま正しいわけではないものの、任天堂ゲーム機の売り上げランキングを見た場合、同社のタイトルが上位を占める場合が多々あります。

 当時スイッチに懐疑的な層は、こうした風潮を指摘し、「任天堂のゲームしか売れないゲーム機に、ソフトメーカーは乗り気になれない。しかし任天堂一社だけでゲーム機のラインナップは支えられないので、スイッチは伸び悩む」と予想しました。

 この意見がどこまで正鵠(せいこく)を射ていたのかはともかく、スイッチが発売された2017年は、他のゲーム機向けに出したタイトルの移植作や、小規模な作品のリリースに留まるソフトメーカーが目立っていました。

 この点だけ見ると、事前の否定的な意見が正しかったように見えます。ですが、その逆風を吹き飛ばしたのは、他ならぬ任天堂自身でした。

 まずローンチタイトルとしてリリースした『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』を皮切りに、同年だけでも『マリオカート8 デラックス』、『スプラトゥーン2』、『スーパーマリオ オデッセイ』、『ゼノブレイド2』と、1年足らずで強力なラインナップを並べます。

 翌年の2018年も、『星のカービィ スターアライズ』、『ドンキーコング トロピカルフリーズ』、『スーパー マリオパーティ』、そして『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』と、パワフルな作品が続き、スイッチ本体の販売台数が順調に伸びていきました。

 ユーザー数が増えれば、ソフトメーカーも関心を高めざるを得ません。マルチプラットフォームの対象にスイッチが加わることが多くなり、スイッチ専売や先行発売されるゲームも増えていきました。

 2024年3月期 第2四半期 決算説明会の資料(2023年11月公開)によれば、2018年3月期のゲームソフト販売数は6351万本で、このうちの2/3を任天堂が占めていました。ですが、2021年・2022年・2023年の各3月期では、販売本数に若干の上下こそあれ、その比率はほぼ1:1になっており、ソフトメーカーのタイトルも十分存在感を示しているのが分かります。

 自社のタイトルを力強く出してユーザー数を効果的に増加させ、ソフトメーカーが参入しやすい環境を作り上げた任天堂。「任天堂のゲームしか売れない」という否定的な見方を、ゲームを出し続けることでひっくり返したその底力は、感服するほかありません。

発売前は、スイッチの携帯性に疑問の声も上がっていた

スイッチの特徴的な機能を「不要」と断じた声も

●スイッチの「携帯性」が、新しいライフスタイルと合致
 発売前のスイッチに向けられた否定的な視線は、このほかにもいくつかありました。そのひとつは、スイッチの特徴である「携帯性」への疑問視でした。

 任天堂の携帯ゲーム機といえば、ゲームボーイからニンテンドー3DSまで、幅広く支持されてきました。ですが、その活躍を脅かしたと言われているのが、スマホの台頭です。

 スマホは携帯ゲーム機よりも持ち運びやすく、タッチパネルで操作も簡単、基本無料で遊べるゲームも多く、メールに通話など多彩な機能も備えています。その利便性の高さから普及が一気に進み、「移動中に使うのはスマホ」「携帯ゲーム機はその座を追われた」「スイッチの携帯性は不必要。需要に合っていない」と考える人が少なからずいました。

 確かに携帯ゲーム機自体は、3DSも含めて直系の後継機はなく、他社も含めて途絶えている状態にあります。この状況を踏まえれば、携帯性があってもスマホには勝てず、無駄な機能にしかならないと考えるのも、無理のない話かもしれません。

 ですがスイッチの携帯性は、ユーザーの需要に見事ハマりました。それは、スマホの普及によって変化した新たなライフスタイルに合致したためです。スマホが持つ利便性のひとつは、場所を選ばずアクセスできること。出先はもちろんリビングから自室まで、「いつでも・どこでも」使える便利さに慣れたユーザーは、そのライフスタイルを好み、馴染んでいきました。

 TVにつなぐ従来の据え置き型ゲーム機は、新たなライフスタイルと相反しており、遊ぶにはTVがある場所に自分が行かなければなりません。またスマホの普及で、家や自室にTVそのものがないケースも増えました。いずれにせよ、ゲーム機にとっては逆境の展開です。

 しかしスイッチは、「いつでも・どこでも」が可能なゲーム機でした。一台で完結しているのでTVも必須ではなく、スマホと同じようにベッドで寝転がりながら楽しめます。

 スイッチの携帯性はスマホと争うものではなく、スマホによって変化したライフスタイルのなかでも生きていける、時代にマッチした機能という成果を遂げました。いまとなっては誰も、「スイッチに携帯性は不要」とは言えないでしょう。

 もちろんこのほかにも、子供同士が持ち寄って遊ぶコミュニケーションツールとしての役割を果たすなど、携帯性の恩恵は多々存在します。こうした社会のニーズを見抜いていたとすれば、任天堂の先見性に脱帽するばかりです。

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 今回は、発売前にささやかれた否定的な意見のなかでも、特に大きなふたつの点に絞り、その逆風を跳ねのけた理由の一端に迫りました。

 このほかにも、スイッチが逆風に打ち勝った要素はいくつもあります。例えば、「低価格路線で性能を下げたのは間違い」という意見もありましたが、この価格帯だからこそ普及が進み、「一家で一台」ではなく「ひとり一台」が視野に入るほどの広がりにつながりました。

 どれほど性能が優れていても、また魅力的な点が多くても、新しいゲーム機が普及するかどうかはフタを開けてみるまで分かりません。状況がひとつ変われば、全く違う結果になる可能性もあります。

 ですが、スイッチがさまざまな不安を乗り越えて打ち勝ったのは、紛れもない事実です。スイッチと同じような成功を、任天堂は今後も続けていけるのか。まずは2024年の展開に注目しましょう。