5年前の夏、甲子園で準優勝を果たした金足農業。近年は低迷が続き、昨夏は上級生の下級生に対する暴力が明らかに。3カ月の対外試合禁止処分も下された。そんな金農が今秋、23年ぶりに秋田県大会を制覇。カナノウ旋風から現在まで、何があったのか――。ノンフィクション作家・中村計氏が取材した。〈全4回の#1〉
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スタンドから後輩たちがプレーする姿を見下ろし、刺すように言った。
「ぜんぜん変わりましたよ。オラオラ系は一人もいないっス」
金足農業に、あの「逆転3ラン男」が帰ってきた。「カナノウ旋風」を巻き起こし、全国準優勝を果たした2018年夏、3回戦の横浜戦で8回裏にバックスクリーンへ起死回生の決勝弾を放った「6番・ファースト」の高橋佑輔である。
濃い眉と、鋭い眼光は、相変わらずだった。そして、「金農愛」も。左手首に巻かれたアップルウォッチの樹脂バンドは金農カラーの紫。
高橋は携帯カバーも紫、グミを買うときも紫、そして、大学時代はファーストミットも紫という根っからの金農戦士だ。
高橋はこの春、北海道は網走にある東農大生物産業学部を卒業し、講師として金農に赴任。同時に野球部のコーチに就いた。
近年の低迷、暴力問題も…金農に何が?
金足農業は甲子園で準優勝してからというもの、さっぱり勝てなくなってしまった。県大会で数度、3回戦にたどり着くのがやっとという状態で、ほとんどが1、2回戦敗退だった。加えて2022年夏には上級生の下級生に対する暴力が明らかになり、3カ月の対外試合禁止という厳しい処分も受けた。
その金農がこの秋、秋田大会を23年振りに制し、久々に東北大会まで駒を進めていた。
金農に何が起きたのか――。
コーチの秋本元輝に尋ねると、しばらく考えたあと、「高橋佑輔じゃないですか。あいつが帰って来てくれたことは、すごく大きかったと思いますよ」と言った。
高橋に話を聞いたのは、東北大会初戦、グリーンスタジアムよこてで行われた久慈(岩手)戦でのことだった。
ただ、その高橋は開口一番、明らかに物足りなそうに冒頭のように語ったのだった。
「よく言えばいい子たちなんでしょうけどね。でも、自分からしたら、向上心がないように見えてしまう」
金農も「定員割れ」の現実
エースの吉田輝星を筆頭に「オラオラ系」集団でもあった2018年夏のメンバーの目にそう見えてしまうのは、あるプロジェクトの影響も少なからずあったようだ。
暴力問題が発覚した後、金足農業高校野球部OB会の副会長を務める長谷川寿は、時代と乖離した母校の未来に危機感を覚えずにはいられなかった。長谷川は1984年夏、金農が甲子園でベスト4入りしたときの捕手であり、主将でもあった。高校卒業後は青山学院大、ホンダと、アマチュアの名門チームでプレーしている。
長谷川が事件当時を振り返る。
「近年、金足農業は定員割れが続いている。そんな中、こういう事件が起こると、ますます中学生から敬遠されてしまう。もう、精神野球とかじゃなくて、きちんとした理念をつくらなきゃいけない時期に来ている。伝統だから、金農だから、ではなくて、当たり前になっていることをもう一度、見直そうよ、と。たとえば『雑草軍団』というニックネームも、おそらく今の選手たちは意味もわからずに押し付けられていると思うんです。だったら、いっそのこと、そんな呼び方もなくしたっていい。坊主頭もそう。なんで坊主にしなきゃいけないのか。理念がないのなら、もう伸ばしたっていいじゃないですか」
金農はどうなるのだろう…
この夏、甲子園では「エンジョイ・ベースボール」を掲げる慶応が優勝した。絶対的な指導者にやらされるのではなく、自ら考え、自らの意志でプレーする野球。試合中の柔らかな表情。サラサラなヘア。そして、スポーツと学問を高レベルで両立させる教育環境。いずれも、これまでの野球強豪校にはなかったイメージだ。
いろいろな価値観があってしかるべきだが、少なくとも、慶応が示した野球は高校野球の古い体質に対するアンチテーゼであり、一つの答えでもあるように思われた。これをきっかけに頭髪等、高校野球は加速度的に変化していくに違いない。
そんな革命的と表現してもいい優勝校が出現したこの夏、ずっと頭の片隅で小さく明滅していた思いがある。
金農はどうなるのだろう――。
〈つづく〉
文=中村計
photograph by Kei Nakamura