騎手を引退後、2023年1月に第一子を出産した宮川真衣調教師。預け先がなく、週末は実家に頼りながら仕事と育児を両立しているという。母親、そして調教師としての日々を聞いた。(Number Webインタビュー全3回の第3回/初回から読む)

親が後押し「育児の協力をするから…」

――調教師となってから出産されましたが、いつ頃から子供を欲しいと思っていましたか?

宮川 騎手を引退して調教師になってから、「授かれるものならいつでも」と思うようになりました。

――その時、仕事との両立や託児所について想像したり調べることはありましたか?

宮川 それは特になかったですかね。すごく子供が欲しくて欲しくてっていう感じではなくて、どちらかというと親が「自分たちが育児の協力をするから、早よう2、3人ポンポンといきや」みたいな(笑)。

――騎手になる時に背中を押してくれたお母様らしいきっぷのいい言葉ですね(笑)。

宮川 そうでしょう!? 今も実家に行ったらいつも言われるんです。「私らも年いくから、早う2人目」って。それで出産に対して安心した面もあります。

1日のスケジュール

――育児と調教師業を両立している現在の1日のスケジュールを教えてください。

宮川 レースがある日は少しゆっくりで、朝4時起きです。息子にミルクをあげて、(ご両親が住む)実家に連れて行ってから5時前くらいに厩舎に行きます。そこから9時まで管理馬の調教を見たり、エサを作ったりします。仕事が終わったら実家に息子を迎えに行って、帰宅してご飯を食べて寝かせて、起こしてお昼ご飯を食べさせてまた寝かせて、という流れです。その間に洗濯したり掃除機をかけたりしていて、レースがなくて夫が家にいる時は昼寝中の夫の横に寝付いた息子をそーっと置いて、1時間くらいは自分の時間です。ストレッチしたりテレビを見たりボーッとしています。昼間に厩務員が馬の飲み水を足しに厩舎に来たりはしますけど、私は夕方4時過ぎに厩舎に馬の様子を見に行って、5時にエサをつけて帰ります。

朝4時起きは「騎手の時に比べて2時間ゆっくり」

――ご主人のように騎手は深夜から調教に乗っているため、昼間に仮眠を取る人が多いですけど、調教師になってからは仮眠を取っていないんですか?

宮川 騎手の時に比べて朝が2時間くらいゆっくりなので、そんなに昼間は眠たくなりません。出産前は深夜3時に厩舎に行っていたんですけど、息子をあんまり朝早く起こすのもかわいそうだなと思ったのと、厩務員にとっても朝が早すぎるのは辛いかなと思って、今の時間に変えました。

――レース中、1歳の息子さんはどうしているんですか?

宮川 レース前に馬に鞍をつける作業などがあるので、実家に連れて行っています。夫は金曜日の夜から調整ルームに入っていて不在ですし、私も管理馬に何かあれば駆け付けないといけないので、金土日は実家に頼りっきりです。

競馬場内に欲しい託児所

――高知競馬は最終レースが21時前。そこに管理馬の出走があると、息子さんは実家で先に寝ていますか?

宮川 私がいないとあんまり寝ないので、実家でご飯を食べさせてもらって、自宅に連れて帰って夜10時くらいまでに寝させます。

――お父様も調教師で、実家が競馬場や自宅からも近いからこそできることでもありますね。そう考えると、競馬場の中に託児所があると随分便利でしょうね。

宮川 ホントあれば楽ですね。例えば馬の近くで作業をする装鞍の時などレースの合間の10分間だけ息子を見ていてほしいとか厩舎での作業中数時間だけ預けたいということが多いです。それだと街中の託児所には預けづらくて、競馬場内に子連れで使える部屋があれば、と出産して仕事復帰する時に提言したんですけど、「需要がないですから」と言われてしまいました。私以外にそういったケースがなく、私も何となくいまの体制でできてしまっている。ただ、これから同じ境遇になるママさんのことを考えると環境面も変わっていく必要があるのでは? と考えています。

――お子さんを生む前と後で厩舎運営に変化はありましたか?

Xで厩務員を募集

宮川 以前に比べると、子供に何かあった時にすぐに駆け付けないといけない時もあるので、動きづらくはなりました。だけど、周りのみんながすごく協力して支えてくれます。調教での騎乗は以前はしていたんですけど、出産後に体調を崩して乗れなくなった時が何回かあったので、今は基本的には乗っていません。みんなが忙しい時に乗るくらいです。

――厩務員はたしかX(旧Twitter)で募集したんですよね?

宮川 そうです。投稿を見て最初にスタッフとして入ったのは、アニメ『ウマ娘』がきっかけで馬に興味を持った男性でした。その人が来た頃は出産を控えていたので、仕事をしっかり覚えてほしくて事細かに厳しく教えたんですけど、すごく真面目で今は任せられるくらいできるようになってくれました。他のスタッフもほとんどが未経験で、別の仕事をしているけど「馬がすごく好きで、馬の仕事がやりたい」と朝だけ手伝いにきているアルバイトの人もいます。

馬にも人にも気持ちよく働いてもらいたい

――任せることも多い分、そういった人たちがいかに気持ちよく働けるかも大切になってきそうですね。

宮川 本当に周りの人たちに動いてもらわないとやっていけないので、馬にも人にもいかに気持ちよく動いてもらうかを考えています。嫌々仕事をしていたら、厩務員も思わず馬に当たってしまうこともあると思うので、ストレスが溜まらない方法を考えています。

――具体的には?

宮川 たとえばエサの回数です。馬にとっては1日4食がいいのかもしれませんが、そうなると厩舎スタッフは何回も厩舎に来て仕事をしなくちゃいけなくて大変だと思うので、私の厩舎では1日2食にして、その代わりいつでも食べられるように馬房内に草を置いています。午後からの仕事も他の厩舎では12時や13時からが多いようなのですが、それだと朝の仕事後に仮眠できるのは2〜3時間だけ。仮眠したら寝入ってしまって起きてこられないという話もよく聞くので、それならいっそのこと午後の仕事は遅い時間からにしようか、となりました。

女性騎手の「その後」

――周りの人に助けられているつもりでも、結果的にみんなが働きやすい環境になっていますね。

宮川 そうなればいいなと思って、いろいろ考えている途中です。

――JRAも地方競馬でも女性騎手が増えたことで、近い将来、セカンドキャリアの問題も出てくると思います。たとえばですけど、出産後も騎手を続けられる環境があらかじめ整っていなければ、その選択をする人も少ないのではないかな、と。

宮川 やりたいことができる環境になってほしいと思いますよね。子供ができる・できないだけでなく、環境や制度上の問題で足踏みしてしまうことがないよう、環境を整えてほしいです。

――宮川調教師の場合は調教師になってからの妊娠・出産でしたが、もしも騎手時代なら、調整ルームというレース前夜から入室し外部と接触を遮断する制度が出産を阻んだ可能性もあるのでは、と考えます。

宮川 公正を保つには絶対に必要なものではあるんですけど、もし子供がいたら調整ルームに入室するのは難しいと思いますし、世界に合わせるとなると、ゆくゆくはなくなっていくのかなとも思います。海外の女性騎手招待競走に行った時、ベビーカーを押して競馬場に来るママさんジョッキーがいました。で、レースが終わればまたベビーカーを押して帰って行くんです。

今はまだ女性が働きづらい面が多い

――公正を確保しつつも、妊娠は望んだタイミングでできるとも限りませんから、女性のライフプランも尊重できるシステムができるといいですね。

宮川 調整ルームだけでなく、今はまだ女性が働きづらい面が多いです。たとえば高知競馬は通年ナイター。昼間は預けられる保育園があっても、レースが行われる夜間はなかなかありません。レースの開催中だけでも競馬場内の舎宅の一室にシッターさんを呼んで、そこで子供を見てもらえるとか、そういうサポートがあればありがたいなと思います。自分が携わるレースは日によって時間が異なりますし、レース間隔が何時間も空く時もあるので、競馬場外に預けに行くのはなかなか……。厩務員にも女性が今はすごく増えてきていますから、改善していけばいいなと思います。

――ママさんジョッキーの宮下瞳騎手は出産を経て騎手復帰した時、宮川調教師に「せっかく作った道。後輩にも続いてほしいし、続くことができるのは真衣ちゃんだと思う」と話していました。調教師という形で続きましたが、ジョッキーの後輩に対してはどう思いますか?

宮川 現役の後輩たちとは年齢が離れすぎていて、調教師になりたいと思っている人がいるのか分からないですし、競馬の花形は馬と騎手なので、乗れるうちは乗った方がいいと思います。あとは、本人たちのやりたい道を進めばいいと思います。

今の目標は?

――いま、調教師としての目標は何ですか?

宮川 数字での目標はないんですけど……いや、あるか(笑)。騎手の時、周りの人が「1000勝できるね」とずっと言ってくれていたけど達成できずに引退してしまったので、調教師で1000勝できたらいいなと思います。馬にも人にも優しく、なるべくストレスのかからない環境を作れればなと思います。馬はレースに出るだけで相当なストレスを抱えていると思うので、厩舎にいる時は少しでも落ち着ける環境を作ってあげたいと思いますし、それが人も馬も働きやすい厩舎になっていくと思います。

 <「騎手時代」編とあわせてお読みください>

宮川真衣(みやがわ・まい)

 1987年12月8日、高知県生まれ。2005年10月、高知競馬でデビューし初騎乗初勝利。2006年8月、女性騎手史上最年少となる18歳7ヶ月での地方競馬通算50勝達成。2021年11月30日付で現役騎手を引退。通算747勝。同年12月1日付で調教師免許を取得。2022年5月にヴェレノ号で重賞初制覇。2023年1月、第一子となる長男を出産。騎手時代は旧姓の「別府真衣」で活動

文=大恵陽子

photograph by Takuya Sugiyama