クリスティナ・アップルゲイト氏はコメディドラマ『デッド・トゥ・ミー 〜さようならの裏に〜』でシニカルな寡婦を演じ、視聴者を爆笑の渦に巻き込んだ。しかし、カメラに写っていないところで、足先のしびれを感じ始めていた。それから数カ月のうちに車椅子に乗るようになったと、彼女は最近のTVインタビューで明かしている。そして、多発性硬化症との診断を受けた。

 アップルゲイト氏の症状はしかし、それだけでは治まらなかった。脳の病変により、全身に痛みが引き起こされた。うつ病も発症した。「生きる喜びが感じられません……もう何も楽しいと思えないのです」。6月4日に配信された自身のポッドキャスト『MeSsy』で、アップルゲイト氏はそう語っている。「これが運命なのだという気がしています」

 多発性硬化症とは、中枢神経系の神経線維を保護している髄鞘(ミエリン)が炎症のせいで壊れる病気だ。ミエリンは電線を包む絶縁体のカバーのように、電気信号が伝わる神経線維を保護している。そのため、ミエリンが破壊されると、病気が進むにつれてさまざまな神経症状を引き起こす。

 ちなみに「多発性硬化症」という名前が付けられたのは、病変が中枢神経系のあちこちにできて(=多発性)硬くなる(=硬化症)からだ。

 多発性硬化症の患者は世界で約290万人、米国では100万人近くにのぼる(編注:厚生労働省が2017年に行った第5回全国臨床疫学調査によると、日本の多発性硬化症の患者数は約1万8000人)。

 神経系への攻撃は、強烈な症状が現れる数年前からすでに始まっている可能性がある。米カリフォルニア大学サンフランシスコ校の神経科医ライリー・ボーブ氏によると、救急車を呼ぶほどの症状ではなくとも、何かがおかしいと感じられる場合があるという。

 多発性硬化症を診断する確実な検査は存在しない。診断の手がかりとなるのは病歴と脳スキャンだ。脳スキャンからは、異なる時期に、異なる場所にできた病変がいくつも確認される。

 多発性硬化症の影響は、人によって実にさまざまだ。「ひとりの多発性硬化症の患者に会ったことがあるとしても、それはひとりの多発性硬化症の患者に会ったことがあるという以上の意味を持ちません」。米ニューヨーク大学で多発性硬化症の研究を指揮するリー・シャルベ氏はそう語る。

 症状は千差万別であり、この病気についてはまだ謎が多い。それでも研究のおかげで、多発性硬化症の原因や治療法がわかり始めている。

一般的な症状は、感知されにくい症状も

 多発性硬化症は多くの場合、症状が治まったり再発したりを繰り返す「再発寛解型」と、症状が徐々に悪化を続ける「進行型」に分類される。しかしボーブ氏は、このように二分して考えるのは間違いだと語る。「だれもが症状の悪化を経験します。それはだれもが年をとっていくからです」

 人の筋肉量や筋力は加齢とともに低下する。多発性硬化症の患者の場合は、それに加えて加速度的に老化が進むため、低下の度合いがより大きくなる。再発寛解型と進行型のどちらなのかに注目するよりも、重要なのは、炎症によるミエリンの破壊が悪化していて、新たな病変が積極的に症状を生じさせているかどうかを理解することだと、氏は述べている。

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