日本各地で日々新たな映画館がオープンしているなかでも近年、特に話題をさらったのが、東京・新宿歌舞伎町の新たなシンボルとして2023年4月14日に開業した「東急歌舞伎町タワー」内の「109シネマズプレミアム新宿」だろう。109シネマズが良質な映画体験を提供するために生みだした新たな形態のシネマコンプレックスであるこの劇場。一般的な映画館のロビーとは異なり鑑賞チケットを購入した人しか入ることができないラウンジは、まるでホテルを思わせる落ち着いた空間になっており、全8スクリーン総座席数752席のシアター内は、全席プレミアムシートで映写・音響共にハイスペックな設備を完備。すべてにおいて高級感にあふれた上質な環境で映画を届けるという、従来の常識を覆す映画館として注目を集めてきた。

MOVIE WALKER PRESSでは、「109シネマズプレミアム新宿」を運営する株式会社東急レクリエーションの久保正則取締役と、同劇場の廣野雄亮支配人、そして「東急歌舞伎町タワー」の場所でかつて営業していた大劇場「新宿ミラノ座」の横田浩司元支配人にインタビュー取材を敢行。「109シネマズプレミアム新宿」のオープン後、来場者からどのような反響が集まっているのか、また日々進化を続ける歌舞伎町という地への思いについてたっぷりと話を聞いた。

■「映画館に来れば、同じ作品もここまで違うのだと味わってほしい」

1956年12月1日に、新宿歌舞伎町にオープンした「新宿東急文化会館」。開業時は1500席(当時)を擁する「新宿ミラノ座」と1000席(当時)を擁する「新宿東急」の2館のみだったが、その後1971年に「シネマミラノ(旧:名画座ミラノ)」が、1981年にミニシアターの先駆と言える「シネマスクエアとうきゅう」がそれぞれオープン。1996年に建物名称を「新宿TOKYU MILANO」と改称するなど幾度のリニューアルを経ながら、日本を代表する興行館として、そして映画文化の発信地として多くの映画ファンから親しまれてきた。

なかでもビル一階の広場に面した「新宿ミラノ座」は、21世紀に入ってからも日本を代表する大劇場として映画文化を支え続けた。70mmフィルムも上映可能だったスクリーンは最大時で縦8.85m×横20.2mの大きさを誇り、2003年の「渋谷パンテオン」閉館、2008年の「新宿プラザ劇場」閉館後は、国内唯一の1000席超の興行館として存在感を示す。そして2014年12月31日、スティーヴン・スピルバーグ監督の『E.T.』(82)を最終上映作品とし、惜しまれながら半世紀以上の歴史に幕を下ろした。

――「新宿ミラノ座」をはじめとした「新宿TOKYU MILANO」があった場所に、いま改めて映画館を作ろうと決めた経緯からお聞かせください。

久保正則(以下、久保)「新宿ミラノ座は、当社としても日本の映画文化においても象徴的な映画館でした。2014年末の閉館当初から、いずれこの場所で再開発が行われる際には新たな映画館を作ろうという思いが会社全体の総意としてありましたが、いざ開発計画が進んでいくなかでは、映画館を作らなくてもいいのではという意見も出てきました。それは広場を挟んだ正面にTOHOシネマズ新宿さんがあり、周辺にはすでにいくつもシネコンが存在しているからです。それでもやはり当社発祥の地といっても過言ではない新宿という場所には、基幹劇場が必要である。新たな映画館を作りたい。その想いからすべてが始まりました。

新宿は昔もいまも、日本有数の映画街です。そのなかに新たに加わるのですから、しっかりとした映画館を作りたい。どうせならば、いままでにない体験ができる映画館にしてみるのはどうだろうか。映画館はどこもすばらしい設備が備わっていて、家庭で観るよりも優れた環境が整っています。それよりもすばらしい映画館にするならば、まずなにをすべきなのか。落ち着いた環境で、映画を観る前から観たあとまで一連の体験を提供できるような環境を整えていく。それが必要不可欠でした」

廣野雄亮(以下、廣野)「当社にとって特別な意味のある場所に、特別な映画館を作る。ほかとは違う映画館を目指す上では、かなり紆余曲折がありました。そのなかで我々が一番大事にしたいと思ったのは、映画の世界に没入する環境を提供することでした。そこで坂本龍一さんに音響の監修をしていただいたり、ラウンジで流れるBGMの楽曲を提供していただいたり、それが軸になっていろいろなことが決まっていきました」

――全部で8スクリーンあり、全シアターが坂本龍一さん監修のSAION-SR EDITION-という特別仕様ですね。シアター3にはDolby Atmos、シアター6にはScreenXが採用されています。近年増加しているIMAXやDolby Cinemaを選択しなかったのはなぜでしょうか?

久保「やはり同じものを作ってお客様を奪い合うようなことだけはしたくなかったというのが大きな理由です。IMAXもDolby Cinemaもすでに近隣に導入されています。私たちの目標は、映画館で映画を楽しんでくれる人たち、つまり映画人口を増やすことです。配信などで家庭のテレビでも楽しめる作品が、映画館に来ればここまで違うのだと知っていただきたい。それで少しでも多くの方が映画館に足を運ぶきっかけになってくれればいい。なので、新宿という街にやってきた方が映画を観ようと思った時に、選択肢の一つになる映画館になればと考えたからです」

■「音楽映画は、その違いが特にわかると思います」(久保)

――オープン後、実際に来場された方からはどのような反響が届いているのでしょうか?

廣野「やはりこれまでにないサービスを提供していく映画館ですので、オープン前には正直かなりドキドキしていました。ですが、来場してくださったお客様からは『こんな映画館見たことがない』という声や、『ここで観たらもうここでしか観られない』といった、たいへんうれしいお言葉ばかりをいただけて、信じてきたことが間違いじゃなかったんだなと噛み締めているところです」

――他の映画館と比較して、全体的な客層や作品の集客など違いはあるのでしょうか?

廣野「やはりある程度チケットの金額を高めに設定させていただいていますので、ご家族連れよりも30代以上の方が多い傾向にあります。それは予想していた通りではあるのですが、ゴールデンウィークの際には特別なイベントとして映画を楽しみに訪れた家族連れの方も多くみられました」

久保「作品によっての客層ですと、ご来場者様にお送りしているアンケートの回答を通して驚くような発見がありました」

廣野「そうなんです。鑑賞環境の優れた映画館であるということが多くのお客様に伝わっているからこそ、皆さんすでに何度も観ているような好きな映画を一番良い環境で観るために足を運んでくださるのです。例えば一昨年からのロングランを記録した『RRR』や、昨年2月に公開された『BLUE GIANT』のようにリピーターが続出している作品は、とくに大きな反響がありました」

久保「やはり音響にこだわりを持ったことが奏功したのだと感じています。『BLUE GIANT』のような音楽映画は、その違いが特にわかると思います。当館だけで上映していた、坂本龍一さんのソロコンサートを再編集した『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022+』も多くの反響をいただきました。その冒頭で坂本さんは、なぜ当館の監修を務めたのかというお話をされているので、よりこの場所で観る意義があったはずです。また坂本さんの新たな長編映画が制作されているので、完成した際にはすごく良い環境でお届けできることを楽しみにしております」

■「ミラノ座のDNAを受け継ぎたい」(久保)

――横田さんはミラノ座の元支配人として、この場所に映画館が新たに生まれたことにどのような感慨を抱いていますか?

横田浩司(以下、横田)「ミラノ座は、作品と映画館とがリンクする唯一無二の映画館でした。シネコンが主流になったいま、おそらく映画を観てもどこのスクリーンで観たか紐づいている方は決して多くないのではないかと思います。でもミラノ座の場合は、『あの映画をミラノ座で観た』ということが、いつ誰と観たかという思い出と共に残る映画館でした。だからこそ、この場所にできる新たな映画館も、“ここで観た”という体験がずっと残る映画館になってほしい。そう願っています」

久保「先ほども“象徴的な映画館”とお話ししましたが、やはりミラノ座に強い思い入れを持っている人はたくさんいらっしゃると思います。そのような方々に喜んでいただけるような仕掛けといいますか、例えば入口手前のレセプションにはミラノ座のスクリーンカーテンをイメージしたアートが飾られていたり、10階のプレミアムラウンジ『OVERTURE』には、『ミラノ座の記憶』と題したフィルムアートが飾られていたりします。

シアター8に35mm映写機を導入したのも、元々はミラノ座のDNAを受け継ぎたいという想いからスタートしたものでした。ですがデジタルとフィルムを併設するのはハードルが高く、悩んでいた時に坂本さんのフィルムに対する想いが背中を押してくださって導入を決断するに至りました。日本中の映画館を探し回って映写機を譲っていただき、そこにリールや整流機などミラノ座で使用していた部品を付けて稼働しているのです」

横田「東急歌舞伎町タワーの外観も、新宿TOKYU MILANOの建物の大きさと色を再現しているんですよね?」

廣野「そうなんです。アーチ状になっているピンク色の部分は、昔の新宿TOKYU MILANOの建物と同じ高さなんです」

久保「建物の外観全体は水をイメージしていて、それは元々ミラノ座の前にあった広場の噴水がモチーフの一つ になっています。ミラノ座の最終上映の時、横田さんが挨拶で『新宿ミラノ座は永久に不滅です』とおっしゃっていましたが、こういうかたちで受け継がれているのです」

廣野「最終上映はすごいイベントでしたよね」

横田「あの時はたしか2000人ぐらい来場していただいたと思います。通路にも人があふれていて」

久保「それだけ皆さんの思い出が詰まった場所ですので、唯一無二のシネコンを作らなければいけないと、絶対の自信をもって提供しています。他の映画館もいいけれど、その上をいくにはどうしたらいいのか。やはり坂本さんの力無くしては実現できなかったでしょう」

■「映画を楽しむ街という側面を守っていきたい」(廣野)

――多くの映画館が軒を連ねた時代から歌舞伎町という街自体が大きく変化してきたと思います。“歌舞伎町”という街の現在について思うことをお聞かせください。

横田「2000年前後までは、シネコンではなく単独で営業している映画館が歌舞伎町だけで15劇場。キャパシティにして7600席ありました。当時それぞれの支配人たちが集まって、一緒になにかできないかと話し合ってできたのが“シネシティ” だったんです。それまでは歌舞伎町という街にある映画館の一つという立場だったものが、そこから徐々に街ぐるみで一緒になり、映画館で街を盛り上げ、街からも盛り上げてもらう。そんな関係に変化していきました。

でもそこから映画館が一つ閉館し二つ閉館し、最後にはミラノ座もなくなりました。一時期は街全体が閑散としていて、あまりいい印象を持たれていないこともありました。ですが、いまはコロナ禍を経て、人の流れもだいぶ変わってきたと思います。街を歩いている人たちもインバウンドや若い人たちが増えて、昔は昼間でも歩くのを躊躇ってしまうような雰囲気だった場所も、若い子が1人で歩いても大丈夫なように変わってきた。どんどんと街が変わり、誰でも来やすい歌舞伎町になったような印象を受けています」

廣野「歌舞伎町に毎日通うようになって感じることは、奥が深いといいますか懐が深いといいますか、いろいろな方々やいろいろなお店があって発見の尽きない街。それは横田さんをはじめとした街を盛り上げようとしていた方々が築いたものがあるからで、映画を楽しむ街という側面も大事に守っていけたらいいなと思います」

久保「入社当時、私もミラノ座にいたことがあるので昔の歌舞伎町をよく知っていますが、だいぶ変わってきたなと感じています。この東急歌舞伎町タワーを作ることで、ビルに合わせて道路も整備されたり街灯が作られていったり、より歩きやすい街になったのではないでしょうか。まだ少し怖い街だとイメージを抱かれている方も、来てみたらきっとビックリすると思います。圧倒的なパワーがあって、とても魅力的な街になっていますから」

廣野「目の前の広場は、週末や夜になるとすごい人で賑わいますからね」

久保「一時は若い人たちがたむろして社会問題にもなりましたが、広場に活気が生まれればなにか変わっていくのではないかという期待もあります。また歌舞伎町が一つになって街ぐるみで盛り上げていこう、そんな動きも出てきています」

廣野「そうですね。東急歌舞伎町タワーの開業前から、音楽や食のイベントを開いたり、映画関係だと『東京リベンジャーズ2』のジャパンプレミアを華々しく行ったりしました。ただ広場があるだけでなく、いつもおもしろいことをやっている場所を目指していくことが、我々の思いでもあるので、これからも色々と取り組んでいく予定です」

久保「『東京リベンジャーズ2』のプレミアの時には、この建物の6階から8階にある劇場「THEATER MILANO-Za」で本編の上映を行なったんです。かつてのミラノ座のような大劇場を復活させたいという思いもありましたが、やはり一つの大劇場だけで経営していくのは難しいのが現状です。でもTHEATER MILANO-Zaでは900席ぐらいのキャパシティに大きなスクリーンもあって映画が流せる。普段は演劇作品などを上演していますが、その合間をねらって今後も映画のイベントを行なって、大劇場で映画を観る楽しみを継承していければと考えています」

――最後に、今後も“プレミアム”なシネコンを作っていくのか等、劇場としての展望をお聞かせください。

久保「まだ正式な発表段階には至っていないのですが、今後もこの109シネマズプレミアム新宿のような特別な形態の映画館を作っていく可能性は十分にあります。そのためには、最初のチャレンジとなったこの新宿で、いま浮き彫りになっているいくつもの課題を一つずつ解決していく必要があります。

アンケートの結果やSNSでの反響を分析していると、まだまだ多くの人に足を運んでもらわなければいけない段階にあると思っています。アンケートでは、若い世代のお客様からの反応がすごく良いのですが、毎回映画を観る時に選んでもらえるかといえば難しいでしょう。だからこそ、より多くの若い世代の人たちにこの映画館を体験してもらえる機会を、我々の方から発信していくことが必要です。以前、坂本さんの作品を30歳以下の方限定で無料招待するオールナイト上映をしたり、『エヴァンゲリオン』など庵野秀明さんの作品を上映するなどの施策を行ってきましたので、今後も積極的に若者向けのイベントを続けていきたいと思っています」

廣野「作品単位でも、この映画館の上質な上映環境でこの映画が観たいという皆さまの思いに応えられるような企画を考えていきたいです」

久保「もちろん坂本さんの関連作品は、今後もずっとなにかしら上映していくと思います。旧作でも興行できる作品を探したりなど、坂本さんの事務所と連絡を取り合いながら、ここの映画館ならではのものとして続けていければと思います」

廣野「35mmフィルムでの上映も含めて、映画文化を継承していくことが坂本さんの思いであり、同時に我々の思いでもあります。それを大切にしていきながら、映画を映画館で観ることの楽しさを伝えられるように努力してまいります」

取材・文/久保田 和馬