2023年の期間内(対象:2023年9月〜2023年12月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。高校野球部門の第2位は、こちら!(初公開日 2023年11月25日/肩書などはすべて当時)。

 5年前の夏、甲子園で準優勝を果たした金足農業。近年は低迷が続き、昨夏は上級生の下級生に対する暴力が明らかに。3カ月の対外試合禁止処分も下された。そんな金農が今秋、23年ぶりに秋田県大会を制覇。カナノウ旋風から現在まで、何があったのか――。ノンフィクション作家・中村計氏が取材した。〈全4回の#2〉

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 金足農業を初めて訪れたときの衝撃は、今でも忘れることができない。金農には「声出し」と呼ばれる伝統的所作がある。気合いが入ってないとき、指導陣から「声出し!」の声が飛ぶ。すると、その場で正座し、片手を上げ、上空に向かって一心不乱に声を張り上げ続けるのだ。

 正直、見てはいけないものを見てしまったかのような思いにかられた。あまりにも前時代的だし、もっといえば狂信的にさえ映った。

5年前の快進撃…当時メンバーの言葉

 だが、声出しをやらせたコーチの秋本元輝は、そんなことは百も承知だった。

「こんなことをしたって、野球はうまくならないですよ。でも、非合理的だとわかっていながらやる。金足は、これでいいんです」

 2018年夏、金農は秋田大会から甲子園決勝までの全11試合を9人しかいない3年生だけで戦った。彼らは特別な9人では決してない。学校に通える範囲の近隣地域から集まった9人に過ぎない。まさに「雑草軍団」だった。

 秋本は続けた。

「能力が高い選手は、自主性を尊重した方がいいのかもしれません。でも、金農は強制があって、はじめて自主性が出てくるという考え。ただ、強制はしますけど、その中で収まってちゃダメなんです。そこを抜けたとき、違う世界が開けてくる。そういうものがないと、うちは勝てないと思うんです」

 準優勝時のメンバーたちは、気が違ったかのように1本1本、声を発しながらメニューをこなしていた。ときに暴言スレスレの言葉を吐き、指導者たちとケンカ腰でやり合った。

 チームの大黒柱だった吉田輝星もこう語っていたものだ。

「うちはコーチたちとの練習がいちばんでかい壁。相手チームとやる前に、そこで勝たないといけないんです。こんな練習する意味あんのかなみたいなという葛藤は常にありました。でも気づいたら、やらされる練習から、自分たちでやる野球になってたんです」

異色だった考え方…“だから”快進撃は起きた

 金農では、グラウンド整備や道具運びは主に下級生の仕事だった。そうした古めかしい上下関係を排除する部も増えたが、金農では上級生と下級生の「不平等」は厳然と存在していた。

 また昨今、デリケートになった投手の球数問題に関しても金農の考え方は吹っ切れていた。

 2019年秋、日本高校野球連盟は「1人の投球数を1週間で500球以内にする」という制限を設けた。ところが、あの夏、吉田は最後の1週間で4試合に登板し、570球も投げている。

 決勝でも先発した吉田は、明らかに疲労困憊に映った。その吉田に、さすがに決勝は先発を回避したかったのではと聞くと、何を馬鹿なことを言っているんだという顔をし、こう返された。

「他のピッチャーに活躍されたら困るんで」

 とはいえ、親だけは違うだろうと思った。ところが高校時代、金農の控え投手でもあった父の正樹は、ある意味で、誰よりも潔かった。

 甲子園終盤はさすがにもう投げさせないで欲しいと思ったのではと聞くと、「いや、それはなかったですね」と穏やかな口調で否定し、何でもないことのように言った。

「そこで駄目になったら、そこまでの選手だという考えなので。なんぼ投げても壊れないやつは壊れない。壊す選手は投げ過ぎなのではなく、違うところに原因があるんじゃないかと思ってるんです」

 副キャプテンだった佐々木大夢はこう補足する。

「普通に考えれば、何らかの投球制限は必要なんだろうな、って思うんでしょうね。でも僕らはケガをしない体づくりをすればいいという考え方だった。ケガをしたら、ケガをしたやつが悪いって処理される。金農は今の時代の考え方とは99%、逆をいってましたね」

 指導者も、選手たちも、そして親も納得ずくだった。だとしたら、どんな指導方針であれ、他人が入り込む余地はもはやない。

 説明のつかない快挙は、説明が及ばない考え方に裏打ちされていた。

「伝統だから継承」を変えるプロジェクト

 今にして思うと、金農フィーバーが起きたのは平成最後の夏だった。ギリギリだった、そんな気がしないでもない。

 金農は、岐路に立たされていた。

 金足農業の行く末を案じたOB会の副会長、長谷川寿はプロのコンサルタントに依頼し、「未来創造プロジェクト」を立ち上げる。そして、2022年10月から翌年6月まで、週1回のペースで専門家、スタッフ、OB、保護者らを集め、リモートで対話を繰り返した。

 長谷川が説明する。

「もちろん、改革に抵抗感を覚える人もいた。そんなことをしたら、金農のよさが失われてしまうではないか、と。でも、そういう人ほど積極的に声をかけて、会議に参加してもらいました。別にわれわれは金農らしさをすべてなくせと言ってるわけではないんですよ。ただ、伝統だから継承するというのではなく、残すのならその意味を考えましょうよ、ということ。それを時間をかけて、理解してもらったつもりです」

甲子園準Vメンバーの“戸惑い”

 だが改革の半ば、この年の春からスタッフに加わった高橋佑輔(2018年甲子園準優勝メンバー)は、その急激な変化についていけず、戸惑ったという。

「もう、ノックの途中でブチ切れて、やめたこともありました。『おまえら、もうやんなくていいよ』って。エラーしても『もう一本!』とボールを呼ぶわけでもない。シラーッとしてる。『声出し』をやらないとか、あいさつは『オス!』じゃなくて普通にするとか、そういうのはぜんぜんいいんですよ。でも、気持ちが感じられなくなったら終わりじゃないですか。これがお前らの目指す新しい野球なの? って」

 長谷川が改革を急いだ理由は、もう一つあった。

「次の年、吉田大輝が入学してくることになっていましたから。彼を慕って、金農に来てくれる選手もいると聞いていたのに、そのタイミングで暴力事件が起きてしまった。金農が変わろうとしていることを示さなければ、そういう選手たちの気持ちも離れていってしまうと思ったんです」

 吉田大輝とは、吉田輝星(オリックス)の5歳下の弟である。

〈#3「吉田輝星の弟・大輝はどんなピッチャー? 関係者の証言」編につづく〉

文=中村計

photograph by Kei Nakamura