逆境からのスタートだった。北京で行われたGPファイナル(12月7−10日)で胃腸炎にかかり、帰国後、なか8日で全日本選手権の会場へ。練習不足と体力低下の不安を抱えながら、世界選手権の出場枠をめぐる激戦を迎えていた。

お腹の痛みで目が覚め、病院へ

 12月20日に長野入りすると、気合い全開の様子を見せた。本人が、「なかなか振り向いてくれない元カノ」とたとえる4回転ループも、公式練習で着氷。手応えを感じたのか、三浦節もなめらかになる。GPファイナル後、体重が3kg減ったことを告白し、「ステーキレストランで450gのステーキを食べても体重が戻らない」と冗談を言うほどの余裕ぶりだった。

 ところがショート本番の朝、「まずお腹の痛みで目が覚めました」。腹痛と吐き気が止まらず、朝の公式練習を欠席して、長野市内の病院へ。

「行ったらまず、高校生までは小児科って言われて(笑)。1歳の赤ちゃんと一緒に診療に並んでいたんですけど、赤ちゃんに元気もらいました」

 転んでもただでは起きないのが三浦。胃腸薬をもらうと、夜のショート本番には、闘志を取り戻していた。

「GPファイナルのときは、2日間まるまる寝込んでから試合だったので不安はありましたが、今回は、昨日滑っていますから不安には思いませんでした。全日本選手権は、結果をだしていかないといけない世界。体調は言い訳にならないので、病院もいきましたし、消化の良いものを食べて、出来ることを尽くします。恐れずに、思い切りの良さを忘れずに、技術的なことはなにも考えずに根性で行くだけです」

 演技冒頭、三浦らしさ全開のパワフルな4回転サルコウを着氷し、3回転トウループも連続でつけた。後半の4回転トウループも、余裕のあるランディング。自身初の挑戦となるコンテンポラリー系のプログラムを、丁寧にこなした。

「これ以上言うと、失言してしまいそうなので…」

 演技を終えてガッツポーズ。しかし高得点を期待するも、93.91点での4位発進だった。

 点が伸びなかった原因は、足替えシットスピンが「ノーカウント」で0点となったこと。インタビューでは、開口一番、不満を口にした。

「ストレートに、全く納得してないです。内容というより、点数。自分のなかでは出しきれたと思います。でも足替えシットスピンがノーカウントになったの、今季すでに2回目なんです。自分比ではかなり早めにしゃがんで、シットの姿勢もちゃんとしゃがめていると思っていました」

 ショートでは、スピンに関するルールが細かく決められており「足替え前後に(シット)スピン姿勢が少なくとも3回転なければ、ショートプログラムでは無価値」「足替えスピンは各足6回転」などの規定がある。GPフィンランド大会でノーカウントになった際に、シット姿勢のしゃがみが足りないと考えた三浦は、その後、対策を講じていた。

「ちゃんとしゃがめているかどうか(日本スケート)連盟さんにも確認してもらい、対策をやってきたのにノーカウント。今はもう、これ以上言うと、失言してしまいそうなので控えます」

不満を口にしてスッキリ

 たしかにGPフィンランド大会では、しゃがみ切るまでに時間がかかったため、三浦はそこを理由と感じた様子。しかし今回は明らかに深くしゃがんでいることから、もう1つのルールである「足替えスピンは各足6回転」で、足替え後の回転が満たなかったことで0点になった可能性もあった。いずれにしても、毎シーズン変わる複雑なルールに対して、選手とコーチだけの目線で対策していくことの難しさが露呈した状況だった。

 ただ、三浦はここで精神的に潰れてしまうタイプではないのが、頼もしいところ。不満を口にしたことでスッキリさせ、気持ちを切り替えた。

「今季一の会心の出来だったことは間違いないので、体調のことも含め、自分で自分を褒めたいと思います」

 2日後のフリーに向けては、公式練習も休まず、調子を上げていく。フリーは、自身が好きなアニメ「進撃の巨人」のプログラム。名場面を登場人物になりきって演じる、三浦らしさが生きるナンバーだ。

「体調は日に日に上向きになっていき、スケートの状態も上がって行きました」

「少しでも良い点数を狙おう」

 フリーの最終グループは、歴史的ともいえる熱戦だった。6分間練習では、6人全員とも4回転が絶好調。三浦も、特大の4回転サルコウで会場をわかせた。1番手の友野一希が4回転3本入れてほぼノーミス、佐藤駿も4回転ルッツを含む3本の4回転を成功。会場の熱気が高まるなか、三浦の番を迎えた。

「皆の状態が良いので、良い演技をしてくるのは予想していました。今回は4回転ループを抜いて(不安要素を減らし)少しでも良い点数を狙おうと思っていました」

 GPファイナルでは、4回転ループに挑戦することで“らしさ”を見せたが、今回は必死に表彰台に食らいつかなければならない試合。待望の4回転ループの代わりに、無敵とも言える「トリプルアクセル+オイラー+3回転サルコウ」を1本目に持ってきた。抜群のスピードと飛距離を誇る、三浦の3連続ジャンプである。

「自然に涙が出ちゃいました」

 冒頭、その得意技で「進撃の巨人」のパワフルな世界観を一気に創り上げた。続く4回転トウループは耐える着氷で連続ジャンプに出来ず、4回転サルコウはステップアウト。しかし、縮こまるどころか、後半になるほどジャンプの飛距離を伸ばしていった。基礎点が1.1倍になる演技後半には、リカバリーで「4回転トウループ+3回転トウループ」を成功。「+5」をつけたジャッジが2人いるほどの雄大な飛躍で、このジャンプだけで18.73点を稼いだ。

 見せ場のコレオシークエンスは、持てる力を振り絞ってスピードを上げる。ここは三浦が「自分自身は(「進撃の巨人」に登場する)ライナーに一番似ているので、その疾走感を出したい」と語る場面。ライナーになりきって、リンクを駆け抜けた。

 満場のスタンディングオーベーションのなかリンクサイドに戻ると、佐藤紀子コーチが目をうるませて迎え入れる。

「自分よりも先生が、もう倒れそうなくらいヘトヘトになってました(笑)」

 得点はフリー186.17点、総合280.08点で、その時点で首位に。思わず涙が溢れ、うつむくと、佐藤コーチに頭を撫でられた。

「今回は体調不良などいろんなトラブルがあったので、やり切れたと思ったらほっとして、自然に涙が出ちゃいました」

「やり切ったのに…悔しいです」

 その後も全選手が好演するハイレベルな大会となり、総合4位に。それでも、達成感に満ちた顔でインタビューに現れた。

「内容としては満足行ってますし、笑顔で終わることが出来ました。すごくレベルの高い試合で、自分も堂々と滑って、こんな争いが出来たことは幸せです」

 でも――といって続ける。

「やり切ったのに表彰台に上がれなかったのは悔しいです。今は、やり切った感と悔しさが半々。後々、悔しさが勝ると思います」

 4位になったことで、世界選手権への派遣は、当落ライン上になった。

「(当落)どっちでも受け止められます。どの大会に派遣されても、実力を出し切って、今回負けた人たちに勝っていきたいと思います」

 翌日夜、代表発表の時間帯は、鍵山優真、佐藤駿と、仲良しの3人組で焼肉屋にいた。

「食べながら結果を待ってました」

 3人一緒に、日本スケート連盟の公式Xで、結果を確認。三浦と鍵山は世界選手権に、佐藤は四大陸選手権へ、それぞれの切符をつかんだ。

世界選手権は子供のころからの夢

 翌朝の会見で、改めて語る。

「世界選手権に出ることは、子供のころからの夢でした。2年前に補欠から繰り上げで出場予定だったけど怪我して出られなかった悔しい大会でもあります。こうして代表の座をつかむことができて嬉しいです」

 思い出の世界選手権は、と聞かれると、憧れの2人を挙げた。

「1つは羽生結弦選手の(2017年)ホープ&レガシー。あとは2大会前(2022年)の宇野昌磨選手のボレロも好きです」

 そして自身の目標を語る。

「皆が当然のように4回転を跳んで、降りてくるので、出来栄え(GOE)で差をつけるしかない。あとは4回転ループを入れて、4回転4本の構成でやって行きたい気持ちもあります。皆がうまくなっても、置いていかれないよう、追い越す気持ちでやっていきます」

 どんな不調やハプニングがあっても、気持ちをプラスにするスイッチを自分で押せるのが、三浦の強み。世界の頂点へ向けた激戦も、彼らしい機転で乗り切っていく。そんな頼もしさを感じさせる一戦だった。

文=野口美惠

photograph by Asami Enomoto