◆2024年冬ドラマの最注目作“ふてほど”
 TBS『不適切にもほどがある!』(金曜午後10時)が冬ドラマの話題をさらっている。物語の舞台は約半分が1986(昭和61)年だが、あの時代を知らない若い世代ほどよく観ている。

 4年前からテレビ界の標準指標である個人視聴率を見てみると、4歳児から高齢者までの全体値は冬ドラマ17本の中で3位。①TBS『さよならマエストロ〜父と私のアパッシオナート〜』第9回までの平均値6.61%、②日本テレビ『となりのナースエイド』同4.53%③『不適切にもほどがある!』第7回までの平均値4.37%――という順番である。

 だが、調査対象から50代以上を外したコア視聴率(13〜49歳の個人視聴率)に目を移すと、順位が入れ替わる。①『不適切にもほどがある!』第7回までの平均値3.51%②『さよならマエストロ』第9回までの平均値3.28%③『となりのナースエイド』同2.80%(ビデオリサーチ調べを基に算出、関東地区、3月10日時点)。

 昭和期と縁遠い10代にもよく観られている。3月第1週(4〜10日)のT層(13〜19歳の個人視聴率)は2.6%で、日本テレビ『新空港占拠』の3.6%に次ぐ2位だった。SNS上などにある「若者は観ていない」との声は多数派の意見と合っていない。

◆“その時代を知ってる層”だけが観客ではない

 決して不思議な話ではない。作風を考えても分かる。コミカル、シリアス、ミュージカル(歌)が渾然一体となり、まるで昭和期の若い世代を魅了したTBS『ムー一族』(1978年)のよう。いつの時代も若い世代は明るくて笑えるドラマに飛びつく。今、ここまで賑やかなドラマはほかにない。

「昭和期を知らないと分からないギャグがあり、だから若い世代はついていけない」といった声もあるが、それも取り越し苦労だろう。確かに第1回に登場した「AXIAのクロームテープ、メタルテープ」や第2回での「クラリオンガール」は若い世代には分からない。しかし、1970年代の子供文化が次々と登場するフジテレビのアニメ『ちびまる子ちゃん』も主な視聴者は子供たちなのである。

「その時代が分からない人は観ない」という考え方は成り立たないのだ。ほかのタイムリープ作品もそう。女子高生が太平洋戦争末期にタイムリープし、出撃を間近にした特攻隊員と恋に落ちる映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(2023年)も主な観客は戦争を全く知らぬ若い世代だった。戦前派、戦中派ではない。

 観る側には未知の世界が描かれるほうが新鮮なのだ。名作映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー(Part1)』(1985年)の場合、主人公のマーティ(マイケル・J・フォックス)たちが30年前にタイムリープし、当時の音楽やファッションが描かれたが、やはり観客は若い世代が中心だった。

◆古今の“価値観の変化”がテーマに

『不適切にもほどがある!』がウケているのは価値観の変化まで描いているから。セクハラ、パワハラ、モラハラなどの出現である。価値観は千差万別だから、扱うのが難しい。描くことによって反感を買いかねない。このため、大半のタイムリープ作品は価値観の描写を避ける。だが、このドラマは逃げなかった。だから批判も一部にある。

 これに関連して磯山晶プロデューサー(56)はこう語っている。

「『昭和から来たおっさん』が、自分の発言のリフレクションを恐れず、傍若無人に意見を言うことで、令和の人々が『今はそんなこと言っちゃダメなんだよ!』と呆れながらも『でもそれってちょっと真理ついてるかも』と考えるきっかけになるような物語を作りたいと思って企画しました」(公式コメントより)

 このドラマは「古い」とされる価値観の中にも守るべきものがあるのではないかという問題提起なのである。主人公・小川市郎(阿部サダヲ)と1人娘で高校2年生の純子(河合優実)が紡ぐ親子愛の形もその1つ。全編にナンセンスギャグが散りばめながら、2人の親子愛はピュアでまるで昭和期の世界。ここまでベタに親子愛を描くドラマはほかにない。

◆気になる今後の展開は?

 市郞は純子のヘソの緒やお宮参りの写真、抜けた乳歯を巾着袋に入れて持ち歩いている。亡き妻・ゆり(蛙亭・イワクラ)との思い出の品々も。こんな父親は今、まずいないだろう。

 この愛情は一方通行ではない。純子も陰ではこう言う。

「(ママが死んだあと)オヤジが笑っちゃうくらいダメになっちゃってさ。毎晩、そこに座って泣いてて。だから今は私がグレて気を逸らしている」(第2回)

 古臭いとも言える親子関係だが、2人の姿に目頭を熱くしている視聴者は少なくないのではないか。親子が今、生きているのは1986年。9年後には阪神・淡路大震災に巻き込まれて亡くなる。ありきたりのタイムリープ作品なら、市郞が未来を変えてハッピーエンドとなるだろうが、おそらく脚本を書いている宮藤官九郎氏(53)はそうしない。

「余命9年だ」(市郞、第6回)

 市郞は最愛の純子と最良で最善の9年を過ごそうと全力を尽くすと読む。

◆タイムリープ作品が急増している

 気がつくと、近年のドラマ界ではタイムリープ作品が急増している。日本テレビ『ブラッシュアップライフ』(2023年)や同『最高の教師 1年後、私は生徒に□された』、(同)、TBS『ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と』(同)と制作が続いた。

 少し振り返ると、TBS『テセウスの船』(同)、フジテレビ『知ってるワイフ』(2021年)などがあった。ドラマ界に限った話ではなく、タイムリープ作品の増加は世界的な傾向である。

 タイムリープ作品は名作映画『クリスマス・キャロル』(1913年)など古くから存在したが、目に見えて増えたのは2000年前後ごろから。・

 まず洋画。『天使のくれた時間』 (2000年) 、『ニューヨークの恋人』 (2001年)、『バタフライ・エフェクト』(2004年)、『ザ・ドア 交差する世界』 (2009年)、『ミッドナイト・イン・パリ』(2011年)――。その後も『TENET』(2020年)、『アダム&アダム』(2022年)などが次々とつくられている。また、ネットフリックスの動画にも長編作品『マニフェスト』がある。

 増えた背景の1つにはストレートな恋愛映画、学園映画や戦争映画などがやや飽きられ、減少したことがある。また、タイムリープ映画は便利な代物なのだ。恋愛や人生哲学、環境問題などあらゆる要素を融合することが出来る。

◆ヒットの肝は何と融合させるか

 日本映画もまたタイムリープ作品が増えた。『ジュブナイル』(2000年)、『サマータイムマシン・ブルース』(2005年) 、『バブルへGO!!』(2007年)、『江ノ島プリズム』(2013年)、『君の名は。』(同)、『九月の恋と出会うまで』(2019年) 、『東京卍リベンジャーズ』(2021年) 『君が落とした青空』(2022)などがつくられた。

 理由は洋画とほぼ同じ。また、発想が柔軟で夢のある作品を好む若い世代にウケが良いという事情もある。実際、日本映画のタイムリープ作品は大半が青春映画だ。さらにCGの発達により、過去や未来が低予算で再現しやすくなったことも挙げられる。

 映画界のトレンドは少し遅れてドラマ界に表れるのが常である。また、日本映画と同じく、ドラマのタイムリープ作品も若い世代に歓迎される。2020年4月に個人視聴率が標準化して以降、コア視聴率を追う民放としては狙い目なのである。

 おそらくドラマ界のタイムリープ作品はまだ増える。ドラマの放送枠数が増える一方でストーリーのマンネリ化が進行しているからだ。

 ドラマの成否のカギを握るのはタイムリープと何と融合させるかである。『ブラッシュアップライフ』はドラマ界が忘れかけていた幼なじみという存在をクローズアップし、その救命に主人公の麻美(安藤サクラ)が命懸けになるという設定を考え、成功した。

『最高の教師』は教育問題と融合させた。新しかった。『ペンディングトレイン』は振るわなかったが、それは登場人物たちをタイムリープさせる理由が乏しかったからだろう。

『不適切にもほどがある!』が描く価値観には批判も一部にあるが、成功した一番の要因も価値観を描いたから。「クラリオンガール」の存在やスマホの出現など文化・文明の変化を扱うだけでは多くの視聴者を惹きつけなかった。

<文/高堀冬彦>



【高堀冬彦】
放送コラムニスト/ジャーナリスト 放送批評懇談会出版編集委員。1964年生まれ。スポーツニッポン新聞東京本社での文化社会部記者、専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」での記者、編集次長などを経て2019年に独立