陸路寸断の課題

 NPO法人ピースウィンズ・ジャパンが運営する日本初の災害医療に特化した民間船「パワーオブチェンジ」をご存じだろうか。愛媛県北東部の今治市を拠点に、南海トラフ地震発生時の支援など、「海路」での災害医療支援を目的としている。

 海路での災害支援が必要な理由は、地震によって陸路が寸断されるからだ。また、海上ルートは大規模輸送が可能という点で優れている。実際、能登半島地震では陸路が寸断され、海上輸送が重要になった。

 一方、政府は有識者による「病院船の活用に関する検討会」を開催し、大型病院船の運航について以下のような懸念があるとしている。

・平時における採算性
・運用人員の確保
・建造費および運用費の費用対効果

 ピースウィンズ・ジャパンとその船舶は、これらの課題をどのように克服してきたのだろうか。本稿では

「救いたい。一秒でも早く、1人でも多く」

を合言葉に活躍するパワーオブチェンジをソフトとハードの両面から紹介する。

ピースウィンズ・ジャパンのウェブサイト(画像:ピースウィンズ・ジャパン)

海保と民間の情報発信

 パワーオブチェンジは、平時の採算性や運航人員の確保に工夫が見られる。

 その特徴をよりよく伝えるために、同船と海上保安庁所属の災害対応型大型巡視船「いず」を、スマートフォンのシークレットモード(検索履歴や閲覧履歴を記録しないでブラウザーを利用できる機能)でウェブ検索すると、

・公式記事
・プレス記事
・報道記事
・エックス(旧ツイッター)の募集

などが検索結果の上位に表示される。一方、いずは

・報道記事
・フリー百貨辞典
・個人ブログの記事
・ジャーナル

などである。比較しても仕方ないが、海上保安庁も努力しているものの、民間団体の情報発信に比べると限界がある。

 例えば、パワーオブチェンジのエックスのアカウント名は「Peace Winds船舶チーム@海技職員募集中」である。非常にシンプルでわかりやすい。また、能登半島地震後の活動報告など、SNSや動画による情報発信を続けており興味深い。

いず(画像:海上保安庁)

SNS活用の効果

 総務省は2022年、13歳から69歳の男女1500人を対象に「令和4年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調」を実施した。それによると、「主なソーシャルメディア系サービス/アプリ等の利用率」は次のとおりだった。

・全年代では、ラインの利用率は一貫して増加し、90%を超過。年代別でも、10代から50代で90%を超過。
・動画共有系ではユーチューブの利用率が高く、10代から30代で90%を超過。ティックトックは10代で60%を超過。
・ツイッターは全年代では横ばいだが、20代では78.8%と高い利用率。フェイスブックの利用率は、全年代で減少。
・インスタグラムの利用率は、全年代で一貫して増加しており、ラインに次ぐ利用率。

以上のことから、接触頻度の可能性があり、職員募集、ボランティア人材募集、運営費の寄付などにSNSを活用することが効果的と思われる。

 次に建造・維持費だが、各種報道によれば、初期費用9億円は起業家が出資し、年間維持費2億円は寄付で賄うという。つまり、初期投資を抑え、寄付金で施設を運営しているのである。

海上保安庁の主要巡視船の大きさ。比較画像(画像:海上保安庁)

医療支援の「洋上基地」

 ソフト面の対策や建造費を基金に寄付する対策は採られたが、本来の目的を達成するためにハード面はどのように改修されたのか。

 パワーオブチェンジの概要である。
・全長:68.00m
・幅:17.40m
・最大航続距離:6000マイル(約1万km、8ノット)
・最大搭載人員:49人
・総トン数:3453t

画像は海上保安庁の引用だが、大型飛行機ほどの大きさで、数十人を乗せることができるため、医療関係者を輸送する「洋上基地」として重要な役割を担っている。

 また、前述のいず(全長110m、全幅15m、3690トン)に対し、全長68m、全幅17.4mであり、調査船の名残か横に長い形状をしている。海上保安庁のPL級とは「Patrol Large」の略称で、巡視船の分類ではヘリコプター搭載可能な大型に分類される。つまり、この船のハード面の特徴は

「居住性能を備えた、洋上基地でヘリコプターが運用可能な規模の船」

といえる。実際、国際規格のヘリポートが装備されており、沿岸からヘリコプターを飛ばして災害医療支援を行うことを想定している。

 なぜ、海上での災害医療支援に「航空支援」を前提とした船舶運用が必要なのか。それは海面の隆起や津波により港が破壊され、接岸困難な状況に対応するためだ。

 例えば、能登半島地震の際には、同法人が所有する別の船舶で救援物資を輸送した。しかし、海面上昇が確認され、津波で沈没したとされる船を避けながら寄港した。したがって、接岸が困難な状況を想定し、ヘリコプターの離着陸が可能な災害医療船を運航することは理にかなっている。

 また、船内には49人分の部屋だけでなく、物資や燃料の備蓄など、広い汎用(はんよう)スペースと生活インフラを備えている。「自己完結性」が不可欠な災害支援において、居住、輸送、食料、エネルギー、通信設備のスペースなどを備えた移動式船舶が果たす役割は大きい。

 つまり、災害時に陸路が寸断されることを背景に、物資や人員を海上輸送する必要があり、接岸が困難な状況でも対応できるよう、ヘリポートや自己完結性が保証された船舶が必要とされるのだ。

パワーオブチェンジ(画像:ピースウィンズ・ジャパン)

自動操船技術の期待

 ソフト・ハード面の対策を紹介したでは、海上での災害医療支援を充実させるためには何が必要なのか。それは前述のとおりである。第一は、津波で沈没したと思われる船舶を避けることである。

 地震により津波が発生した場合、本船を含む船は「沖出し」という難しい判断を迫られる。沖出しとは、津波が発生したときに沖合に停泊して津波の被害を防ぐことだが、船は津波が近づいてくる方へ向かうことになる。これが危険であることは間違いない。

 海上保安庁は沖出しを禁止しているが、陸地への帰港時間、津波、水深、場所などさまざまな条件を考慮し、沖合への避難の方が安全と判断されれば、検討することもある。実際、東日本大震災では、宮城海上保安部の巡視船2隻が、津波到達予想時刻と巡航速度を考慮して沖出しか陸地への退避かを判断し、沖出しを避けて漂流・座礁した。

 海路上に漂流船があれば人員が取り残されていないか、沈没船があればそれを避ける必要があり、海路の安全性が懸念される。

 それだけに自動操船技術への期待は大きい。日本財団は自動操船技術の確立を目指し、無人船舶プロジェクト「MEGURI2040」の実証実験を重ねている。コスト面での懸念はあるが、技術の確立とドローンの活用などのソリューションにより、無人船舶の削減、人員削減、沖出しの迅速化が実現し、被災船の減少が期待できる。

 上記は安全な海路の実現にもつながり、「救いたい。一秒でも早く、1人でも多く」というモットーの実現にもつながる。海路を利用した持続的かつ先進的な災害医療支援は、地震大国・日本にとって必要であり、このイノベーションは海外にも展開できるだろう。