阪神タイガースの38年ぶりの日本一で幕を閉じた2023年のペナントレース。さて、球界でもう一つ話題になったことといえば、北海道日本ハムファイターズの新たな本拠地エスコンフィールドHOKKAIDO(以下、エスコンフィールド)のオープンだろう。
 メジャーリーグを彷彿とさせる選手と観客の距離が近いダイナミックな観客席に加え、試合を見ながら整えるサウナ施設を完備、地元のグルメも堪能できるほか、宿泊施設も備えた新たな北海道の観光地となりつつある。

 筆者(田中謙伍)はAmazon日本法人に新卒入社し、現在はメーカー企業のEC戦略を支援する会社を経営しているが、さらに北海道の交通にかかわる地域活性化の事業も進めている。

 本稿では、エスコンフィールドが注目される裏側で立ち込める“暗雲”について触れつつ、具体的な対策を考えていきたい。

◆“北広島千歳エリア”がアツい。しかし…

 実はエスコンフィールドのある北広島市周辺は、いま北海道経済が飛躍するための起爆剤となっている地域だ。

 エスコンフィールドを中核施設とする北海道ボールパーク内に北海道医療大学のキャンパスが全面移転することが決定。また、お隣の千歳市には5兆円が投じられる予定の世界的半導体メーカーRapidusの工場が進出する。

 関西大の宮本勝浩名誉教授(理論経済学)によると、エスコンフィールドの北海道における経済効果は約1634億6174万円に上るとの試算が出ている。

 その内訳は、建設費による経済効果が約1062億円、入場料や飲食費、交通費など、観客の消費額が約572億6174万円と見込んでいる。

 このように、エスコンフィールドのオープンが契機となり、大きな経済効果が期待できる動きが連鎖的に続いている。

 しかし、きっかけであり中心のエスコンフィールドは依然大きな問題を抱えていることをご存知だろうか。それは「アクセスの悪さ」だ。

◆まだポテンシャルを発揮できていない

 最寄り駅のJR千歳線北広島駅からスタジアムまで徒歩で25分以上。駅との間のバスもタクシーもピーク時は乗るのに大行列。ペナントレースの時期は雪が降らないと言っても、交通の便が悪いと言わざるを得ない。

 エスコンフィールドは試合のない日でもスタジアムを開放し、各種イベントを開催することで野球観戦だけに留まらず、より開かれたコミュニティとしての活用を目指している。にもかかわらず、アクセスが悪いのは、ネガティブな要素であることは間違いない。

 エスコンフィールドが大きなポテンシャルを秘めていることに疑いの余地がない。しかし、そのポテンシャルを発揮できずにいるのが現状だ。

◆「新駅開業」までには計り知れない機会損失が…

 むろん、こういった課題を解決するための動きはある。現在進められているのがボールパーク新駅の建設だ。だが、この構想は時間もコストも想像以上にかかってしまっているのをご存知だろうか。

 まず新駅建設の費用は85億円から90億円。100億円に迫る規模は首都圏での建設と同規模であり、首都圏以外ではほとんどが20億円以下だ。

 新駅は自治体の要望によって建設される請願駅となるため、費用のすべてを自治体である北広島市が自費、国や道からの補助、寄付にて工面しなければいけない。自治体がこれだけのコストを背負うのが容易でないのは言うまでもない。

 とはいえ、そのコストを削減することも不可能ではないという見方もある。有識者によると、ボールパーク新駅は工費20億円、工期2年で建設できるとの見方を示している。

 ただ現状を見てみると、ボールパーク新駅の構想が2019年12月に発表された後、費用面の調整が難航したこともあり、開業は4年後の2028年を予定している。

 つまり、これから4年間、エスコンフィールドはアクセスの悪さというウィークポイントを背負い続けることになるのだ。

 新駅が開業するまでの期間、アクセスの悪さによって失う観光客の数と機会損失額は計り知れないだろう。

◆アクセスする手段がなければ意味がない

 これは、筆者の専門領域であるECでも同様のことがある。

 仮に「よい商品」を作ったとしても、売り場に顧客が来なかったり、気づいてもらえない場所に出店していては意味がない。そこで企業は広告に投資するなどして、「よい商品」を見つけてもらうことで事業が成立するのだ。

 つまり、エスコンフィールドという「よい商品」があっても、そこにアクセスする手段がなければならない。

 参考までに、他球団の状況を見てみよう。

 エスコンフィールドと同じくプロ野球の本拠地である巨人の東京ドームは最寄りの水道橋駅や後楽園駅まで徒歩5分弱、阪神の甲子園球場も最寄りの甲子園駅まで徒歩5分程度で到着できる。

 このままだと、エスコンフィールドはアクセシビリティの問題で、そのポテンシャルを発揮できないまま、少なくない年数を費やすことになる。

◆エスコンフィールドにも共通する「道内交通の問題点」とは

 ではなぜ、エスコンフィールドの可能性を活かしきれない事態となっているのだろうか。

 本来は鉄道の増便や時短化などを進め、観光客を誘致しやすい環境を整えるべきだろう。識者の試算によると、エスコンフィールドにおいては、JR北海道自ら投資をして新駅を建設しても採算が立つ可能性は十分にあるという指摘がある。

 一口で言えば、今の北海道内の交通は「お金がない、人がいない」という避けて通れない課題がある。例えばJR北海道は国鉄民営化の際、赤字前提での経営をスタートさせたが、同社は国から十分な赤字補填をされない状態が続いてきた。

 加えて、JR東日本やJR東海など、ほかの民営化した鉄道会社とは異なり、雪や害獣侵入などの北海道ならではの環境により、JR北海道は利用者数に対して鉄道の運用コストが高くついてきたのだ。

 北海道内には函館、登別、ニセコ、余市、小樽、富良野、十勝、帯広、旭川、網走、釧路など魅力的なコンテンツのある観光地が多い。だが、交通網が有機的に結びついておらず点在してしまっている。結果として、訪れたい場所があってもアクセスの悪さゆえに諦める観光客が少なくなく、これが滞在日数を少なくし、JR北海道の利用機会も減ってしまうのだ。

◆沖縄と比べてもアクセスの悪さが際立つ

 事実、国土交通省によれば、コロナ禍前の2017年における北海道の観光客の平均滞在日数は1.25日であるのに対し、沖縄は3.59日と2倍以上の差がある。

 ただし、両者は単純比較できるものではないだろう。

 沖縄は那覇空港から那覇市街、北谷、浦添、宜野湾など観光地の最北端である名護・恩納村エリアまでほぼ幹線道路沿いから2時間位内でアクセスできる。一方、北海道は新千歳空港から2時間以内でアクセスできるのはニセコが限界である。

 さらに札幌から直接ニセコを訪れた場合、小樽や余市へのアクセスは帰り道を考えると遠回りになる。つまり、魅力的なスポットが点在しており、アクセスが悪いのだ。

 では、それぞれのスポットを結びつけるインフラを整えればよいじゃないか、と思うかもしれない。だが、いまのJR北海道にはそれを実施するための資金もなければ人もいない。

 この問題に対してJR北海道が何もしなかったわけではない。同社は、これまで赤字解消のために廃線・廃駅化を進めたり、札幌都市圏での不動産開発などの企業努力を行ってきた。けれども前述の通り、年間の赤字額はどのJRよりも高い状態が長年続いた。結果として、現在もJR北海道は必要な経費投入も投資もできず、社員の給与も上げられず離職が進んでいるという道内関係者からの指摘もある。

 観光客誘致のためにすべきこととは真逆の動きが進んでしまっているわけだ。ここまでの話を聞いて、「北海道新幹線が開通すればインバウンドの起爆剤になるのでは?」と思う人もいるかもしれない。ところが、事態はそう簡単ではないのだ。

◆「新幹線の札幌延伸」が救世主になると思いきや…

 まず、北海道新幹線の札幌延伸が2030年度に予定されているが、地元有力紙である北海道新聞によると、さらに延伸が4〜5年は遅れるという指摘もある。

 しかし、地元では交通インフラ強化の期待よりも、不安の声があがっているのをご存知だろうか。在来線のJR函館本線の函館ー小樽間が新幹線札幌延伸とともにJR北海道から経営分離されることが決まっているのだ。

 このうち、「山線」と称される長万部−小樽間は廃線を予定している。当然であるが、この廃線は観光客の滞在日数を増やすことに貢献するとは言い難いだろう。現在、廃線後は代替バスが検討されているが、運転手不足がすでに懸念されている。

 北海道内においてより大きな経済効果を生むためには、訪れた観光客にいかにして札幌以外にも足を運んでもらい、滞在日数を増やすかが鍵となる。

 そのために繰り返しになるが、在来線の新駅設置や、増便化により利便性を上げ、沿線住民や観光客からの運賃収入を得て、移動インフラを充実させることが有効だろう。これまでの「鉄道は地元住民の交通手段である」という前提を見直し、観光の文脈をより入れることが不可欠だろう。

 具体的には、運賃の設計を見直すことだ。観光客が利用するレンタカーとタクシー料金を考えると、現在の鉄道運賃はかなり安い。よって鉄道運賃が多少値上げしても観光客は鉄道を利用するはずだ。鉄道会社の収益をあげつつも、地元利用者や定期券利用者には大幅な割引を行う。これにより、地元住民の満足度も維持できる。

 その実現のためには、鉄道局と観光庁が従来の制度設計にとらわれず、柔軟な施策を新たに打ち出す必要がある。

◆新駅設置問題こそ「北海道内の交通インフラの現状」

 上記の施策を打てば、鉄道インフラが充実した状態が維持されるので、観光客の道内滞在日数が増える可能性が高い。

 札幌へ新幹線が開通したとしても、沿線の交通インフラが衰退していてはせっかくの新幹線も宝の持ち腐れとなってしまう。在来線を維持、さらには発展させることを道内観光事業の起爆剤とするのだ。

 現在、エスコンフィールドの新駅設置にすら四苦八苦しているが、ある意味では北海道内の交通インフラの現状をありのままに映し出した結果とも言える。

 エスコンフィールドが今後も多くの人を引き寄せる魅力を保ち続けられるのかどうかは、北海道経済を見る上でのひとつの指標になるだろう。

<TEXT/田中謙伍>



【田中謙伍】
EC・D2Cコンサルタント、Amazon研究家、株式会社GROOVE CEO。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、新卒採用第1期生としてアマゾンジャパン合同会社に入社、出品サービス事業部にて2年間のトップセールス、同社大阪支社の立ち上げを経験。マーケティングマネージャーとしてAmazonスポンサープロダクト広告の立ち上げを経験。株式会社GROOVEおよび Amazon D2Cメーカーの株式会社AINEXTを創業。立ち上げ6年で2社合計年商50億円を達成。Youtubeチャンネル「たなけんのEC大学」を運営。紀州漆器(山家漆器店)など地方の伝統工芸の再生や、老舗刃物メーカー(貝印)のEC進出支援にも積極的に取り組む。幼少期からの鉄道好きの延長で月10日以上は日本全国を旅している