ノスタルジーの灯

 日本のトンネルに照明が本格的に設置され始めたのは1960年代頃からといわれている。当時は、主にオレンジ色の照明が使われていた。温かみのあるその色は、都市の景観や夜のムードを盛り上げる存在だった。

 2000年代に入ると白色照明が登場し、発光ダイオード(LED)化が進んだ。現在では、白色照明のみのトンネル、白色とオレンジ色の照明のトンネルなど、さまざまなトンネルが増えた。結果、オレンジ一色のトンネルは、今では大きく減ってしまった。

 オレンジ一色の光が醸し出す雰囲気はエモく、ノスタルジーを感じる人も多いのではないだろうか。本稿ではそんなトンネルを振り返る。

オレンジ色のトンネル内(画像:写真AC)

オレンジ照明の利点

 国土交通省が発表した「道路統計年報2023」によると、2022年3月末時点、日本には1万508本のトンネルがあるという。

 排ガスの毒性はほとんど知られていなかった1960年代。規制対象は一酸化炭素だけだったため、当時のディーゼル車などは排ガスなどの有害物質をまき散らしながら黒煙を上げて走っていた。そのため、トンネル内は常にかすみがかかり、風通しも悪く、視界を確保するのが難しかった。

 そのような空間では、

・排ガス
・ほこり
・細かいゴミ

の影響を受けにくく、光を通しやすいオレンジ色の光が適していた。この光は赤色が黒く見えるという欠点があるが、それ以上に視覚に訴えかけられ、夜間の視認性が向上するという利点があった。

 オレンジ色の照明の正体は、ガラス管にナトリウム蒸気を封入した

「低圧ナトリウムランプ」

である。放電すると独特の色の光を放つ。体育館などで使われている水銀ランプに比べ、消費電力が30〜50%と経済的で、寿命も約9000時間(約1年)と長いことで知られている。また、虫が寄りにくいため、2000年代以前まで広く使われていた。

 時代の流れとともに、「高圧ナトリウムランプ」が使われるようになった。低圧タイプより明るさが向上し、寿命も2万4000時間(約3年)に延びた。その後、Hf蛍光灯、セラミックメタルハライドランプへと変化し、現在のLEDに至っている。LEDの寿命は9万時間(約10年)といわれているから、より長寿命の照明を使うのは当然だ。

 また、排ガス規制の強化も大きい。黒い排ガスがなくなり、トンネル内の空気がきれいになったことで、光を通しやすいオレンジ色の光を使う必要がなくなったのだ。こうして、それまで主流だったオレンジ色の照明は徐々に姿を消していった。ちなみに、NEXCO東日本の公式ウェブサイトでも

「近年では効率のよいランプが開発されたことから、白色で色の判別が容易なLEDランプをトンネルの照明として採用している」

との一文が記載されている。

オレンジ色のトンネル内(画像:写真AC)

思い出す懐かしい記憶

 LEDが普及した昨今だが、オレンジ色に照らされたトンネルは、LEDでは得られない魅力があり、独特の温かみやノスタルジックな雰囲気を醸し出す力がある。

 筆者(小島聖夏、フリーライター)は実際、ハワイで見た夜景を思い出す。ハワイでは街灯はオレンジ色で統一され、ネオンサインも禁止されている。そのため、街全体が柔らかな光に包まれ、何ともいえない温かみを感じる。トンネルのなかも同じように暖かく、柔らかな光に包まれて異空間にいるような感覚になる。子どもの頃、オレンジ色の光のトンネルに入るたびに、

「ドラえもんのタイムマシンに乗っている気分」

になった。オレンジ色の光が続けば、別の場所に行けると思うとわくわくし、つかの間の異空間体験を楽しんだ。

 さらに、娘が小さかった頃は、トンネルに入ると

「わ〜」

と声を出して、トンネルに入ったことを知らせてくれるのが定番だった。今でもオレンジ色の光のトンネルに入るたびに、そのことを思い出し、あの頃の娘の無邪気さを思い浮かべると、何ともいえない温かい気持ちになる。

オレンジ色のトンネル内(画像:写真AC)

非日常空間の魅力

 トンネル照明の変化の背景には、技術革新、車社会の発展、環境問題などが関係している。そのため、省電力、長寿命、色の識別が容易な白色発光のLEDランプにシフトしていくのは必然。

 しかし、オレンジ色の照明は、昔のトンネルや街灯の風景とともに、多くの人の記憶に残っている。思い出が詰まった光は、非日常的な空間として、懐かしい記憶を呼び起こす感慨深い場所なのかもしれない。

 あなたは通過する際、何を思い出しますか?