威圧感な「顏」

 ミニバン、特に日本市場におけるミドルクラスミニバンといえば、トヨタ・ノア/ヴォクシー、日産・セレナ、ホンダ・ステップワゴンの3強である。販売ランキングでも常に上位にあり、日本市場だけのガラパゴス的なカテゴリーである。

 ある意味“国民車”とも呼べるこのカテゴリーの一部車種は、「顔(車のフロントフェイス)」が

「威圧的」

になりすぎている。市場の要求を真摯(しんし)に受け止めた結果だと思うが、トヨタとホンダのデザインテイストが両極端なのは興味深いので、両メーカーの開発スタンスを検証してみたい。

トヨタ・ノア(画像:トヨタ自動車)

市場ニーズを的確に捉えたトヨタ

 フルモデルチェンジのデザイン開発では、まず現行モデルを振り返る。

 通常、営業や開発責任者が中心となり、現行モデルの長所と短所を分析し、デザイン部門に次期モデルの要望を出すのが主な流れだ。もちろん、開発には2年以上かかるため、それまでのデータしかないが(5年後にモデルチェンジする車の場合、次期モデルの開発が本格化するのは2〜3年後)、市場の需要分析は非常に重要である。

 デザイン部門も独自の調査を行う。データに表れない将来予測やトレンドをデザイナーの視点から分析するためだ。こうしてふたつの方向から情報を集め、1台の車のデザインにまとめていく。

 数あるメーカーのなかでも、特にトヨタは市場の需要をしっかり分析し、デザインに反映させる能力が際立っている。それは各部門の優秀さだけでなく、仕事の流れそのものが優れているからだろう。現在、世界で戦える日本企業はトヨタだけである。

 そんなトヨタだから、ミニバン開発にも手を抜かない。現行ノア/ヴォクシーのボディ全体のデザインは極めて保守的だ。これは、パッケージ(ボディサイズ、タイヤの位置や大きさ、人やエンジンの位置などをまとめた図面の通称)の制約上、豊かな造形ができないことにトヨタが当初から気づいていると感じる。

 上級車種であるアルファード系は、キャビンとロアボディの比率、ボディの縦横比、タイヤサイズなどの条件がよいため、思い切った造形になっている。ノア系とアルファード系では前提条件が大きく異なる。

 したがって、ノア系の焦点は必然的に顔まわりになる。現行ノアにはふたつの顔があり、ヴォクシーもあるので、実質1台に三つの顔がある。

 ある意味、かなりアグレッシブな顔だ。ノアのCMやウェブサイトのトップページで見せているいわゆる

「訴求顔」

は、正面から見るとほとんどボディ色が見えない。大きく口の開いた黒のなかに、非常に大きな黒いメッキグリルが鎮座している。

 これはまさに市場が求めたものだ。デザインの流れ(大きなモチーフ)を見ると、もうひとつの「おとなしい顔」の方がまとまって見える。まるでデザイン開発の後半に顔を追加したかのようだ。そのアグレッシブ路線は効果的で、街で見かけるノアのほとんどがこの顔をしている。ごく普通の、子どものいる幸せな家族が乗っている可能性が高い。

ホンダ・ステップワゴン(画像:本田技研工業)

独自路線を貫くホンダ

 一方、ホンダにはこれまでにない、新しい価値を提案するモノづくりが染みついている。

 挑戦的な車をいくつも生み出し、成功させれば大きなトレンドを作ってきた。ホンダはデザインだけでなく商品企画にもたけた企業であり、初代ステップワゴンはそうした企業風土から生まれた商品である。FFレイアウトのミニバンの元祖であり、いわば現在のミドルクラスミニバン市場を作った張本人である。

 ホンダは自分たちのセンスを疑わない。現在のフィット、Nシリーズ、ステップワゴンのデザインは、いずれもミニマルデザインとでも呼ぶべきクリーンでシンプルなテイストで統一されている。

 カーデザインが「迫力」や「上級感」を追求しがちななか、異端といえるのではないだろうか。ホンダイズムの礎を作った「M・M(マンマキシマム・メカミニマム)思想」との親和性も高いだろう。

 しかし、フィットやステップワゴンは販売面で成功していない。その原因として「デザイン」という文脈も目立つ。軽市場ではN-BOXのひとり勝ちのため、もしかしたら、そのデザインテイストは、一般人にとっては軽自動車でしか通用しないかもしれない。

 面白いのは、ステップワゴンのデザインが、私(渕野健太郎、元カーデザイナー)を含めたデザイナーかいわいで高く評価されていることだ。

 テイストだけでなく、デザインの核となるプロポーション(全体のたたずまい)もしっかりしている。フロントのオーバーハング(タイヤ中心から車体前方までの長さ)が目立つので、前輪をもう少し前に出せば完璧なのだが、これはパッケージの要件なのでどうしようもない。

 デザイナーがこの車を推す理由は、迫力重視のカーデザインへのアンチテーゼを示す「応援」と、行きすぎたデザインへの「警鐘」の両面があるように感じる。

 もっとも、インテリア、特にインパネのデザインは、形状、装備ともにライバルに比べるとやや前時代的かもしれない。このあたりが進化すれば、今のデザインテイストでも十分魅力的だと感じる。

 従来、ホンダはフルモデルチェンジしても売れない場合、市場のニーズに合わせてマイナーチェンジを行い、結果的に無理やりなデザインにする傾向がある。私としては、ミニマルなデザインをぜひ続けてほしいと願っている。

2022年10月31日撮影、東京都内の自動車ショールームに掲げられたトヨタのロゴマーク(画像:AFP=時事)

トヨタに求められる「社会性」

 現在、ミニバンだけでなく、日本市場全体がトヨタのひとり勝ちとなっている。これは、トヨタが市場の需要を精査して商品化するという、非常に正しいモノづくりを続けてきたからだ。

 その結果、現在のトヨタの立ち位置は、日本人の日常生活にとって、インフラとまではいわないまでも、なくてはならないメーカーになっていると感じる。そんな影響力のあるトヨタだからこそ、そろそろ

「社会性のあるデザイン」

を考える時期に来ているのではないだろうか。

 迫力のあるデザインは、ときに「威圧感」を感じさせることがある。車に乗っていると、対向車や後続車のドライバーの顔はほとんど見えないから、いわば車の顔はアバター(化身)だともいえる。もしかしたら、ドライバーは意図しない表情をしているのではないだろうか。

 ショッピングモールの駐車場で、怖い顔のミニバンから降りてくる幸せそうな家族の表情とのギャップに、私はいつも考えさせられる。