テレワークの普及とDX

 職業分野でテレワークが浸透しつつある――。

 テレワーク自体は以前から議論されてきた。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の懸念からテレワークが注目されるようになった。やむを得ない要件での出張は出張扱いとし、出張後の交通費も精算するようになった企業もある。

 こうした流れの結果、鉄道やバスなどの公共交通は安定した定期券収入が得られなくなっている。感染拡大以前の回復は見込めない。そのため、追加料金の取れる

「付加価値の高い車両」

に関心が集まっている。例えば、京王ライナー、東急のQシート、東武のTJライナーといった着席型車両がラッシュ時に運行されるようになり、拡大傾向にあるのはその表れだろう。

 近年のインターネット技術の進歩により、移動時間を有効活用したテレワークが可能になっている。例えば、東海道・山陽新幹線の7号車には「S Work」車両がある。同様に、東北・北海道新幹線の7号車、上越・北陸新幹線の9号車は、パソコン作業、勉強、読書、オンライン会議、ビデオ視聴(イヤホンが必要)、通話などができる「TRAIN DESK」車両となっている。

 特に東海道新幹線の7号車はPシートが10席あり、7号車の6〜10番A/C席に設置され、B席の中央にはプライバシー保護のためのパーテーションがある。つまり、B席をふたつに分け、1.5人分のスペースで仕事が続けられるようにしている。

 料金は距離に関係なく、普通車の指定席料金にプラス1200円だ。テーブルは手前に引き出すことで傾斜させることができ、パソコン操作などに適した角度で使用できる。ドリンクホルダーも付いている。また、JR東海は2024年4月17日、グリーン車よりもさらに質の高い設備とサービスを備えた個室を東海道新幹線に導入する計画を発表した。

テレワーカーのイメージ(画像:写真AC)

「個」を重視する時代

 東北・北海道新幹線と上越・北陸新幹線では、すでにグリーン車の上のクラスであるグランクラスが導入されている。当初は軽食や各種飲料を提供するシートサービスが注目されたが、現在ではシートサービスのみの列車も増えている。

 背もたれの大きな座席と定員の少なさから出張にも好まれており、筆者(北條慶太、フリーライター)も仕事をこなすために利用している。実際、JR東海はグランクラス方式にとどまらず、100系新幹線以来の個室復活に踏み切った。

 注目すべきは、個室復活のニュースに対する消費者の反応が予想以上に好意的だったことだ。よりよいサービスを、より高いコストで求めるという最近の一部の生活者の傾向をうまく捉えたという印象が強い。個室でのWi-Fi、レッグレスト付きリクライニングシート、個別調整可能な照明や空調、放送など、プライバシーやセキュリティーがより高いレベルで提供される。

 新幹線だけでなく、夜行列車サンライズの個室も引き続き人気がある。バス業界では、関東バスや奈良交通のドリームスリーパーなど、完全個室の夜行高速バスの利用者も一定数いる。これらはテレワーカーにとってプライバシーが確保されており、ビジネス目的で利用している人を多く見かける。新幹線への個室設置のニュースや、既存の移動手段での個室人気を考えると、個室のような

「個をしっかり保てる空間」

の確保は、長期出張でのテレワークを呼び込む要因になる。現代のビジネスマンは生活のさまざまな場面で「個」を重視する傾向にある。これは今後の鉄道車両開発にとって重要なキーワードである。

電車内のテレワークのイメージ(画像:写真AC)

ライフスタイルの変化

 新幹線や特急車両には個室が作りやすい。実際に東武特急など在来線の特急列車には個室があるものもある。しかし、観光用に作られた個室でも、平日や閑散期にひとりでテレワークができるようなプランを用意すれば、仕事で使いたいというニーズにも応えられる(もちろん、必要な運賃は上乗せされる)。

 高速バスのなかには、追加料金を払えば4列シートバスの座席をひとりで2席分並べて利用できる「ダブルシート」プランを用意しているところもある。このようなシステムは、個室でなくてもテレワークをサポートできる。

 高価な個室の回転率も上がるかもしれない。通勤電車でも、前述のデュアルモードカー(昼間はロングシート、ラッシュ時は前向きシート)の座席にパーテーションと机を追加するだけで、個人スペースができる。パーテーションを置くだけでもプライバシーが保たれ、安心できるのだ。

 通勤電車でも工夫次第でテレワークがしやすい環境になる。富山地方鉄道のレトロ電車では座席の前に机があり、このような車両が増えればテレワークがしやすくなるのではないか。短時間でも仕事をしたいビジネスマンや、リポートを書きたい学生は少なくない。

 かつて山陽新幹線にはサイレントカーやシネマカーがあった。個々に仕事をするスペースだけでなく、長時間の移動のなかでゆったりと休めるスペースを設けることは、ビジネスマンのウェルビーイングの向上にもつながるはずだ。

 社会の関心は、最低限のインフラやサービス量を確保する昭和のシビルミニマムから、多様なライフスタイルに配慮しつつ質を重視する平成の

「アメニティーミニマム」

へと変化している。インターネット上で簡単にワークスペースの予約や決済ができるようになり、ブロードバンド技術の発達でテレワーク自体も容易になった。このような社会的潮流を利用して、個人を重視できる鉄道の可能性を試してみるよい機会ではないだろうか。

電車内のテレワークのイメージ(画像:写真AC)

求められる空間価値の向上

 オフィスに行かない働き方が増えたとしても、ワーケーション(旅行を楽しみながら仕事をする働き方)を取りたい層は存在するし、オンライン会議が普及した現在でも出張を必要とする業種は少なくない。

 2023年度上半期の4月から9月までの新幹線利用率は、おおむね新幹線コロナウイルス発生前の8割から9割の水準であった。

 この数字の解釈次第では、平日のビジネス利用の減少をどう補うかという問いに対するひとつの答えとして、テレワークも視野に入れた臨時料金収入の検討が必要かもしれない。在来線区間も同様だ。個性的な働き方を望む人は多い。

「よいスペースには一定の対価を」

という方向で経営を安定させることも重要である。