H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスが中国南部の水鳥から発見されたのは1996年だが、米国では最近、家禽から家畜のウシへの感染が確認されたことで再び懸念が高まり、汚染された食料が米国全土に出回らないか心配する声が上がっている。

 鳥から畜牛への異種間感染は過去に例がなかったが、牛乳の汚染はわずか数週間のうちに広まった。米食品医薬品局(FDA)によれば、米国内で販売されている牛乳のうち、PCR検査した少なくとも20%でウイルスの断片が検出された。

「このウイルスは長い間存在してきましたが、米国に住んでいる人にとっては対岸の火事でした」と、米セントジュード小児研究病院のインフルエンザウイルス学者で、世界保健機関(WHO)動物におけるインフルエンザ生態学共同研究センターの責任者リチャード・ウェビー氏は言う。「いよいよ米国に上陸したことで、鳥インフルエンザはウシという新しい宿主を大量に発見し、大暴れしているのです」

 このウイルスがもたらす脅威と、米国の食料供給が危機に直面しているのかどうかを理解するために、ウェビー氏に話を聞いた。

鳥インフルエンザ拡大のこれまで

 主に鳥に感染するウイルスであるH5N1は、ヒトにも感染する可能性がある。しかし、そうした例はまれであり、2003年にデータを集め始めて以来、世界中で報告されたヒトの感染例は889件にとどまっている。

 ただし、確認された感染件数こそ少なくても、その致死率は恐ろしく高く、感染した889人の半数以上が死亡している。

 感染者の大半は、生きた家禽を売る市場がたくさんある地域に出入りしていた。感染している個体は、唾液、血液、粘液、糞を通じてウイルスを排出することが知られており、そうした市場ではヒトへの感染が起こりやすくなっているとウェビー氏は言う。

 しかし、そのような家禽市場に通う人の多さや、このウイルスが30年近くにわたって各市場にまん延してきただろうことを考慮すると、ヒトへの感染は比較的まれだったと言える。また、ウェビー氏によると、このウイルスが「重い病気を引き起こし、死に至らしめる能力」を持っていることは間違いないが、感染しても軽症であったり、まったく症状が出ない場合もあるという。

「こうした家禽市場が多い東南アジアの人々の血液を調べると、かなりの割合がウイルスへの抗体を持っていることがわかります。これは、彼らの多くがすでに鳥インフルエンザに感染したものの、それに気づかなかったことを示唆しています」

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