11月22日は「いい夫婦の日」。昨年5月に結婚を発表した渡邊雄太(29歳)に、そんな話題を向けると、アメリカでの夫婦生活の様子を明かしてくれた。妻・久慈暁子さんや尊敬する両親への感謝と共に語った“理想の家族像”とは?

 自称『バスケットボールをやっていないときは怠け者』の渡邊雄太(フェニックス・サンズ)だが、1年半前に結婚してから、外出することが増えている。たとえば、今シーズン前にフェニックスに引っ越した後にはパワースポットで有名なセドナを訪れたし、映画館に行ったり、外食することも増えたという。

「基本的に外出嫌いで、今もそれは変わってないですけど、でも(結婚してから)オフシーズンには外食も含めて、外出する回数は増えました。ふだん、なかなかそういう時間が取れないから、ちょっと時間あるときはっていう感じで。それが逆に自分の気晴らしにもなるときもありますし。正直行く前は面倒くさいなと思いますけれど、行ったら楽しいんで」と笑う。

昨年5月に元フジの久慈暁子と結婚

 渡邊がアナウンサー/モデルの久慈暁子さんと結婚したのは2022年5月のこと。その前の21−22シーズンにトロント・ラプターズにいた時は、渡邊自身が「一番苦しかった」という時期を経験した。いったんNBAで試合に出られるようになった後にローテーションから外れたため、なぜ出られないのかを考えて悩み、ストレスで押しつぶされそうになったのだという。

 そんなときに、トロントと日本の間で遠距離恋愛関係を続けていた暁子さんと話すことが、渡邊にとって励ましになっていた。そして、そういった時間を過ごしたことが結婚を決める理由のひとつにもなったと語っていた。

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「正直、(暁子さんは)バスケットに関しても全然知らないんで、そこもよかったというか。あまりバスケのことを考えたくなくなったときに、バスケを知らずにほかのことで話せるっていうのは、すごく大きかったですね」

 アスリートの中には、自分の生活リズムを守るために結婚を先延ばしにする選手もいるが、渡邊の場合は違った。約9カ月の遠距離恋愛を経て、27才で電撃結婚。

「別に早めに結婚しようとか、そんなことを考えていたわけでもないんです。年齢的に30も近くなってきて、そろそろいい人いたらなぐらいには思い始めてはいたんで、そのちょうどいいタイミングでうまく出会えたっていう感じです」

 結婚してから、家でバスケットボールのことを考える時間はだいぶ減ったという。

「(結婚生活は)リフレッシュになります。家でバスケのことを考えることが減ったというか。家でバスケの話をすることはあんまりないんで、それもいいのかな。(暁子さんが)別の話題を提供してくれて、そっちに頭が行くんで。その間はバスケのことはいい意味で忘れますし、そのへんはすごいプラスになってると思います」

渡邊が語った理想の家庭像とは?

 渡邊の両親は2人とも元バスケットボール選手で、引退後もバスケットボールを共通の楽しみとする仲のいい夫婦だ。渡邊や姉の夕貴さんもバスケットボールをしていたこともあって、家の中での話題の中心はいつもバスケットボールだったし、渡邊がアメリカに出てからは、コロナ禍のときを除いて、毎年、渡邊を応援するために、夫婦でアメリカを訪れている。渡邊にとっても自慢の親だ。

 ただ、渡邊自身が思い描いている家庭像は、自分が育ってきた家庭と同じというわけではないようだ。

「(両親は)2人、間違いなく仲いいですし。本当に、2人に共通してバスケが好きっていうのがあるんで、うちはバスケ一家っていう感じでした。そういう点では、僕が思ってる家庭像はちょっと変わってくるかなと思うんです。僕は家であまりバスケの話はしたくないですし、何なら子供にはバスケはやって欲しくないぐらいなので。こんなしんどいことしなくていいと思っています(笑)」

 バスケットボール一家に育ち、バスケ愛にあふれた渡邊が、子供にはバスケットボールはしてほしくないと考えているというのは意外に思えるかもしれない。その理由を、渡邊はこう説明する。

「子供がバスケをやること自体はいいんですけど、上を目指すとなると、親がNBA選手ということで、やっぱり一個(重圧が)乗っかってくると思うので。スポーツはやってほしいなと思いますけど、バスケはやってほしくないです」

 そんな言葉を聞くたびに、渡邊が感じているプレッシャーの大きさに気づかされる。一見、何ごとにも自然体で高みを目指して歩んできたように見えるが、当たり前のことながら、世界一の舞台で戦い続ける中では悩みやプレッシャーと無縁というわけにはいかない。「引退した後はコーチなど責任ある立場でバスケットボールに関わりたくない、プレッシャーがある生活は現役時代だけで十分だ」と話していたこともあったほどだ。

 それだけの重圧の中にあるからこそ、バスケットボールを忘れられる時間が大事なのだ。

 渡邊と暁子さんは特に共通の趣味があるというわけではない。渡邊自身が相変わらず無趣味なため、同じ趣味を持つような状況にならないのだ。それでも、世の中の色々なことに興味を持って学び、行動する暁子さんの話を聞く時間は渡邊にとって楽しい時間だという。

「僕が世の中というか、全てのことに関心がなさすぎて(笑)。(暁子さんが)『こういうことあったらしいよ』って、僕にずっと喋ってくれるのを、ただひたすら聞くっていう(笑)」

 言ってみれば、子供の頃からバスケットボール一筋で、外の世界に興味すらなかった渡邊にとって、外の世界を知る窓口のような存在が暁子さんなのだ。

「僕の奥さんは割とお喋り好き。自分が全然知らないようなことをいつも話してくれます。だから、向こうがたくさん喋って、僕は聞いてるっていうことが多いんですけど、それはそれでいろんなこと知れて、僕が1人だったら絶対に知り得ないことを教えてくれるのがいいですね」

「バスケ見るのが本当に好きみたいで」

 家族の応援は、渡邊にとって心のよりどころでもある。以前はそれが両親だったが、今ではもうひとり、いつもスタンドに自分を応援してくれる人がいる。自分が活躍したときはもちろん、思ったようなプレーができなかったときでも、自分を支えてくれる人がいることが、どれだけ心強いことか。

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「バスケ見るのが本当に好きみたいで、それは正直、すごいありがたいです。遠征に行ってるときも、いっしょについて来ることもありますし、そうでなくて家にいるときでも試合は絶対見てるんで。そこまで興味を持ってくれてよかった。僕の都合でこっちに来てもらわなきゃいけないし。

 ……というか、正直、別に僕は強制はしていなくて、日本に帰りたかったらいつでも帰っていいって言っているんですけれど、本人がこっちにいたいっていう思いが本当に強いんで。僕の応援をするっていうのも(アメリカに住む理由の)ひとつで、それを楽しんでやってくれてるのは僕からしたらすごいありがたいです。イヤイヤされてたら僕もすごい気を遣っちゃうんで。そういうのが一切ないのが、本当にすごく助かっています」

 夫婦の先輩である両親から見習いたいことは何かあるのだろうか? そう聞くと、渡邊は将来の家族像を語った。

「(両親は)2人とも、とにかく子供最優先で、子供の意見、僕だったり姉の意見を本当いつも尊重してくれて、僕らのために考えてずっと動いてくれていた。僕は、まだ子供をいつ作るとか一切考えてないですけど、子供ができたときには自分もそうでありたい。子供を一番に考えられることが大人の責任だとも思いますし、そういう親になれたらなとは思います。今は自分のこと精一杯すぎて、ちょっと子供は作る余裕がないかなっていうのが本音なんですけど、それもタイミングかなと思ってるんで、急に作ろうと思うかもしれないですし。とにかく、子供ができたときは子供最優先にできるような環境は作りたいなと思っています」

 先日、29歳になったばかりの渡邊だが、この先40年、50年たった頃、暁子さんとどんなおじいちゃん、おばあちゃんになっていきたいと思い描いているのだろうか。

「まわりから見て、あそこの夫婦は本当にいつまでたっても仲いいって言われるような感じになりたいです。僕らは2人ともそれなりに知名度とかありますけど、2人で表だって何かをするっていうタイプじゃないんで、いっしょにテレビ出るとかいったことは一切しないでしょうし、だからまわりの人からしたらわかりづらいとは思いますけど。でもそれをしているから仲いいとは思わないし、自分たちは自分たちで仲いいのがわかってるんで。友達だったり、僕らのことを知ってる人たちに、『あそこは本当に仲いい』って言ってもらえるようになりたいです」

文=宮地陽子

photograph by Kiichi Matsumoto