タクシー不足解消のためを謳う「日本版ライドシェア」が各地でスタートした。本来のライドシェアは一般ドライバーと乗客をアプリでマッチングするサービスを指すが、日本ではタクシー会社に雇用されたドライバーが、自家用車を使い、会社の運営管理の下で業務を行なう。サービス解禁後、ドライバーや乗客はどんな利用の仕方をしているのか。フリーライターの清水典之氏が、都内でライドシェアのドライバーを始めた40代男性に取材。その実態と今後の課題を報告する。

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 この4月8日から東京都や神奈川県、愛知県、京都府の4都府県の一部で、ライドシェア・タクシーが解禁された。これにより、二種免許を持たない人でも、自分のクルマでタクシー営業ができるようになる。5月からは札幌市や大阪市、福岡市など8地域にも広がる。

 日本版ライドシェアは「タクシー不足の解消」が目的なので、ライドシェアの稼働はタクシー需要の高まる時間帯だけに限られている。平日(月〜金)は午前7時〜11時で、金曜のみ午後4時〜8時もOK。土曜(金曜の深夜)は午前0時〜5時、日曜は午前10時〜午後2時。東京都では23区や三鷹市、武蔵野市が営業エリアになる。ライドシェアの車両は“駅待ち”や“流し”はできず、タクシーアプリからの呼び出しにのみ対応する。

 他にも、ドライバーはタクシー会社への登録が必要で、料金も普通のタクシーと同一にするなど、さまざまな制限がある。そのため、XなどのSNSでは、「タクシー会社が既得権を守るために趣旨を歪めた」といった批判を目にするが、実態としてはどうなのか。

 ライドシェアのドライバーであることを公表しているXアカウント「40代ギグワーカー」氏に、都内で会って話を訊いた。同氏は、本業で会社を経営をしていて、副業でライドシェアを始めたという。

 取材日(4月18日)までに同氏が稼働したのは5日(5回)で、すべて平日午前中の4時間。1日あたりの乗車回数は4〜8回、収入は1万円〜1万6000円(ガソリン代をのぞいた実益はおおよそ8000円〜1万4000円)だったという。

「稼働初日はキャンセルだらけ」

「稼働初日は、キャンセルだらけでした。お客さんがタクシーアプリで配車をリクエストするとき、普通のタクシーが来るのか、ライドシェアが来るのかわからないようになっていて、アプリで『ライドシェア・タクシーが来ます』と通知されると、びっくりしてキャンセルしてしまうようです。キャンセルしたのはほとんどが女性でした。まあ、お客さんの気持ちになって考えると、理解できますけどね。ただ、不思議なことに、2日目からはほとんどキャンセルはなくなりました。お客さんはみなライドシェアに興味津々で、あれこれ聞かれまくっています」(40代ギグワーカー氏、以下同)

 稼働したのは平日の午前中のみとのことだが、たとえば金曜深夜(土曜の午前0時〜5時)は深夜料金が加算され、遠距離の需要も多そうなのに、なぜ稼働しなかったのか。

「泥酔したお客さんを乗せて、車内で吐かれたりしたときにどうするかという問題があるのです。器物破損になるので、損害賠償を請求できるはずで、タクシー会社の場合、車両は会社の所有なので、会社に請求権がある。一方、ライドシェアの場合、車両はドライバーの私物です。

 だから、最初に応募した会社で『お客さんに請求していいか』と聞いてみたのですが、『お客さんへの請求は禁じています』と言われ、ちょっと揉めて、応募を取り下げました。次に応募した会社でも同じように言われましたが、『こちらからは何も申し上げません。なるべく夜は稼働しないでください』と言われて、一応、納得し、夜は稼働しないことにしたんです」

 客とのトラブルに対する方針があいまいなままでは、深夜に走るライドシェアのドライバーはいなくなり、タクシー不足の解消には貢献しないことになる。

「他にも、(所属するタクシー会社に)稼働エリアは当初、新宿、渋谷、目黒、世田谷、港区の5区のみと聞いていたのですが、開始の前日に環七より内側の都内全域に変わり、金曜深夜の稼働時間も1時間延びて朝5時までになりました」

 見切り発車で始めた感があるという。

クルマは「緊急自動ブレーキの装備が必須」

 クルマさえあれば誰でもライドシェアを始められるというわけではない。タクシー会社に登録する必要があり、それにはいくつか条件がある。

「ドライバーは、運転経験が10年以上、無事故2年以上が条件。車両については、緊急自動ブレーキの装備が必須で、新規登録から10年以内、5人乗り以上のクルマという条件がつきます。これらの条件だと、年齢は必然的に28歳以上になり、車両も軽自動車はダメで、比較的新しい普通車が必要になる。

 1日4時間稼働で1万円前後稼げるなら、割が良さそうに見えますが、タイヤ代やオイル代などが別途かかり、すべて自己負担です。すでにクルマを持っている人ならいいが、ライドシェアのために新たにクルマを購入して始めるのは、収支的にけっこう厳しいでしょう。若い人が参入するにはハードルが高く、実際、初日の点呼(オンライン)に参加していた3人の内、私以外の2人は白髪の初老男性でしたね」

 今の条件のままだと、ドライバーの若返りもあまり期待できないという。

 二種免許を持っていな人がタクシーとして営業することに、「安全性に不安がある」といった意見も聞かれる。登録した後、タクシー会社ではどんな研修を受けるのか。

「健康診断と適性検査を受けて、簡単な安全講習があって、『じゃあ、運転してみましょうか』とタクシー会社の人を乗せて30分ほど運転しました。『交差点を左折するときには、道路の左側に寄せてください』とか、本当に基本的なことだけ。『ハンドルは必ず両手で握ってください』と言われましたね。見た目が悪いそうで、お客さんから苦情が来るようです。

 二種免許と運転のうまさは関係ないと思います。プロのドライバーでも、急発進、急加速を繰り返す人はいるし、タクシーが事故を起こしているシーンはよく見ますよね」

 実際に、走行距離1億キロあたりの事故件数は自家用車やバスなどに比べてタクシーが突出して多く、特に空車時の件数は実車時に比べて2.8倍(2021年)も多い(国土交通省「事業用自動車の交通事故統計(令和3年版)」より)。客を探すために歩道ばかり見ていることや、長時間の労働、運転手の高齢化など原因とされている。ライドシェアの場合は、タクシーアプリからの配車だけなので、歩道を気にする必要はなく、稼働時間も短い。現時点では、どちらが安全かは一概には言えないだろう。

「ライドシェアの料金は安くすべき」

 ライドシェアのタクシーを体験するため、記者はタクシーアプリで呼んでみることにした。一般的なタクシーアプリでは、普通のタクシーとライドシェアのどちらが配車されるかわからないが、「ウーバー」のアプリでは、ライドシェアを選択して呼べる。

 そこで、午前10時頃に板橋区内でライドシェアをリクエストしてみたところ、「ドライバーを見つけるのに時間がかかっています」と10分ほど待たされた後、「対応可能なドライバーがみつかりません」とキャンセルされてしまった。電車に乗って場所を変えて、もう一度、配車をリクエストしてみたが、やはり同じように待たされた挙げ句、キャンセルされた。稼働中のドライバーはそんなに少ないのか。

「普通のタクシーかライドシェアのタクシーかを選べるなら、料金は同じだから、わざわざライドシェアを選ぶ人はいないでしょう。呼ばれないのなら、稼働するドライバーもいなくなる。だから、他のタクシーアプリでは、お客さんが選択できないようにして、ライドシェアを混ぜて配車しているわけですが、これは良くないと思う。ライドシェアの料金は安くすべきで、そうすれば選ぶ人も出てくると思います」

 見切り発車で始まったかのようなライドシェアだが、規制で守られた業界に小さな穴を開けたのは事実。今後の改善を見守りたい。

取材・文/清水典之(フリーライター)