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【うつ病は心の弱い人がなる?】
うつ病は、脳内の神経間の情報伝達がうまくいかなくなって不調が現れる病気。「心が弱いから」は誤解です。

うつ病は遺伝する病気か?
いまも残るうつ病に対する誤解に、「うつ病は心の弱い人がなる病気」というものがあります。気分が落ち込んで眠れなくなったり、食欲が落ちたり、あるいは生きていても仕方がないと思ったとしても、こういった誤解のせいで、うつ病になることは恥ずかしいことだと思い、医者、特に精神科の医者に相談に行かない人が多いのです。
現在の皇后陛下がかつて診断されたこともあってよく耳にするようになった適応障害や、「SADを治療した」というインパクトある新聞広告の効果もあり、広く知られるようになった社交不安障害(※1)(SAD)などは、誰もがかかる可能性のある身近な心の病の一つと考えられるようになりました。これらの患者さんは気軽に精神科や心療内科を訪れるようになっています。それらと比べると、やはりうつ病への偏見はまだ大きいように思えてなりません。これは、「精神科の治療を受ける人は、心が特別に弱い人だ」といった精神科という診療科への偏見がまだまだ残っていることも大きな要因と思われます。これまでも書いてきたように、特に高齢者のうつ病は、セロトニンという神経伝達物質の不足が大きく関与しています。かなり生物学的な要因が強い病気で、けっして「心が弱い」からなる病気ではあ
りません。

※1 人前で話すなどの状況で強い不安や恐怖、緊張を感じてしまい、日常生活や社会生活に支障が出る病気。

自殺は遺伝する? 躁うつ病との違い
生物学的な要因が大きいと書くと、今度は遺伝性の病気ではないかと考える人も出てくるかもしれません。確かにうつ病は親子や兄弟などに受け継がれる確率の高い病気で、アメリカ精神医学会によると40%とされ、うつ病の第一度近親者(※2)の有病率は、一般人口の4倍といわれています。また、親が自殺で亡くなった場合、子どもも自殺で亡くなることが多いことは昔から知られています。
一卵性双生児は、二卵性双生児に比べて27倍も自殺の一致率が高いという報告もあります。しかしながら、一卵性双生児の片方が自殺した場合も、もう一方の5人に4人は自殺していません。こういうことが遺伝によるものなのか、うつ病になりやすいものの考え方が、親から引き継がれるからなのかは分かっていません。
確かに親が完全主義者で、厳しい子育てをすると子どもも完全主義者になることが多いでしょうし、自分が親の希望通りになれないと、自分のことをダメな人間と思いがちなのも確かです。うつ病に関しては本当に遺伝するのかは、いまでも議論が分かれています。
それに比べて、生物学的要因が強く、遺伝要因が強いと確実視されているのが、いわゆる躁うつ病です。精神医学の世界では、躁うつ病は現在では、双極性障害と呼ばれるのですが、2013年にアメリカ精神医学会が新しい診断基準を発表した際に、うつ病と別の病気に分類されました。生物学的要因や遺伝性が強い上、薬の効き方も違うので、別の病気と考えられるようになったのです。
双極性障害には、激しい躁状態を呈して、けんかをしたり、ものすごい浪費をしたり、誰彼かまわず異性に声をかけたりするような、いわゆる躁病になる双極Ⅰ型障害と、うつ状態の後、ちょっと気分が良くなるとか、気持ちが爽快になる双極Ⅱ型障害があります。うつ病が自然に治って元気になったという場合、この双極Ⅱ型障害でうつ状態から軽い躁状態になった可能性が高いのです。
双極性障害のうつ状態でない、本物のうつ病の場合は、自然治癒は珍しいことと、遺伝性がそれほど高くないということも知っておいていただきたいと思います。
やはり、うつ病はきちんと診断と治療を受けることが賢明だと私は信じています。
※2 自分の遺伝子の2分の1を持っている血縁者で、両親と子ども、兄弟姉妹のこと。



うつ病になりやすい性格とは?
ということで、うつ病は遺伝しやすいのではなく、「うつ病の親に育てられたから、うつ病になりやすい性格が引き継がれるのではないか」という考え方をする医師は、私も含めて、少なくありません。
1960年代初頭、ドイツのハイデルベルク大学教授であるフーベルトゥス・テレンバッハという精神科医が、独自のうつ病論を展開し、その中で、病前性格(うつ病になりやすい性格)として「メランコリー親和型性格」というタイプの性格を問題視しました。「几帳面」「秩序愛」「他者配慮性」の3つの傾向を併せ持つ性格で、日本人とドイツ人に多いタイプということで、一気に日本の精神医学の世界にこの考えが広がりました。
しかし、テレンバッハの本の中に出てくるうつ病患者は、その几帳面さが極端すぎて周囲にうっとうしがられるレベル。しかも、几帳面以外にこれといった長所がなく、融通がきかないような人で、日本で広まった解釈は日本人に受けるように曲解したものだという批判があります。また、そういう性格の人が、目の前の仕事などで自分のリズムが狂い、物事の優先順位がつけられなくなることでうつ病を発症するとして、単なる性格の問題ではないという考え方もあります。さらに、これまでも話してきたように、うつ病は脳の神経伝達物質であるセロトニンが不足すると脳内の情報伝達が悪くなり、さまざまな症状が生じる病気なので、このタイプの性格だからといった考え方は誤解を招くという人もいます。
私がみるところ、やはり同じくらいセロトニンが減った場合、こういう性格の人のほうがうつ病になりやすいのは、間違いないと思います。
【メランコリー親和型性格とは】
「他人に気を遣い過ぎる」「几帳面でルールにしばられる」「秩序を重んじる」といった傾向を併せ持つ性格。
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「几帳面」さゆえルールにしばられる
ただ、性格の程度問題はあるでしょう。確かにずぼらな人のほうが几帳面な人より、細かいことを気にしないのでストレスを感じにくいでしょう。しかし、几帳面さそのものがいけないということではなく、几帳面さゆえ、自分のルールにしばられたり、そうでないと気がすまないという性格が、うつ病を呼ぶと私は考えています。
例えば、「仕事が終わっていないのに家に帰ると、そうした自分が許せない」とか、「部屋に一つでもホコリが見つかると、拭かずにはいられない」というような状態です。こういう人は、体調が悪くなったり、配置転換で仕事がなかなか覚えられないなどという状況の際に、体調が悪いのだから仕方がないとか、仕事に慣れてくれば何とかなるだろうとは考えられず、自分を責め、落ち込んでしまうのです。高齢者の場合、いろいろな能力が落ちてくるので、以前は几帳面にできていたことができなくなることが増えてきます。そういう自分が許せないと、うつになってしまうのでしょう。

「秩序へのこだわり」が落ち込みを生むことも
秩序愛というのは、日本の場合、上下関係や役割分担などに現れると思います。時代が変わっているのに、年下の人からタメ口で話しかけられたり、成果主義で年下の人が上司になったりすると、イライラしたり、落ち込んだりしてしまうのです。あるいは最近では、男性は仕事、女性は家庭などという秩序にこだわっていると、性差別者として断罪され、落ち込むことになります。
高齢になると、それまで会社や社会で一目置かれていたような人が、ただのおじいさんやおばあさんになったりするので、やはりこれまでの秩序が崩れます。親は子どもの面倒を見るものだという秩序にこだわっていると、だんだん身体が衰えてきて、子どもに面倒を見てもらうことに罪悪感を覚えたりもします。


「気の遣い過ぎ」がうつ病の誘因に
他者配慮性というのは、自分ががまんしてまで、人の意向を優先させるということです。このように人に気を遣う人は、日本にはまだまだ多いでしょう。例えば、マスクとは、病気を人にうつさないためのもので、自分の感染予防のためのものではありません。だからコロナ禍以前は風邪をひいていたり、インフルエンザにかかっている人がするものでした。しかしコロナ禍以降、熱射病のリスクが高まるにもかかわらず、感染していなくてもマスクをつけるのは、人に不安を与えないためという、日本人の他者配慮性の表れだと思います。常日頃から他人に気を遣ってばかりいて、自分を押し殺していると、当然ストレスがたまります。うつ病になりやすいのも、もっともなことといえます。
日本の場合、高齢者のせいで税金が高いとか、統計的な根拠はないにもかかわらず高齢者が運転すると歩行者に危険だとか、何かにつけて、高齢者が増えることで、一般の人が迷惑するかのような言説が多いので、他者配慮性が強い高齢の人にとっては、自分が迷惑な存在だと思いがちです。実際、一人暮らしの高齢者より、家族と同居する高齢者のほうが、自殺が多いことが知られています。一人の寂しさ以上に、家族に迷惑をかけていると思い込む罪悪感のほうが、うつ病を誘発し、自殺のリスクを高めるのでしょう。
さて、この几帳面、秩序愛、他者配慮性という性格の人が親になると、子どもにも几帳面さを求めたり、目上の人を敬うという秩序を大事にするようにとか、わがままはいけないというような形でしつけをする可能性がとても高くなります。メランコリー親和型性格というのは、そういう理由で、親から子に引き継がれやすいものです。これがうつ病を遺伝させる大きな要因だと私は信じています。


セロトニンを増やす生活がうつの予防に
そうはいっても、高齢者がうつ病になりやすいのは、若い頃と比べて、セロトニンという神経伝達物質が減っていることが大きな要因なのは間違いありません。加齢により減っているセロトニンをさらに減らす生活を送ることで、うつになりやすくなることも確かでしょう。
例えば、会社に勤めていた人の場合は、定年退職後、家に引きこもりがちになると、勤めをしていたときよりも日光に当たる時間が減ります。コロナ禍では、感染予防のために買い物を週1回にするなどして、外に出なくなった人は少なくないでしょう。これも日光に当たる時間を減らすことになります。
セロトニンを分泌するセロトニン神経は、網膜が日光の光を感じることで活性化するとされています。日光を浴びる時間が十分でないと、セロトニン不足が起こりやすくなるのです。実際、北欧の緯度の高い地域では、昼間の時間が短くなったり、一日中日光が出なくなったりすると、冬季うつ病というものがかなりの頻度で発症します。その治療に高照度光療法といって、30分から1時間くらい、強い光を当てるものがあります。それがこの冬季うつ病にかなり有効なのです。
そういう意味で、家に閉じこもりがちの人はうつ病になりやすいといえるでしょう。仮に閉じこもりがちであれば、かなり部屋を明るくすることで予防になるはずです。
次に、栄養です。セロトニンの材料は、トリプトファンという必須アミノ酸です。必須アミノ酸というのは、自分の身体の中で作ることができないので、体外から十分摂らないと不足してしまいます。トリプトファンの材料になるのはたんぱく質ですが、肉、魚、豆、種子、ナッツ、豆乳や乳製品などは、トリプトファンの含有量の多い食品とされています。
こういう話をすると魚や豆のほうが健康に良いと思われがちですが、コレステロールが脳にセロトニンを運ぶ働きをするといわれており、肉を摂ったほうが効率がいいという考え方もあります。私もそう考えて、高齢者には肉をすすめています。日野原重明さん、瀬戸内寂聴さん、三浦雄一郎さんなど、歳を取っても元気な人は肉好きが多いことはよく知られた事実です。
最後は、適度な運動です。セロトニンを増やすには、一定のリズムのある運動がいいとされています。私がおすすめしているのは、散歩です。これは比較的歩くリズムが一定になりやすく、セロトニンの分泌を促す効果があります。その上、視覚刺激がセロトニンの分泌を高め、また脳の前頭葉の活性化につながるからです。
【セロトニンを増やす生活習慣】
うつ病の予防にはセロトニンを増やす工夫を。「日光を浴びる」「肉料理を食べる」「散歩」が有効です。
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老化をすすめるダイエットはうつの大敵
逆にうつになりやすいのは、家に閉じこもって運動をしない人、そして栄養が足りない人ということになります。
歳を取ってからのダイエットは、栄養不足のために肌ツヤを悪くしますし、老化を促進するばかりでなく、免疫機能を落とす上、うつにもなりやすくなるので、私は『やせてはいけない!』(内外出版社)という本を出すほどに反対しています。特にセロトニンは、ブドウ糖が十分なときに産生が高まるとされています。甘いものを食べると幸せな気分になるのは、おそらくそのためなのでしょう。
うつになりやすい生活習慣として、ダイエットを最後に挙げておきたいと思います。


うつ病になりやすい「心に悪い考え方」とは
現在の精神医学では、うつ病のなりやすさは性格というより、考え方の問題だという説が強まっています。確かに性格というのは治すのが難しいでしょうが、考え方なら変えることができるはずです。
いま、認知症のカウンセリング治療でもっともさかんに行われているのが、「認知療法」といわれる治療法です。
ものの見方を変えることで、うつ病の症状を良くしようというもので、例えば、会社をクビになって「もう二度と、まともな社会人には戻れない」「これから一生、正社員になれない」などと思っている人に、「そうかもしれないが、そうとも限らない」と考える思考をもてるようにするだけで、うつ状態が少しましになるという治療法です。
これについて詳しい説明は省きますが、この治療のいいところは、心に悪い思考パターンを改めることで、うつ病を治していくだけでなく、再発が予防できるという点です。あるいは、うつ病でない人でも、このようなうつ病になりやすい考え方を改めることで、うつ病を予防できるところです。
この認知療法を開発したペンシルバニア大学のアーロン・ベック教授と、その弟子に当たるアーサー・フリーマンという心理学者のグループは、うつ病になりやすい人の特徴として、「心に悪い考え方」を12個想定しています。これらは日本人にありがちな思考パターンでもあるので、このうちのいくつかが当てはまる人は、それを修正した方がいいでしょう。


「なんでも白黒つけたがる」のは危険
【二分割思考】
物事を「白か黒か」というように、互いに相反する極端な二通りの見方で判断し、「中間の灰色の部分」がない思考パターンです。
例えば、世の中の人はすべて「敵か味方」と考え、どちらでもない中間の人がいることが想定できないのです。この場合、味方だと思っていた人がちょっとでも自分の意見に反対すると、「味方でも、ときには反対することもある」とは考えることができず、「この人は敵になったのだ!」と考えてしまうので、落ち込みやすいのです。

「みんな〇〇〇だから」と、思いがちではないか?
【過度な一般化】
特定の出来事を、多くの出来事の中の一つとして見ることができず、「みんな」「いつも」などと、広く一般的な特徴であるとみなす思考パターンです。
1人の高齢者が交通事故を起こすと、高齢者全員が危ない運転をするかのように考えるのは、分かりやすい例です。1人の事故をきっかけに、全ての高齢者に免許返納を求めたり、特別に運転技能が落ちたわけでもなく安全運転をしているのにも関わらず、「高齢になったら免許返納をしなければならない」と思い込むようなケースです。
こういう人は、一度でもミスをすると、「自分はダメな人間になった」と思うわけですし、一回でも待ち合わせを忘れると、「自分はボケてしまったのだ」などと考えて、落ち込みやすいのです。

悪い面ばかりを抜き出していないか
【選択的抽出】
「ある特定」の側面に注意を注いで、その状況に関係のあるその他の側面を無視してしまう思考パターンです。
普段はすばらしい演技力だと評価されている俳優が、一度でも不倫がみつかると、演技力は変わらなくても、「ダメな人間だ」と決めつけてしまうようなパターンです。こういう考え方をする人は、少し親切にされただけで、相手のことを「いい人」と思いやすく、騙されやすいところがあります。
他人の欠点が許せなかったり、騙されやすかったり、ものごとを一面的にしか捉えられないので、落ち込みやすい思考パターンと言えるでしょう。


良い面を認められずに否定してしまう
【肯定的な側面の否定】
物事に対して否定的に見てしまい、それと相反するような肯定的な経験を「大したことではない」などと言い、否定するパターンです。
例えば、友人や同僚が自分の仕事ぶりをほめてくれているのにも関わらず、「みんなはお世辞でそう言っているだけだ」と、良い面を否定して考えます。
いいことがあっても気分が明るくなれないので、うつになりやすいし、うつ病になった場合、治りにくい思考パターンと言えます。

相手の気持ちを決め付けていないか
【読心】
相手の気持ちを決め付けて、勝手な解釈をするパターンです。
根拠はないけれど、周りが自分に好意的だと思う分にはそれほどメンタルには悪くないのですが、特に証拠があるわけでもないのに、「他人が自分を悪く思っている」と決めつけてしまうことが多くなります。
たまたま相手があいさつをしなかっただけで、「彼は、私のことをバカだと思っているに違いない」などと思い込み、それが事実だと信じて疑わないようなケースです。気づかなかっただけかもしれないのに、そうとは思えません。これでは落ち込むことだらけになってしまいます。

将来起こることを否定的に考える
【占い】
これは、将来起こるかもしれない出来事に対して否定的な予測をし、それがまるで確立された事実のように捉えてしまうパターンです。
「自分は将来リストラされる」とか、「夫は私を捨てるに違いない」などと根拠もなしに決めつけて、それが絶対の真実のように思ってしまうのです。
こういう思考パターンをもっている場合、ちょっと悪いことが起こるとそれを拡大解釈してしまいます。例えば、「会社は自分を嫌っている」とか、「友人はみんな私を裏切ろうとしている」といった考えがふと思いつくと、それを疑うことができなくなって、ひどく落ち込むことになるのです。

最悪の事態になると決めつけてしまう
【破局視】
将来、生じる可能性のある否定的な出来事について、事実関係を正しく判断して捉えるのではなく、耐えることができない破局のように、最も悪い事態を想定して「そうなるに違いない」と決めつけてしまうパターンです。
南海トラフ地震にしても、地球温暖化による大水害にしても、確かにいつか起こる可能性はありますが、少なくとも、いますぐに起こる可能性は低いであろうと思われます。しかし、ちょっと地震が続いたり、暑い日が続いたりすると、「もう地球は終わりに違いない」と、考えてしまうのです。
「そうなったら、なったとき」と考えられればいいのですが、そういうわけにはいかず、いつも不安なので、やはりうつになりやすいといえるでしょう。


良い出来事を素直に喜べない
【縮小視】
肯定的な特徴や経験が実際に起きたことだと分かっているのに、それを「取るに足らないもの」と、考えてしまうパターンです。
プロジェクトが成功したにも関わらず、「大したことは無い」とか「どうせ会社は評価しないだろう」と、良いことを過少評価して素直に喜べないようなケースです。こういう人は、成功を喜べないだけでなく、失敗に関しては拡大解釈する傾向があるので、なかなか気分が晴れず、いつも落ち込んでばかりいることになりかねません。

物事を判断するとき、感情に左右されてしまう
【情緒的理由付け】
感情的な反応が、実際の状況を現わしていると考える思考パターン。そのときの自分の気分や感情に基づいて、現実を判断してしまいます。
気分が良いときは、「いまやっている仕事は、成功するに違いない」と思い、落ち込んでいるときは、「この仕事は、どうせダメだろう」と悲観的に考えます。
気分が良いときは仕事のチェックが雑になり、落ち込んでいるときはビジネスチャンスを逃してしまいます。結局うまくいかないことが増えるため、うつになりやすくなるのです。

「かくあるべし」と自分を縛っていないか
【「〜すべき」という言い方("should" statements)】
いわゆる「かくあるべし」思考です。
「こうするべき」「あのようにするべき」といった考え方が動機や行動を支配するので、無理をすることになりがちです。
だんだん歳をとってきて、自分が「かくあるべし」と思っていることができなくなると、そのことに落ち込んでしまうのです。例えば、「他人に頼ってはいけないのだ」「何事も自分で解決すべし」と思い込んでいるあまり、高齢になって不自由がでてきても公的な福祉サービスを受けることができないようなパターンです。
「仕事を終えるまで帰ってはいけない」という思考パターンをもっていると、無理をしがちですし、それができなかったときにはストレスをため込んでしまいます。ましてや、万が一、仕事を他人に押し付けたりするとパワハラと言われる時代なので、本当に責められることになりかねません。

自分で自分を決めつけていないか
【レッテル貼り】
ある特定の出来事や行為がその場限りのものと思えず、「いつもそうなること」のように考え、自分自身に大雑把なレッテルを貼ってしまうパターンです。
例えば、たった一度フラれただけで、「自分はモテない最低の人間だ」と自分自身にレッテルを貼り、結婚することやパートナー作りをあきらめてしまうようなケースです。他人から一度、不快なことを言われただけで、「あの人は、本当に嫌な人だ」と決めつけることもあります。
こういうタイプの人は、嫌なことがあるたびに、同じようなことがずっと続くと思って、かなり落ち込むことになるので、うつになりやすいのです。

自分こそが最大の原因だと考えてしまう
【自己関連付け】
何か身の回りで出来事が起こったときに、他の数々の要因が関連しているにも関わらず、自分こそが特定の出来事の原因であると考えるパターンです。
このタイプの人は、うまくいったときには「全て自分のおかげ」と思って有頂天になるため、周りの人に嫌われやすいですし、失敗すれば、他にいろいろな要因があっても「全て自分のせいだ」と落ち込むことになります。やはり、うつになりやすい思考パターンと言えるでしょう。

以上、うつになりやすい思考パターンを列挙しました。
うつ病の認知療法では、会話の中で、このような思考パターンが見られたら、それを指摘することでうつになりやすい考え方を修正していきます。
この文を読みながら、自分も当てはまると思うことがあった人は、その考え方を変えていくことで、ずいぶんうつ病の危険性が減ります。

心に悪い考え方が「適応障害」を引き起こすことも
さて、先に双極性障害(いわゆる躁うつ病)は生物学的要因が強いといいましたが、確かに双極性障害では、このような思考パターンが目立たない人でも、突然、ハイになったり、うつになったりすることは珍しくありません。
一方、これまで挙げてきた思考パターンの人がなりやすい心の病に、「適応障害」というものがあります。現在の皇后陛下が、かつて、この診断を受けたことで一気に有名になった病気です。公務のときはひどく落ち込んで仕事ができないことも多々ありますが、家に帰ると元気になり、子育てをはじめ私的な活動ができるので、皇室という職場に適応が困難だとされ、この病名がつきました。最近では、女優の深田恭子さんがこの病名を告白して話題になりました。
この適応障害は、職場では元気がなく、うつ病の患者さんのように落ち込み、体調も悪いのですが、仕事を終えて家に帰ると元気になるので、「さぼり病」のように思われることが少なくありません。
一方で、自殺する人も多く、昼間、職場にいる間は本当にうつ病とそっくりなので、「新型うつ病」という人もいます。私は、職場に適応しようとして、自分を追い込むことでかかる病気で、無理に適応しなくても良いと思えれば、症状は軽くなると考えています。
この病気は、夕方になると元気になることが多いので、うつ病とは違ってセロトニン不足はあっても軽いでしょう。しかし、ものの見方や考え方はうつ病とそっくり、つまり前述の「心に悪い考え方」を持っている人が多いようです。
いずれにせよ、「心に悪い考え方」は、少しずつでも減らしていった方がいいと私は考えます。

【今回のまとめ】
・「心が弱いからうつ病になる」は大きな誤解。
・几帳面、秩序を重んじる、気を遣いがちな人はうつ病に注意。
・「日光を浴びる」「肉を食べる」「散歩」で、うつ病を予防。
構成/寳田真由美(オフィス・エム) イラスト/たつみなつこ
月刊誌『毎日が発見』2023年9月号に掲載の情報です。



<教えてくれた人>

和田秀樹(わだ・ひでき)先生

東京大学医学部卒業。精神科医。ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わる。近著『80歳の壁』(幻冬舎新書)は59万部を超えるベストセラー。他、著書多数。