カードの導入目的

 2024年1月末、ソウル市内の電車や深夜バスを含む市内バス・町内バスが月額約7000円で乗り放題になる「気候同行カード」が誕生した。公共自転車の乗り放題サービスをつけても約7300円だ。

 モバイル基本ソフト(OS)にアンドロイドを使う人が多い韓国では、「モバイルティーマネー」と呼ばれるアプリをダウンロードして利用する。iOSベースのスマートフォンにはモバイル交通カード機能が搭載されていないため、“実物”の気候同行カードを利用しなければならない。

 その名のとおり、気候同行カードは自家用車の利用を減らすことで温室効果ガスの排出を削減し、ソウルを

「交通と気候・環境に優しい都市」

にすることを目的に導入された。ソウルの通勤時間帯の渋滞はすさまじいが、それでもみんな車通勤だ。いい車を持つことがいまだにステータスにつながるため、ソウルに住んでいても車通勤の人は多いし、ベッドタウンから通勤する人も多い。

 また、韓国では粒子状物質(PM)2.5に似た「ミセモンジ」も深刻な問題で、春先は特にひどくなり、空気が目に見えてよどむ。自動車の排ガスだけが原因ではないが、ミセモンジの主な原因のひとつである。この状況に対するソウル市の対応が気候同行カードというわけだ。

ドイツ鉄道のライプツィヒ中央駅(画像:写真AC)

気候同行カードがお得な理由

 ソウル市内の電車基本料金(10km以内)は約170円(2024年3月時点、交通カード利用時は160円)。10kmから50kmまでは5kmごとに約10円、50km以降は8kmごとに約10円が加算される。日本よりかなり安いとはいえ、公共交通だけで1か月通勤すると、

「往復320円(交通カード利用時) × 20日 = 6400円」

かかる。この時点ですでに元の金額(7000円)に近づく。休日もずっと家にいるのでなければ、月の交通費は7000円を超えるから、お得だろう。

 また、韓国では65歳以上は基本的にバスや電車の料金が免除される。そのため、学生や20代から40代が主な利用者だが、2月末からは19歳から34歳までが月額約6200円で試験的に購入できるようになった。現在、韓国は空前の若者の就職難に直面しており、若者の負担をできるだけ減らそうとしているのだ。

 ソウルよりも先にこの取り組みを始めたのはドイツだ。2023年5月1日から始まったこの制度は、49ユーロ(約8000円)で路線バスや地下鉄を含むドイツ国内のすべての近距離・地域交通を利用できるという優れものだ。韓国では現在、ソウルのみで行われているが、ドイツ全土なのでかなり広範囲に及ぶ。

 導入の目的は、エネルギー消費と自動車のCO2排出量の削減、そしてガソリン代の高騰に苦しむ市民の負担軽減にある。世界全体が抱える問題に取り組み、結果を出しているドイツに、韓国はいち早く追随した。韓国ならではのスピード感にはいつも驚かされる。

ソウルの街並み(画像:写真AC)

韓国での反響

 気候同行カードを利用して公共交通を利用する市民の数は増加の一途をたどっている。1月23日の発売開始以来、合計46万枚のカードが販売され、同カードを利用して公共交通を一度でも利用した人の数は、30日間で

「34万6000人」(韓国の人口は日本の約4割)

に達した。

 ソウル市の予想を上回る売れ行きで、一時は実物のカードが売り切れたこともあった。また、電車やバスに気兼ねなく乗れるため、交通費を気にせずフットワークが軽くなり、経済活動にも好影響を与えている。

 ベッドタウンからソウルに通勤する人も多いため、ソウルや仁川近郊の交通機関との連携を望む声も少なくない。そもそも、自家用車を使ってソウルに通勤しているのはベッドタウンの人たちだからだ。彼らの自家用車利用を減らすことが本来の目的でもある。

 一刻も早く日本にも導入してほしいと思うが、さまざまな民間企業が運営する日本の公共交通において、このようなシステムを導入するのはかなり困難であることは想像がつく。

 韓国もドイツも前述のような料金システムを導入しており、政府や地方自治体は発生した損失を補償する予定だ。両国ともまだ試験段階だが、環境のため、そして物価上昇に対する人々の負担を軽減するために行っている。

 最初からすべてを完璧に準備するのではなく、軌道修正しながら前進していく姿勢は、事前準備に熱心な日本がこれまで以上に取り入れるべきものではないか。