アリが地球上に登場してから約5000万年。
 原始的な小さい社会で生きるアリから、超複雑でシステマチックな社会をつくる進化したアリまで、さまざまな種類のアリがいる。

 人間社会では、この巨大な社会から振り落とされないよう、社会にコミットし、仕事をして奉仕しなければならない、働かざる者喰うべからず!という思考になりがちだ。

 しかし働き者のイメージがあるアリの社会は、実際はそうでもない。

 高度に進化した役割分担社会と、平等でのんびりした原始的社会。どちらの働きアリが幸せだろう? 多様でとんでもなく面白いアリの世界から、地球に登場して20万年にしかならない人類が幸せになるヒントをもらえるのではないだろうか。

 おしゃべりするアリを研究する「アリ先生」こと九州大学准教授・村上貴弘先生が面白すぎるアリの生態を語る。

 本記事は『働かないアリ 過労死するアリ 〜ヒト社会が幸せになるヒント〜』から一部抜粋してお届けする。

◆睡眠を引き起こすメカニズム

 昆虫ももちろん眠る。昆虫の場合、ある一定程度、活動を止めている時間を「睡眠」と定義するため、人間の睡眠とは若干違うかもしれないが、確かに寝てはいる。それをコントロールしているのは哺乳類とほぼ共通したメカニズムだ。

 その主役はメラトニンというホルモンであり、それが作り出す「概日リズム」だ。

 概日リズムはいわゆる体内時計のことで、多くの生物が共通で持っている。脳を持たないヒドラでもメラトニンが調整する概日リズム、体内時計が存在しているのだから驚く。

 人間の場合、太陽の光が刺激となりメラトニンの機能が低下すると目が覚め、日が落ちて暗くなるとメラトニンが働き出し、眠くなる。アカツキアリが未明から日の出までの時間帯にだけ活動するのも、この概日リズムによる。

 アリは寝ている時、フェロモンの探知など情報の識別に使われる触角がたたまれ、後ろ脚を縮めて、小さく丸まって寝る。その姿は、とてもかわいらしい。

◆24時間働くハキリアリ

 睡眠をとる時刻やリズムはというと、種によって大きく異なる。

 日本でもっともよく見られるアリの一つ、クロヤマアリは日中働き、夜6〜7時間ほど眠る。

 ハキリアリは基本的に24時間働いていて15分おきに2〜3分ほど寝るだけだ。ただし、地域によっては夜の活性が落ちるという報告もある。

 超ハードワーカーのハキリアリと対照的なのがカドフシアリだ。

 カドフシアリは珍しい種ではないけれど、基本、森の中に生息するため、一般に目にする機会は少ない。黒くつややかで丸っとしていて、とてもキュートだ。このカドフシアリ、なんと1日のうちほとんどの時間は動かない。

◆ハキリアリはキノコを育てる

 社会の複雑さも睡眠時間(労働時間)と関係していて、ハキリアリはアリ全体の中でもっとも大きく複雑な社会を作る。

 葉っぱをちぎって巣に運び、そこからさらに小さくちぎって発酵させ、キノコを育てる。収穫したキノコを女王アリや幼虫に給餌(きゅうじ)。

 キノコを育てる農作業だけでなく、コロニーの維持のための労働すべてが分業されている。徹底した役割分担によりコロニーは大きなもので数百万個体となる。 

 一方、カドフシアリはというとそのコロニーは小さく、50個体程度だ。

◆寝ないで働くアリは短命

 さらに興味深いのは、睡眠時間と寿命の関係だ。クロヤマアリの寿命が2〜3年に対し、ハキリアリの寿命はたったの3か月! そして、1日の大半を寝ているカドフシアリは5〜6年も生きる(飼育下だと7年生きた個体もいる)。

 同じハキリアリのグループでも起源に近い、社会が小さい種は労働時間が短く、寿命は5年ほどだ。長く寝るほど寿命は長い。

 言い換えれば、睡眠時間が短い=労働時間が長いほどアリは短命となる。「働きすぎ」「寝ないで動く」のは、体にストレスを与え、寿命に直結すると考えられる。

 睡眠時間と寿命の関係はヒトでも明らかになっている。アメリカで約17万人もの健康データを用いて調査したところ、よい睡眠習慣を持つ人は死亡率が30%下がることが判明。

 また、日本の自治医大が日本人男性を対象に行った研究では、睡眠時間が6時間以下の人は、7〜8時間の人に比べ、死亡率が2.4倍高くなるといった報告もされている。

 経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分で、先進国33か国の中でもっとも短いそうだ。

 日本人……生き急いでいるのかもしれない。今は長寿国として知られているが、いつの間にか短命な国になってしまう日も近いのかもしれない。

◆不妊である働きアリの存在価値

 ただ、一方で思う。たとえば、百億年後、太陽が燃え尽きこの環境が維持できなくなる日をゴールに生物が命をつないでいこう、という時。1000億世代でゴールまでつなぐのがいいのか、100世代でつなぐのがいいのか、あるいは1世代でゴールに到達するのかは実は生物にとって重要な問題ではない。

 寿命が短くなることは「悪」というわけではなく、命のバトンをなんとかつないでいく、それが重要なのである。

 ただ、命をつなぐことが重要だからといって「子どもを残せない個体には意味がない」などと言うのは、まったくのトンデモ話であり、世迷言だ。耳を貸さなくていい。

 昨今、老齢の政治家が少子化を憂いながら、女性を蔑視する表現として「子どもを云々」といった発言することがある。その背景として生物学を持ち出すことがあるのだが、大変迷惑だ。

 ほとんどの場合「働きアリ」は不妊で直接は子どもを残せない。にもかかわらず、この地球上に長く、太く存在し続けている。それが答えだ。

 僕らは子どもを持とうが持つまいが、この地球上に生まれた瞬間に生物としての役割は十分に果たしている。あとはできる限り生きていければ、おつりがくるほどの素晴らしい達成なのだ。

◆働きアリの法則について再び

 ビジネス系啓発本でよく引き合いに出される「2:6:2」の働きアリの法則。今さら説明する必要もないだろうが念のため解説しておくと、以下の三つがこの法則のポイントとなる。

 集団の中では、「よく働くアリ」が2割、「そこそこ働くアリ」が6割、「あまり働かないアリ」が2割という分布になる。

「よく働くアリ」の集団、あるいは「よく働かないアリ」の集団に分けると、そこでも、やはり、2:6:2の割合で、「よく働くアリ」「そこそこ働くアリ」「あまり働かないアリ」に分かれる。

 サボるアリも決して「悪」ではなく、不測の事態が起きた時の「遊軍」として意義がある。

◆働いていないハキリアリは全体のわずか1〜2%

 これらは、北海道大学の長谷川英祐博士が「シワクシケアリ」を対象に行動観察を行い明らかにした事実なのだが、日本人はこのエピソードが本当に大好きだ。マネジメント論として語られたり、あるいは働かない言い訳としても引き合いに出される。

 ただ、この「2:6:2」の法則が1万5000種を超える、すべてのアリに当てはまるわけではないことは、前著『アリ語で寝言を言いました』でもかなり力を込めて説明した。

 観察対象となったシワクシケアリは極めて平均的なアリで、個体サイズもコロニーの大きさも、社会構造もごくごく「フツー」なアリだ。

 ハキリアリはよく働く。労働は細分化されていて、僕が調べた限りでは30もの仕事があり、それがシステマチックに分業されている。

 働いていないのは全体のわずか1〜2%。それは蛹から出たばかりの個体で、働かないというよりは「働けない」だけである。

 全員が24時間、仮眠をとる程度の休息しかせず、働き続けている。まるで、バブル期のサラリーマンのようだ。そして、たった3か月で死んでしまう。ヒトにたとえたら、一人前の働き手となったらがむしゃらに働き短命で終わる、過労死のようにも見えるかもしれない。

◆どちらの社会に幸せを感じるか?

 しかし、ハキリアリのコロニー全体の寿命(≒女王アリの寿命)は10〜15年。最長で20年ととても長い。短命の働きアリが膨大な数存在することで巨大なコロニーがこんなにも長期間維持される。

 他方で、ハキリアリと同じキノコアリの仲間でも、起源に近いムカシキノコアリ(ハナビロキノコアリ)だと「まったく働かないアリ」の割合は30%にものぼる。観察していると、ほとんど動いていない印象だ。ただ、ちゃんとキノコ畑は維持できている。

 幼虫はキノコ畑に埋もれていて、体表面に生えた菌糸のうち自分の口まで生えてきたものを自分で食べる。

 働きアリたちはほとんど幼虫のお世話をしない。これは唯一例外的に子育てをしない真社会性昆虫と言っていいだろう。おそらく、幼虫の世話がキノコ畑の世話に置き換わってしまったものと僕は推測している。

 過労死するアリが支える超巨大社会と、ゆっくりのんびり自由に、適当にサボりながら全員が長生きする小さな社会、どちらもこの地球上の仕組みとしては適応的だ。さて、僕らはいったいどっちに幸せを感じるだろうか?

 僕自身が共感するのは、やっぱりムカシキノコアリのほうだ。みんな自由でサボりながら長生きする社会がいいなぁ。

文/村上貴弘 構成/週刊SPA!編集部