連続トラブルと信頼失墜

 このところ立て続けに、ボーイング旅客機の品質を疑わせるトラブルが相次いでいる。

 特に深刻なのは、737型の各形式における数々のトラブルだ。数々のトラブルで、顧客となる航空会社には納期遅延や乗客からの信頼低下という損害が出ており、ボーイングは説明に追われているところだが、とうとうデビッド・カルフーン社長兼最高経営責任者(CEO)が2024年末に辞任することが発表された。

 ボーイングの信頼が大きく揺らぎ始めたのは、2018年から2019年にかけて、737を近代化した最新型式737MAXが、インドネシアとエチオピアで

「連続墜落事故」

を起こした事件からだ。事故の後、世界中の737MAX全機が飛行停止に追い込まれることになり、ボーイングの経営にも大きな打撃を与えた。

 連続墜落事故の原因は、単純にいってしまえば、旧式機737に大直径エンジンを搭載し、悪化した機体特性を安易な自動機構で補おうとしたことだ。この問題に対しては、ボーイングだけでなく連邦航空局による審査の甘さも指摘され、監督省庁と企業のゆがんだ関係にも関心が集まった。

 残念ながらボーイング737を巡るトラブルはこれで終わらなかった。2024年1月、太平洋標準時17時14分ごろ、アラスカ航空1282便の737-9が上昇飛行中、左舷のプラグドアが脱落して吹き飛んだ。

 プラグドアというのは、座席レイアウトの形態によって不要となった非常口ドアの箇所を、固定式のドア構造でふさぐものである。これが飛行中に外れてしまったのだから、客室には急減圧が発生したが、幸いにも乗員乗客の全員に負傷などの被害はなく、同機は出発地のポートランド空港に引き返して無事に着陸した。

スピリット・エアロシステムズのウェブサイト(画像:スピリット・エアロシステムズ)

品質管理の失敗と内部告発

 国家運輸安全委員会(NTSB)の調査によると、737胴体の製造を分担しているスピリット・エアロシステムズの従業員が、胴体フレームにあった損傷リベットを交換した際、プラグドアを固定するためのボルト4本を取り付けていなかったことが判明した。

 事態を重く見た連邦航空局(FAA)は、6週間にわたって製造ラインの監査を行ったが、ボーイングが89項目中33項目で不合格、スピリットは13項目中7項目で不合格だったと報じられている。

 FAAの監査結果によると、スピリットの従業員がドアの密閉状態の確認にホテルのカードキーを使ったり、ゴム製の密閉部品を取り付ける際に、規定された潤滑材の代わりに食器用洗剤を使ったりするなど、定められた手順からの逸脱が目立っている。こうした手順逸脱は、軽微なことでも思わぬ不具合に結び付くことがあるため、ワークマンシップ(技量・技術力)の欠如として、航空機製造の世界では厳しく戒められている。

 ボーイング機の製造品質を疑わせるトラブルは、これだけにとどまらない。3月17日には、ユナイテッド航空の737-800型機が、オレゴン州メドフォードの空港に到着後、胴体フェアリングの外板が破損して脱落していることが判明した。

 ハニカム・サンドイッチ構造のパネルが何らかの理由で破壊したものと思われ、これについてもFAAが調査に乗り出している。なぜボーイング旅客機の品質は、これほど信用できないものになってしまったのだろうか。

 実は、ボーイング機の製造現場で労働者への要求が過酷になっており、もはや品質が維持できてないとする内部告発は、5年以上前から行われていた。

 737MAXの墜落事故が問題になった2019年には、787型機の品質管理を担当していたジョン・バーネット氏が、会社が要求する厳しい製造スケジュールのため、製造現場での手抜きや規約逸脱が日常的に起きていることを証言していた。

 しかし、2024年3月9日にバーネット氏が拳銃で自らを撃って死亡しているのが発見され、彼の死の真相を巡る疑惑もボーイングのスキャンダルに油を注いでいる。

ボーイングのウェブサイト(画像:ボーイング)

労働者の声と企業文化

 2021年12月の米国上院報告書によると、バーネット氏以外にもFAAやボーイングから7人が調査委員会に情報を提供しており、彼の証言を裏付けている。証言者たちは、会社側が従業員やFAAに対して不当な圧力をかけていたことや、現場技術者の意見を聞かなかったこと、同社の慢性的な人員不足などを述べたという。

 ボーイングは1990年代までに企業合併・買収で急激に巨大化したが、高コスト体質や株価の低迷に悩まされるなか、繰り返し大幅な人員削減を行ってきた。2005年には、生産効率化と労働コスト抑制のためウィチタ部門を売却したが、それによって誕生したのが現在737の胴体製造を分担しているスピリットである。

 その後もボーイングの効率化とコスト抑制は継続され、737MAXの連続墜落事件から間もない2020年にも、従業員の1割に当たる1万6000人を削減している。内部告発者たちが口にしている現場の問題は、会社が現場に押し付けてきた負担の積み重ねとして、必然の結果にすぎないだろう。

 ボーイングの経営陣が徹底的な効率化に突き進んできた背景には、同社の株主である大口投資家からの継続的な強い圧力もあり、営利企業が利益を追求するのは当然といえる。これに対して、エアバス社の筆頭株主は

「ヨーロッパ各国の政府」

であり、加えてヨーロッパでは労働組合が力を維持している。その結果、あくまで営利を追求したボーイングのような人員削減が抑止され、それが企業文化の違いを生んだと指摘する声もある。

 ボーイングは、スピリットを再び買収してサプライチェーンの品質管理を立て直そうとしているが、ここでも難しい問題が持ち上がっている。

 スピリットは、ボーイング旅客機のコンポーネント製造を手掛けているだけでなく、現在はエアバスにも各型旅客機の重要コンポーネントを供給しているからだ。そのため、ボーイングがスピリットを再統合するにあたっては、エアバスもスピリットの部分買収を検討せざるを得なくなっている。

 グローバル化した現代の旅客機製造事業では、ボーイングのサプライチェーン再編が、国を隔てたライバル企業さえも巻き込んでいるのである。