メジャーリーグ、ロサンゼルス・ドジャース大谷翔平の連日の活躍が日本人を喜ばせている。MLBを観察し、取材してきたライターの内野宗治氏はその圧倒的な力でさまざまな障壁や閉塞した世界を変えた「ゲームチェンジャー」だと評する。そんな大谷の最大の魅力は圧倒的までの「パワー」だとする。「好打者で守備がうまい、だが非力」という日本人選手のアメリカでのイメージを一変させたのだ
※本稿は、内野宗治著『大谷翔平の社会学』(扶桑社新書)の一部を抜粋、再編集したものです。

◆2021年MVPの大谷翔平と2001年MVPイチローの違い

 大谷が野球選手として備える最大の特徴は、その圧倒的なまでの「パワー」だ。

 まず打者として、2023年のMLBで最長飛距離ホームランを記録したほどの、打球を果てしなく遠くへ飛ばす力。そして投手として、試合後半になっても時速100マイル(約161㎞)を超える剛速球を投げ込む馬力とスタミナ。長らく日本野球の代名詞だった「スモールベースボール」ではなく、大谷はあくまで「パワー」でMLBの頂点に君臨している。そうした事実に僕ら日本人は興奮し、アメリカの野球ファンも驚いている。大谷が打者として46本塁打、投手として9勝の活躍で自身初のMVPを受賞したのが2021年。その20年前、2001年にイチローが日本人選手として初めてMVPを獲得した。

 イチローは野球において考え得る限りのプレーを超ハイレベルにこなす万能選手だったが、唯一欠けていたのが「パワー」だった。バットコントロールは抜群にいい、足も抜群に速い、肩も抜群に強い、守備も抜群に上手い、でも長打力がない。それがイチローという選手のイメージであり、実際にそうだった。それは数字を見れば一目瞭然だ。MLB通算19年間で3089安打を放ったが、本塁打はわずか117本。大谷が2021年から2023年にかけての3年間で放った124本よりも少ない。イチローがシーズン10本以上の本塁打は放ったのはたったの3度だ。

◆パワー不足を批判されたイチロー

 イチローの魅力は言うまでもなく、長打力よりもシュアな打撃、そしてスピードと華麗な外野守備だったが、多少粗削りでも長打力がもてはやされる21世紀のMLBにおいて、イチローのパワー不足は批判されることが少なくなかった。

 10年連続200安打は確かにすごい記録だが、その多くは足で稼いだ内野安打で、一発で試合を決めるような長打はほとんどないじゃないか、と。試合では長打の少なかったイチローが、試合前の打撃練習ではサク越えを連発していたのは有名な話だ。現役引退後は毎年、草野球チーム「イチロー選抜KOBE CHIBEN」を率いて高校野球女子選抜チームと試合を行っているが、その試合前のフリー打撃でもやはりサク越えを連発している。

 50歳とは思えないパワー。現役時代のイチローが試合であまりホームランを打たなかった(打てなかった)理由のひとつは、ホームランよりもヒット狙いを重視していたからだろう。イチローがもしホームランを狙うようになればシーズン30発は余裕で打てる、と言う人もいた。

 しかし、もしホームラン狙いの打撃で打率が下がってしまうならそれまでの話だ。たとえばイチローと同じ2001年にデビューした強打者アルバート・プーホルスは毎年、打率3割以上のハイアベレージを保ちながらシーズン30本以上のホームランを量産した。ボンズやマニー・ラミレス、デービッド・オルティス、アレックス・ロドリゲスといった同時代の超一流スラッガーたちも同様だ。彼らはMLBでもトップ・オブ・トップの選手たちだが、少なくとも総合的な打撃力を見た場合、イチローの成績は彼らに遠く及ばない。

 もっともボンズやラミレス、ロドリゲスら、イチローと同時代に活躍したスラッガーたちの多くは違法薬物、ステロイドの使用疑惑があり、彼らの功績を手放しで称賛することはできないのだが……。

◆「日本人の打者はコンタクトが巧みで、スピードがあって守備もうまいがパワーには欠ける」というイメージを持ったアメリカ人

 以上の話は決してイチローの功績を軽視するものではない。彼がアメリカ野球殿堂入りに値する選手であることは疑いの余地がない。ただ事実として、彼はMLBの花形であるスラッガータイプの選手ではなかった。そしてイチローの活躍はあまりにセンセーショナルだったため、アメリカの野球ファンは「日本人の打者はコンタクトが巧みで、スピードがあって守備もうまいがパワーには欠ける」というイメージを持つようになった。

 イチローが「日本人野手」の代表的な存在になったのだ。実際にイチロー以外の日本人野手もこれまで、たとえば松井稼頭央や西岡剛、青木宣親、川﨑宗則ら「俊足巧打」タイプの選手が多かった。日本野球の十八番は「スモールベースボール」であるという認識が、日本人にもアメリカ人にも浸透していた。

◆大谷の打撃スタイルは「イチローの真逆」

 そんななかで大谷は、従来の「日本人野手」のイメージを完全に破壊した。

 MLBで自身初のMVPを獲得した2021年の大谷は、投手として以上に打者としての活躍が目覚ましかったが、その打撃スタイルはハッキリ言って「大型扇風機」だった。メジャー3位の46本塁打を放つ一方で、189三振はメジャーワースト4位。バットの芯に当たった打球は軽々とスタンドまで飛んでいくが、ボールがバットに当たらないことも多い。その打撃スタイルは素人目に見たら「イチローの真逆」とも思えるものだった。

 2021年の大谷は、過去の日本人メジャーリーガーにはいないタイプの打者だったのだ。

 ホームランや三振の数といった「結果」だけでなく、それらの結果をもたらした「過程」の数字も凄かった。具体的には、2015年からMLBが最新テクノロジーを駆使して計測を開始した「打球速度」や「バレル率」といった指標において、軒並みメジャー屈指の数字を残したのだ。

「打球速度」は打球がバットから放たれた瞬間の初速を表し、「バレル率」は簡単に言うと「ホームランになりやすい打球」を放つ確率である。これらの指標は打率やホームラン数といった従来のスタッツよりも純粋に打者としての能力を表すとされているが、2021年の大谷は「打球速度」の平均が93.6マイル(約150.7㎞)でメジャー全体の上位3%に入り、「バレル率」22.3%はメジャーでトップだった。

 並みいる強打者のなかでも、大谷は突出して「強い」打球を飛ばしていたのだ。

◆「今まで見たなかで最も身体能力に恵まれた野球選手」

 これらの数字は大谷がいかに「身体的」に優れたアスリートであるかを物語っている。

 もちろん野球技術も高いのだが、それ以前にまずフィジカルが圧倒的に強い。2021年5月、9回二死から大谷に逆転2ランホームランを献上したボストン・レッドソックスの投手マット・バーンズは、大谷を「今まで見たなかで最も身体能力に恵まれた野球選手」と評した。特大ホームランを放ったり、時速160㎞の速球を投げたりするには、まず何よりも運良く生まれ持った強靭な肉体が必要で、その上で効率的なトレーニングや技術の向上が求められる。大谷の肉体はまさに「神が与えた」と言うべき、天賦の才ならぬ天賦の肉体だ。

 前述のように、かのチッパー・ジョーンズも大谷の肉体を「これまで見てきたベストな野球体型のひとつ……彼はアドニス(ギリシャ神話に登場する美少年)だ」と評したほどだ。



【内野宗治】
(うちの むねはる)ライター/1986年生まれ、東京都出身。国際基督教大学教養学部を卒業後、コンサルティング会社勤務を経て、フリーランスライターとして活動。「日刊SPA!」『月刊スラッガー』「MLB.JP(メジャーリーグ公式サイト日本語版)」など各種媒体に、MLBの取材記事などを寄稿。その後、「スポーティングニュース」日本語版の副編集長、時事通信社マレーシア支局の経済記者などを経て、現在はニールセン・スポーツ・ジャパンにてスポーツ・スポンサーシップの調査や効果測定に携わる、ライターと会社員の「二刀流」。著書『大谷翔平の社会学』(扶桑社新書)