今年2月中旬、とある事件の逮捕報道を受けて、ネット上では被告人を擁護する声が多数あがり騒然となった。事件の発端は、宮城県仙台市内で営業していた飲食チェーン「大阪王将」のフランチャイズ店「仙台中田店(現在は閉店)」での出来事。元従業員が、同店舗内に“ナメクジ”などが大量発生しているとSNSに投稿し、約1年半後に逮捕されたもの。
 仙台地検は元従業員の圓谷晴臣被告人(25)を偽計業務妨害罪で起訴。4月24日、仙台地裁(須田雄一裁判官)で初公判が開かれた。

◆元従業員が「ナメクジが大量発生している」と投稿

 問題の投稿は、2022年7月のこと。元従業員の被告人が、仙台市内で営業していた被害店舗内に“ナメクジ”が大量発生しているとの内容の告発をTwitter(現X)に投稿。

 本件投稿は瞬く間に拡散され大炎上となった。一連の投稿には、ナメクジのようなものがテーブルの下に発生している画像付きのものもある。

 これに対して、同店舗の運営会社も「湿気の多い季節に外部からの侵入があった」と認めて謝罪。「大阪王将」は運営会社とのフランチャイズ契約を解除し、閉店する事態となった。

 その投稿の1年9か月後、自ら記者会見をするなどして改善を訴えていた男は、刑務官らに連れられて入廷してくる“被告人”となったのだ。

◆なぜ内部告発が罪になったのか?

 今年2月13日、逮捕の一報を受けて、ネット上では困惑する声や被告人を擁護する声が散見された。

「内部告発で逮捕された人、アレ告発内容事実だったのになぜ」
「大阪王将ナメクジ事件。内部告発して逮捕とかありえない」

 なぜ、「告発」が罪に問われたのだろうか。起訴内容は次のとおり。

 被告人は2022年7月24日に、被害店舗でナメクジが大量に発生している事実も、料理に混入させた事実もないのに、「大阪王将仙台中田店あるある 大きな冷蔵庫の扉と扉の隙間にナメクジ大量にいる」などの文言をTwitterに複数回にわたり投稿した。不特定多数人に発信し、運営会社を一時休業に陥らせるなどして、偽計を用いて業務を妨害したというもの。

 そして検察側の冒頭陳述などによると事件の詳細はこうだ。

 被告人は2022年4月頃から被害店舗で勤務をしており、食器洗いや調理を担当していた。かねてより、労働環境や店長への不満が溜まっていたところ、同年7月に店長から勤務態度を注意され、憤慨して退職。検察側は、被告人が復讐をするために誇張した事実をTwitterに投稿し、炎上させて業務を妨害させようと考えていたと主張している。

 さらに店舗側の被害として、「本件投稿によって、投稿を見た第三者が被害店舗に電話するなど対応を迫られ、休業の後に閉店に追い込まれた」と指摘した。

 検察側は証拠として、市保健所の立ち入り調査の結果と駆除業者らの調書を提出。要旨の読み上げで、市保健所の調査結果には「ナメクジなどの目撃情報はある」や「冷蔵庫の間に3〜4cmのナメクジを1・2匹見かけた。見つけたらすぐに取り除いている」、「月に一回、害虫駆除を依頼している」と店舗側が述べたことを明かしていた。

 要するに“ナメクジ”は発見されている。しかし「大量発生ではない」というのが検察側の主張だ。

◆被告人が裁判で語ったこと

 被告人は、現在別件で実刑判決を言い渡されて受刑中の身。法廷には刑務官らに連れられ、黒色のジャージ姿で現れた。

 冒頭の罪状認否の場面で、裁判官から起訴内容に争いはあるかと聞かれ、ハキハキとした声で「私は何らかの業務を妨害したことは認めますが、ウソの発言をしたことは認めません」と述べた。

 その後、弁護人は意見書を陳述。弁護人も「偽計業務妨害罪の成立は認めます。しかし、被告人は存在していない事実を存在しているように装ってはいません」と主張。検察側からは「無罪主張なのか」と問われる場面もあった。

◆弁護人に取材した結果

 だが、弁護人は無罪主張ではないという。閉廷後、傍聴人からは腑に落ちないという疑問の声があがった。そこで、筆者は弁護人を取材。弁護人は取材に対して、次のように説明した。

「偽計業務妨害罪の成立は認めます。弁護人としては、『偽計』にはウソをつくことだけではなく、たとえ投稿が事実であっても社会通念上許されない手段で告発したことも含むと考えています。本件の告発方法はSNS上であり、度が過ぎているため『偽計』の成立は認めます。ただ、起訴内容で読み上げられたウソとされる投稿については、被告人はウソをついていないと考えていますので、一部否認という形になりました」

◆内部告発者は保護されないのか

 今回は、「偽計業務妨害罪」での起訴。同罪は、人を欺く内容の「偽計」を用いて、業務を妨害する行為を成立要件としている。確かに、一連の投稿には証拠写真付きのものもあるが、そこに写っているナメクジは1匹ほど。検察側は、「大量にいる」と誇張して投稿した点が「偽計」に当たり、その嘘を利用してフランチャイズ契約の解除に至らせて金銭的な損害を与えたと判断して公判請求をした。

 では、告発者は保護されることはないのだろうか。

 被告人を擁護する声の中には、「公益通報者保護制度」を指摘するものも多数存在している。「公益通報」とは、事業者の法令違反行為を知った従業員が組織内の通報窓口や行政機関などに通報することであり、通報者に対しては解雇や減給、損害賠償請求などの不利益な取扱いを禁止する制度である。

 ただし、被告人は保護対象外なのだ。被告人の告発の動機は「店舗側に対する腹いせ」と認められ、悪意がある。そして、「公益通報」の要件として、通報先は「事業者内部」や「権限を有する行政機関」などと定められているが、被告人はSNSに投稿して不特定多数に晒してしまった。

◆その後の調査では「ナメクジなどは未発見」という結果だったが…

 本件投稿後に実施された市保健所の立ち入り調査では、“ナメクジ”などは未発見という結果となっていた。ただ、同調査は抜き打ちではなく、被告人の投稿には同調査に向けて隠ぺい工作を指摘するものも見受けられる。

 “話題の告発者”から一変、“被告人”となった男。次回の公判は6月5日、検察側による追起訴審理が予定されている。

取材・文/学生傍聴人



【学生傍聴人】
2002年生まれ、都内某私立大の法学部に在籍中の現役大学生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴にハマり、傍聴歴6年、傍聴総数900件以上。有名事件から万引き事件、民事裁判など幅広く傍聴する雑食系マニア。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行っている。