いつの日か、LDHとそのアーティストたちは、“伝説”になると思っている。いやすくなくとも、社長に復帰したHIROさんが「ZOO」メンバーとしてデビューした瞬間から、すでに神話的な状態はもう30年以上続いているわけで……。
これをどうにか言語化できないものかしら。と、思い続けてきたぼくは、この“夢” をLDHの申し子であり、まさにその嫡子、あるいは皇子的存在感の岩田剛典に仮託することにした。すると好機到来。EXILEと三代目J SOUL BROTHERS(以下、三代目JSB)のパフォーマーを兼務し、2021年にはソロデビューを果たした彼が、待望の2ndアルバム『ARTLESS』を“名盤”として世に放った(3月6日)。

同アルバムがその実、空前のLDH人気や三代目JSB、それと岩田さん個人の国民的な支持の理由を解き明かすと思うのだがどうだろう? イケメンとLDH研究をライフワークとする“イケメンサーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、『ARTLESS』Blu-ray特典映像収録で聞き手を担当したエピソードを踏まえながら、“岩田剛典神話”伝承に挑む。

◆2024年の名盤にして、愛聴盤

ひとりのアーティストが、名盤を放つのは、だいたいどれくらいのタイミングだろう? 誰もが名盤を世に問うことができるわけではないし、しかもタイミングとはやっかいなものだけれど、そうだな、だいたい3枚目リリースまでには誕生する気がする。

早ければ、自らのアーティスト名を冠したセルフタイトルのデビューアルバムだろうし、例えばフィリー・ソウルの名手ビリー・ポールは、1972年リリースの3rdアルバム『360 degrees of billy paul』で、邦題『ビリー・ポールの世界』通り、彼独自のスウィートでメロウな世界観を知らしめた。

去年、名盤パトロール中のぼくは、2023年11月6日リリースの岩田剛典によるシングル「モノクロの世界」を聴いてすぐに確信した。翌年3月6日に後続リリースされる2ndアルバム「ARTLESS」が、2024年の名盤にして、MATE(三代目JSBファンの呼称)だけでなく、多くの音楽リスナーにとっての愛聴盤になるんじゃないかと。

◆LDH史実の文脈からわかること

名盤だから愛聴盤になるのか、それとも愛聴盤だから名盤なのか。ともあれ、名盤誕生は然るべきタイミングと音楽史のコンテクストからある日、ポコっと一枚だけ選別される、言わば、長期的な投機(挑戦)の試みかなと思う。

今やJr.EXILEやNEO EXILEなど、新世代グループを擁するLDHの中で、(『ARTLESS』リリース日に)35歳になった岩田さんはすでに中堅の域にある。デビューから14年目。彼が積み上げてきた“歴史の声”に耳を傾けてみる。

パフォーマーとして所属するのは、EXILEと三代目JSB。2010年11月10日に三代目JSBメンバーのひとりとしてデビューし、EXILEには2014年に加入した。ひとりのアーティストが複数グループに兼務所属することが珍しくないLDH史実の文脈からわかること……。LDH&岩田の即応的な関連性からかなり大胆だけれど、ぼくなりに肝煎りの岩田剛典試論となればいいんだけれど。

◆“直感”として紐づけられている50代男性リスナー

ここでひとつ、知人の証言を引用しておく。50代の男性リスナーである彼は、ボーカルATSUSHIが加入し新体制となった直後、J Soul Brothersからの改名を経た2001年9月27日リリースのデビューシングル「Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭〜」からの熱心なEXILEファン。

聞けば、ATSUSHIがデビューのきっかけを掴んだ『ASAYAN』(テレビ東京)の「男子ヴォーカリストオーディション」の視聴者でもなかった。あるいは、デビューシングルのR&Bマナーに共振したり、知人とちょうど同世代のLDH現社長・HIROが、渋谷のクラブで親しんでいたダンスミュージックのブラックネスを愛好していたわけでもない。にも関わらず、ATSUSHIのボーカルフローを“直感”したというのだ。

日本のダンス&ボーカルグループの草分けである「ZOO」の最年少メンバーとしてHIROさんがデビューしたのが、1990年。MISIAが1998年、宇多田ヒカルが1999年にそれぞれデビュー。「ZOO」が解散した95年から90年代後半までに日本でもR&Bが本格的に開放された。2001年のEXILE改名が意味するのは、21世紀の幕開けとともにダンス&ボーカルグループの礎を用意したことだ。

でもこうしたエポックメイキングと音楽シーンの背景とは無縁であるはずのひとりのリスナーを強烈に揺さぶり、ある日、突然変異的にそれまで聴いてこなかったはずのジャンルに目覚めさせることがある。2001年の改名デビューから20年以上の時を経て50代になった知人の脳内では今なお、個人史の直感として紐づけられている事実をきちんと押さえておく必要がある。

◆LDHアーティストが支持され、ハマる理由

その直感的な音楽体験は、LDHが社名として掲げるモットー「Love、Dream、Happiness」そのもの。つまり、ひとりのリスナーとして、大きな夢を仮託したんじゃないのか(ぼくが岩ちゃんにそうするように)。老若男女関係なく、広くLDHアーティストが支持され、知らず知らずのうちにハマっている理由が、このあたりにそこはかとない熱気として隠れているようにぼくは思う。

じゃあEXILEから翻って、改名デビューから15年後。2016年に公開された映画が、『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』である。同作は、岩田剛典の映画初主演作品として記憶されている。この映画主演デビュー年は、山﨑賢人などを筆頭プレイヤーに、所謂きらきら実写映画ラッシュのちょうど黄金期に位置づけられる。

同作を映画館で観たぼくは、ベッド上、シーツと薄い掛け布団のサンドイッチ状態で、カメラ目線ぎみになる岩田さんに対して金切り声をあげる女性ファンに遭遇したことをよく覚えている。岩ちゃんファンによるごく自然な反応だと理解しつつ、これは実は待望の逸材が映画界に出現した瞬間をまさに直感した叫び声だったんじゃないかとついつい妄想を飛躍させてしまう。

EXILEによる音楽的な地盤が常に磐石で、恒常的だからこそ、その分だけ申し子たる岩田剛典は俳優としても演技のフィールドを自由に耕し、決定的な足跡を残すことができる。『誰も知らない明石家さんま』(日本テレビ、2023年11月26日放送回)内の再現ドラマ「笑いに魂を売った男たち」でさんま役を引き受けてしまう彼は、LDHアーティストでありながら、(「劇団EXILE」とは別軸で)俳優部をも代表するご意見番的な役回りまで担う。2025年前期NHK連続テレビ小説『虎に翼』が朝ドラデビューとなることも手伝って、多くの観客や視聴者からの夢を託され、広く支持されるようになった存在感はもはや不動。

◆LDH的な存在とは、国民的存在

朝ドラつながりだと、戦前、戦中、戦後にアメリカ文化に対する夢や憧れをリズミカルな日本の音楽として体現した大作曲家・服部良一(現在放送中の『ブギウギ』で重要なモデルのひとり)でさえ、こうした文脈で現代風に表現すれば、LDH的な存在といえるかもしれない。LDH的な存在とは、同時に国民的な存在だから。

2008年に第50回日本レコード大賞を受賞した「Ti Amo」を呼び水として、3年連続大賞受賞の快挙を果たし、2009年には、天皇陛下御即位20年を祝う国民祭典で、奉祝曲 組曲「太陽の国」をパフォーマンスしたEXILE。俗にいうEXILE系カラーを国民的なものにした。この祭典は11月12日に開催されたから、2010年11月10日に控えた三代目JSBデビューまで1年を切っていたことになる。HIROさんが自伝エッセー『Bボーイサラリーマン』冒頭に書いた、「事実は小説より奇なりというけれど、小説が事実よりも、真実に近いということもあるわけだし」が現実化したように、何とも神がかったタイミングに他ならなかった。

グループ名を聞けば誰でも知っているし、2014年にリリースされ、レコード大賞に輝いた「R.Y.U.S.E.I.」は国民的大ヒットナンバーとして記憶されている。同曲の振り付け“ランニングマン”の大流行が、EXILE系をLDH系までより広くアップデートすることになった。では、国民的スターグループのメンバーでありながら、国民的俳優でもある岩田剛典が、名盤を引っ提げることでさらに神がかった存在へとダイナミックに舞い上がるのだとすると?

◆“岩田剛典神話”を伝承するかのような特典映像収録

実はぼくは『ARTLESS』Blu-rayに収録されている特典映像で、岩田さんの聞き手を担当させてもらった。LDHの歴史と岩田剛典というアーティストについての研究をこれまで根気強く続けてきたぼくにとっては、粘り勝ちの名誉仕事だ。

普通ならリリース後に聴くものだけれど、今回は特別に収録前からアルバムを通しで聴かせてもらった。「モノクロの世界」を含む、1stトラックにリード曲を配する全10曲。岩田さんのソロ楽曲はよくアシッド・ジャズ的だと形容されるが、むしろ白眉は、緻密な設計のバックトラックに対する抑制されたボーカルフローによって醸し出されるUKソウル的な品格だとぼくは思っている。

史実としてのLDHの歩み、音楽史的な文脈、岩田さんの個人史を統合した上で、この名盤誕生にリリース前から立ち会えた喜びはこの上ない。収録現場で岩田さん本人の口から岩田剛典について聞き、聞き手としてぼくも語り、口述的な文字起こしでもするようにこうしてコラムを書く。それは、『日本書紀』ならぬ、“LDH書紀”をもし編纂するなら、無闇矢鱈と神格化することだけは避けつつも、間違いなく大幅な字数を割くことになる“岩田剛典神話”を書き記すかのような体験。

実際、収録は、事前に用意した5000字超(!)の質問案原稿から息継ぎも惜しむくらい矢継ぎ早な、あっという間の90分間だった。それでも質問に対する答えを待ついっときの間、ぼくはまた妄想像を頼りにしてみた。これからこの名盤を愛聴しながら、全国民に向けた“岩田剛典神話”を伝承することが、きっとライフワークになるはず。あるいは『ARTLESS』が意味する“ありのまま”の状態で神がかるだなんて、この収録時間自体が実は、まぼろしなんじゃないかと。

<TEXT/加賀谷健>



【加賀谷健】
コラムニスト・音楽企画プロデューサー。クラシック音楽を専門とするプロダクションでR&B部門を立ち上げ、企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆。最近では解説番組出演の他、ドラマの脚本を書いている。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu