慶應義塾大学教授で国際政治学者の細谷雄一が2月23日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。ロシアによる侵略から2年が経過したウクライナ情勢について解説した。

【ウクライナ侵略2年】JR渋谷駅前でロシアに対し抗議活動をする在日ウクライナ人ら。ウクライナの国歌を聞く人たち=2024年2月24日午後、東京都渋谷区(鴨川一也撮影) 写真提供:産経新聞社

【ウクライナ侵略2年】JR渋谷駅前でロシアに対し抗議活動をする在日ウクライナ人ら。ウクライナの国歌を聞く人たち=2024年2月24日午後、東京都渋谷区(鴨川一也撮影) 写真提供:産経新聞社

ロシアによる侵略から2年、ウクライナの民間人の死者は1万人を超えたと国連が発表

国連ウクライナ人権監視団(HRMMU)は2月22日、2022年2月に始まったロシアによるウクライナへの全面侵略以降、ウクライナ領内で少なくとも1万582人の民間人が殺害されたとする報告書を発表した。子どもも587人が殺されている。

飯田)激戦地の周辺や、ロシア占領地の被害は把握しづらいので、実際はもっと多いのではないかとも指摘されています。

細谷)本当に不毛な戦争です。一体何のために戦争を続けているのか。ほとんどプーチン大統領個人の、「国内の政治基盤を安定化させるために続けざるを得ない」という政治的な思惑によるものです。いまやめれば、ほとんど何の成果もなく、不毛な人命の損失になります。

3月の大統領選に向けてロシア国内に「戦果があった」ことを伝えたいために攻勢を掛けるプーチン大統領

細谷)ロシア側にも約30万人の死傷者が出ていると言われています。国内でも相当の兵力を失い、不満が溜まっている。プーチン大統領としては3月に大統領選挙がありますので、攻勢を掛け、一時的にでもロシア国内に「戦果があった」と示したいのです。個人の欲求で攻撃を増やし、また人命損失が増えている状態だと思います。

飯田)そのプーチン大統領の意図があるから、ウクライナとしても「いますぐ停戦」という提案は受け入れられない。

クリミア併合から10年のロシアの攻撃を見ているウクライナ 〜ロシアの行動をまったく信用していない

細谷)そもそも、いまはロシアとウクライナで停戦を議論できる状況ではないと思います。2015年のいわゆる「ミンスク2」と言われる合意でも、ロシアは相手の防御を弱めて効果的に攻撃するため、一時的に停戦を提案しました。相手の力が弱まったとき、一気に広げていくのはロシアの得意な手法です。また、国内の戦力を充足させる意図もある。戦力を補充する時間稼ぎのため、意図的に停戦するのです。

飯田)意図的に。

細谷)当然ながらウクライナはそれをよく知っています。2024年2月20日でクリミア併合から10年が経過しましたが、ウクライナにとっては戦争の10年です。我々がロシアの攻撃を見ているのはこの2年間だけですが、ウクライナの人たちは過去10年の攻撃を見ているので、「ロシアの行動をまったく信用していない」ということが重要なポイントだと思います。

「ブダペスト覚書」英米に裏切られたウクライナ

飯田)ウクライナにとっては、自国の領土を蹂躙され続けた10年になるわけですから、ここで諦めることはできない。

細谷)1994年12月の「ブダペスト覚書」でアメリカ・イギリス・ロシアは、ウクライナが核を放棄する代わりに、ロシアだけではなく、アメリカとイギリスもウクライナの領土主権を守るというアシュアランスを提供すると言ったわけです。ウクライナからすれば、アメリカとイギリスにも騙されたという心地でしょうし、大きな不満だと思います。

一時的な国際環境の流れで劣勢を強いられているウクライナ

飯田)ここへきて、西側の支援にも暗雲が垂れ込めていますか?

細谷)いまウクライナは劣勢に苦しんでいます。ゼレンスキー大統領も認めていますが、最大の理由は、昨年(2023年)末からロシアへ大量に北朝鮮とイランの兵器が入っていることです。北朝鮮からの弾薬と、イランからのドローン。ロシアはそれを効果的に使って攻めています。その前の段階では、ロシアは弾薬もドローンも足りなかったわけです。特に経済制裁の効果で、ドローンのような先端的な機器の部品入手は困難でしたが、イランから入るようになった。もともとイランも北朝鮮も国連制裁を受けている国で、結局はそういう国からしか入手できない。逆にウクライナ側は、アメリカ議会下院が支援を止めていますから、本来入るはずの9兆円規模の支援が入ってきません。一時的な国際環境の流れで、苦境に立たされているのです。

EUと欧州諸国の支援を足すと実はアメリカの2倍

飯田)現状、足元はロシア優勢になっていますが、また反転する可能性もありますか?

細谷)よいニュースとしては2月1日、欧州連合(EU)による8兆円規模の支援の合意が出ています。これは大きい支援です。「アメリカからの支援」ばかりが注目されていますが、実はいままでの資金で考えると、EUと欧州諸国の支援を足すとアメリカの2倍規模なのです。

ミサイル攻撃のあったキーウ(キエフ)で、集合住宅の消火活動に当たる救急隊員(ウクライナ・キーウ)撮影日:2024年02月07日 AFP=時事

ミサイル攻撃のあったキーウ(キエフ)で、集合住宅の消火活動に当たる救急隊員(ウクライナ・キーウ)撮影日:2024年02月07日 AFP=時事

世界中から先端的な兵器が入ってくるウクライナ 〜古い兵器に頼らざるを得ないロシア

細谷)トランプ前大統領は「ヨーロッパは何もやっていないではないか」と言っていますが、それは間違いで、EUと欧州諸国の支援を足すとアメリカを遥かに上回っている。それが戦争継続を支えているわけです。しかも、ロシアとウクライナで決定的に違うのは、世界中から先端的な兵器、さらには部品が入ってくることです。

飯田)ウクライナの方には。

細谷)時間が経てば経つほど、ロシアは旧来型の古い兵器に頼らざるを得ないですし、国内での生産も難しい。一方、ウクライナは世界中から先端的な兵器が入る。特に、いま訓練中ですが、航空戦力でF16が夏から配備される予定です。最強の戦車と言われているエイブラムスも今後、数多く入ってきますので、おそらく今年(2024年)の夏から来年にかけて反転していくのだと思います。

国際社会が「どれだけウクライナを支援するか」で戦局は決まる

細谷)イギリスとアメリカのシンクタンクの専門家が最近書いた論文で、「attrition(消耗戦)」というものがあります。「ウクライナが勝利するために最も確かな方法は、消耗性を戦うことだ」と言うのです。つまり、いま攻勢に出ると大変な損失が出るけれど、ロシアに攻撃させて消耗させれば、いずれ兵力・弾薬とも限界に達する。いまもロシアは外国からの兵士にずいぶん頼っているところがあります。そういった意味でも、1〜2年ほど消耗戦で戦わせる。「長くなるほどウクライナは不利」という意見もあるのですが、同時に経済制裁が効いているので、ロシアには先端的な兵器の部品が入らない。実は「どちらにとっても長くなると厳しい」というのが実情だと思います。

飯田)継戦能力で考えると、ロシアは資源を持っている国です。資源価格の高止まりもあり、戦費の調達が容易になっているのではないかという指摘もありますが、いかがですか?

細谷)それも確かだと思います。最近、欧州で行われたシンクタンク「ECFR」の世論調査によると、この戦争で「ウクライナが勝つ」と答えた人はヨーロッパでも約10%と少ないです。一方「ロシアが勝つ」と答えた人は約19%で、これもそれほど多くない。つまり、ヨーロッパの多くの人たちは「どちらも勝てない」と見ているのです。しかし、ウクライナでは約92%が「すべての領土を獲り戻すまでは戦争を継続するべき」と言っていますから、士気は非常に高い。そう考えると、「どれだけ国際社会がウクライナを支援できるか」で、ほぼ戦局が決まってくると思います。

ウクライナの復興には日本の民生的な支援が必要

飯田)アメリカは国内事情があって、なかなか予算が通らない。ヨーロッパはハンガリーのように、ロシアに対して融和的な国もあります。一方で日本は「日・ウクライナ経済復興推進会議」を行いましたが、インパクト的にはどうでしょうか?

細谷)大きいと思います。特に日本は、基本的に殺傷兵器が送れないので、瓦礫除去や民生支援になります。「なぜ地球の裏側にあるウクライナを日本が支援しないといけないのだ」という意見もありますが、欧州全体と比べると、日本の支援は約20分の1なのです。欧州諸国と比べ、日本の支援規模が小さいということが1つあります。

飯田)約20分の1である。

細谷)一方でベトナム戦争のあと、70〜80年代の東南アジアの復興期に日本は政府開発援助(ODA)で経済進出しましたが、それが日本の経済成長につながっています。90年代も同じように、日本はカンボジアへ経済進出しています。そう考えると、ウクライナの特に東部は荒廃していますから、復興する上で日本の民生的な支援は重要になると思います。特に農業です。日本は農業の技術が高いので、農業大国のウクライナに対し、技術支援によって経済を支える。日本とウクライナどちらにとってもWin-Winになると思います。

飯田)確かにカンボジアでも地雷除去を含め、農地の復旧において日本は貢献したと言われています。

細谷)日本は90年代、アルジェリアや中東もそうですが、内戦やテロが多かったマグレブ諸国と言われる地域で商社を中心に進出し、彼らの経済成長を支えていたのです。日本は民間レベルで言うと、冷戦終結後のアフリカを含め世界の不安定な地域に入り、経済成長によって安定化させてきた。日本はその貢献をもう1度振り返る必要があるのかも知れません。

防衛装備品の輸出規制緩和の議論を進める必要がある

飯田)一方、装備品に関しては送るのが難しいと言われます。第三国への武器輸出に関し、規制緩和の協議はされていますが、例えば「防御的な兵器であれば」というような突破口はないのですか?

細谷)実は10年ほど前に、安保法制懇で随分と議論したのです。1990年代後半に、内閣法制局が「武力行使との一体化」という言葉を使った。それが「戦争に加担した」と見られるということで、日本は戦闘を行っている国に対し、さまざまな情報提供も含めて協力できなくなってしまったのです。もともと、そういうものはなかったのですが、非常に厳しい内閣法制局の制約があり、ウクライナ支援も民生品中心に留まっています。いずれ日本は、これを乗り越えなければいけないと思います。