スウィフト効果、経済けん引

 2023年、タイム誌の「今年の人」に選ばれた米国人シンガー、テイラー・スウィフト。洋楽ファンに限らず、彼女の名前を見聞きしたことがある人は多いだろう。そんなテイラーが開催中の世界ツアーは、世界の経済界で大きな注目を集めている。

 スウィフトが経済に与える影響は大きく広範囲におよび、彼女の一挙手一投足が、巨額を動かし、黄金を生み出すといわれている。「スウィフト経済」とも訳せる

「スウィフトノミクス」

という造語まで現れている。

 ロサンゼルス観光局によると、彼女のロサンゼルスでのツアーコンサートは、市内に3億2000万ドル(約494億円)のビジネス売り上げと3300の雇用、そして1億6000万ドルの収益をもたらしたそうだ。ロス市内の公共交通機関の乗客数も250%増加したという。まさにイベントによる経済効果の巨大特需版だ。

 イベントによる巨大特需といえば、米国にはなんといってもスーパーボウル(アメリカンフットボールリーグの優勝決定戦)がある。しかし、スーパーボウルは1年に一度だ。対してスウィフトのツアーは、150回以上に上る。世界の経済界がスウィフトに注目するのもうなずける。

テイラー・スウィフト(画像:テイラー・スウィフト公式エックス)

アメリカン航空の巧みなマーケティング

 ところで、スーパーボウルといえば、テレビ放映のCM料が法外なことで有名だ。30秒CMで650万〜700万ドル(約10億〜10億8000万円)もする。しかし、50%に近い視聴率をたたき出す国民的イベントであり、ここ数年の視聴者数は、1億1000万人を超えている。日本人ほぼ全員が見ているようなものだ。

 この視聴者数は、2024年のスーパーボウルでは1億2000万人を突破し、史上最高の視聴者数を記録している。特筆すべきは、女性の視聴者数が7%も上昇したことだ。この急増の正体は何か。そう、テイラー・スウィフトだ。

 別に彼女がハーフタイムにパフォーマンスをしたわけでもない。観客として試合を観戦した。ただそれだけだ。それでも、今年のスーパーボウルにスウィフトが与えたインパクトは大きい。

「彼女が見にくるかもしれない」

それだけで米国はざわつくのだ。

 スウィフトのスーパーボウル観戦に注目が集まったのは、彼女の熱愛報道に起因する。唐突に下世話な話だが、実はお相手が、スーパーボウルに出場するカンザスシティ・チーフスのトラビス・ケルセ選手だったのだ。たかが芸能人とスポーツ選手の熱愛と侮るなかれ。スウィフトとケルセの熱愛報道は経済を大きく動かすこととなった。

 折しも、スーパーボウルの開催前日に東京でのツアーコンサートを行っていたスウィフト。彼女が翌日に、ラスベガスでの「彼氏」の試合を見ることが物理的にできるのかという、半ばどうでもよさそうなことが、「スウィフティ」と呼ばれる彼女のファンのみならず、米国の大企業各社のマーケティング担当者の関心を大きく引いたのだ。

 鋭い反応を見せたのはアメリカン航空だ。航空会社がスーパーボウル開催に合わせ国内線を臨時増便するのは恒例だが、アメリカン航空の動きはまさに「スウィフト = 機敏」だった(英語でスウィフト「swift」は、迅速な・敏速な・頭の切れるという意味)。

 カンザスシティとラスベガスを結ぶ増便のひとつに「AA1989」という便名をつけたのだ。この対応は、機知に富んでいる。「1989」は、スウィフトの生まれ年であり、彼女が自身のベストセラーアルバムに冠したアルバムタイトルだ。ファンにはグッとくる。

 このアメリカン航空の動きは、「スウィフト = ケルセ動向」を注視するマスコミに取り上げられ、大体的なプレスリリースなどせずとも大きな話題を呼んだ。その宣伝効果は抜群で、見事なマーケティング戦略の結実となった。

 スウィフティたちとスポンサー企業の期待に応え、スウィフトは、東京でのコンサート後、即座にプライベートジェットでラスベガスに入り、観客席にその姿を見せた。彼女が観戦する姿が試合中に何度もテレビカメラにとらえられたことはいうまでもない。

 未来予知ができていたら――。スーパーボウルの広告枠を逃した企業各社は、そう悔やんだことだろう。観客席にスウィフトが登場しただけで、スーパーボウルの視聴者数は1000万人も増え、広告の費用対効果が跳ね上がったのだ。

 スーパーボウルのCM権の契約締結は、スウィフトとケルセの熱愛報道が出る前のことであり、しかもケルセのチームがスーパーボウル進出を決める前のことだ。

「30秒700万ドル」

は、この神がかり的な熱愛の展開により、結果的に非常に安い買い物になったようだ。もし彼女が試合観戦することが前もってわかっていたら、CM料金はさらに跳ね上がっていたことだろう。

アメリカン航空のウェブサイト(画像:アメリカン航空)

スウィフトの恩恵を受ける旅行業界

 スウィフトのツアーに話を戻そう。彼女のツアーは、世界五大陸をまたにかけ、150以上のショーを行う。2023年3月に始まり、2024年の冬まで、スウィフトは世界中を縦横に移動する。

 観客はコンサート会場がある都市へと旅をして、その都市に滞在する。スウィフティとして衣装を準備し、グッズを買い、ホテルに泊まるのだ。彼女のショーを見るために、ひとりあたりが費やすのは

「約1300ドル(約20万円)」

と見積もられている。

 調査会社バーンスタインのアナリストによると、航空会社、ホテル、そして民泊などを含む米国旅行業界で、その増収額は12億ドル(約1850億円)に上ると推定されている。

 スウィフトのツアーを誘致した米国の都市は、ホテル客室利用が7%以上増加している。6月に彼女のツアーがシカゴに来た際は、客室稼働率がシカゴ史上最高の97%に達したそうだ。

 バケーションレンタル(物件の短期レンタル)業界にもその影響は及んでいる。米国大手エボルブ社は、スウィフトの2024年ツアー日程における平均レンタル日額が2倍以上になっていると発表した。

 スウィフトのツアーの評判は日程が進むにつれどんどん上がるため、2023年のショーを見逃した多くのファンが、わざわざ開催地へ旅行し、2倍の宿泊料を支払ってまで彼女のショーを見ようとするのだ。しかも、通常なら旅行先に選ばないような地方都市であってもその需要の高まりは止まらない。スウィフトのツアーが、消費者に旅行をさせる機会を生み出しているのだ。

テイラー・スウィフト(画像:テイラー・スウィフト公式ウェブサイト)

ツアー誘致が生み出す経済効果

 今回のスウィフトのツアーは「The Eras Tour」と名付けられている。「era」は、訳すと「時代」だ。10代半ばでカントリーシンガーとして出発した彼女のこれまでの軌跡をそれぞれの「時代」として振り返る記念碑的なツアーだ。

 ツアー全体のチケット売り上げは、10億ドル(約1540億円)にも上るといわれている.
チケットの売り上げもさることながら、波及する経済効果にも注目が集まる。彼女のツアーは約

「50億ドル(約7700億円)」

を生み出すと、調査会社クエスチョンプロのアナリストは見ている。ツアー日程が増えるとまだまだ膨れ上がる可能性もある。まさに、史上まれにみる記念碑的モンスターイベントだ。

「スウィフトが街にやってくる」その意味は、地方都市にとって大きい。その経済効果は前述してきたとおりだが、都市のブランディングにも一役買う。彼女のツアー誘致に成功した中堅都市のインディアナポリスの広報担当者は、

「洗練されていてクールでヒップ、上昇志向のある都市として認められた」

と述べている。彼女のツアー誘致は、都市レベルのみならず国家レベルでも注目されている。カナダのジャスティン・トルドー首相は、スウィフトが英国とヨーロッパへのツアーを発表した「X」のツイートに自らがリプライを送り、カナダ誘致へのアプローチを公然と行っている。

 その甲斐あってか、スウィフトは2024年のツアーにカナダが追加され、バンクーバーの三つの日程だけでも市に7億カナダドル(約780億円)もたらすと推定されている。国家元首のナイスプレーである。

 The Eras Tourの日本公演は東京ドームでの4コンサートのみであった。彼女のツアーを誘致するためには、最低でも5万人は収容できる巨大な会場施設が必要であり、ともなう経費もハンパないことだろう。簡単に日本の地方都市が誘致できるレベルではないことは明らかだ。

 しかし、たかが音楽イベントと呼べるレベルではない経済効果を彼女は体現している。テイラー・スウィフトのようなレベルは難しくとも、

「旅行業界の経済をブーストするヒント」

が、彼女のThe Eras Tourにはある。

「もしテイラー・スウィフトが経済だったら、彼女は世界50か国分よりも大きいだろう」

と前述の経済アナリストは述べている。音楽やエンターテインメントにそのような力があるとは驚きだが、これは旅行関連の業界にとっては、現実味を兼ね備えた夢のある話だ。