駒澤大総監督として初めての箱根駅伝を終えた大八木弘明(65歳)。青学大に次ぐ総合2位となった今年の箱根路を、大八木はどう感じているのか?「Sチーム」として指導に当たってきた1区篠原倖太朗、2区鈴木芽吹、3区佐藤圭汰の走りを中心に振り返ってもらった。《NumberWebインタビュー全2回/後編に続く》

 箱根駅伝から約4週間。レースの振り返りも終わり、次への目標と動き出した中、駒澤大総監督の大八木弘明は正月の2日間の戦いを改めてこう振り返った。

「もう監督ではないので、スタート前は気楽さもありました。ただ2位に終わり、本当に悔しかったです。レース直後にもメディアの皆さんに言いましたが、エース3人を並べた3区までで先頭に出られなかったことが大きかったです。ここで後ろを走る展開となると厳しいですね。しかしその3区までも全員が設定タイム以上で走っていますから、私たちにミスがあったわけではないんです。ただレース前半で流れに乗れなかったことが結果的に響いたと思います」

 昨年度をもって、監督の座を教え子であり、コーチを務めていた藤田敦史に譲った。オーダーの最終決定も任せ、運営管理車に乗らず移動を繰り返しながら、沿道から指示を飛ばした。かつてない形でかかわる箱根駅伝となったが、「どんな形でも、やっぱり負けたら悔しいですよ」と苦笑いしながら、付け加えた。

「全員、合格点の走りですよ。正直な感想は…」

 この1年、春に卒業した田澤廉(トヨタ自動車)に加え、エースである鈴木芽吹、篠原倖太朗、佐藤圭汰の4名を「駒澤大Sチーム」とし、世界を目指す指導を続けてきた。その3人を1区篠原、2区鈴木、3区佐藤と並べる布陣ながら、先頭に立てなかった。

 言葉にある通り、3名が会心に近い走りだったことは間違いない。1区篠原は2位に23秒差をつける区間賞。1時間1分2秒は区間歴代2位の記録だ。2区の鈴木の1時間6分20秒は2年前に田澤廉が出した1時間6分13秒に迫るもので、先頭を譲った3区佐藤の1時間0分13秒も区間歴代3位と、3区間それぞれがハイレベルなパフォーマンスだった。

「欲を言えば、篠原はもう少し早めに仕掛けていれば、後ろとの差を更に広げられたかもしれませんが、力通りの走りだったと思います。(鈴木)芽吹も権太坂の下りから勢いに乗り切れなかった面はありますが、ずっと単独走でこのタイムですので、こちらも想定以上。(佐藤)圭汰もいいスタミナを見せたと思います。ただ並ばれたことで、動揺が生まれたことは確かです。世界で戦うことを見据えれば、どんな展開でも気持ちの強さと自信を走りで出せるようにならないといけませんが、20km以上のレースを走るのが初めてでしたし、十分と言えるでしょう。

 全員、合格点の走りですよ。この3人がこれだけの走りをしても前に出られなかったことについては“なんでだろうな”というのが正直な感想です。箱根までの練習や調整などの準備を振り返っても後悔や、やり残したことはありません。ですので、選手にはこの悔しさを忘れずに、でも次の目標に向かって頑張ろうと前向きに声をかけました」

「箱根も大切ですが…」大八木が考えていたこと

 悔しさを口にしながらも、大八木が納得した表情を見せるのは、3名の2024年パリ五輪挑戦への手応えが感じられたためである。

 ひとつは箱根まで含めて、3名が安定した結果を残し続けたこと。そろって出雲駅伝、全日本大学駅伝と好走し、加えて11月27日の八王子ロングディスタンス10000mでは佐藤が日本人学生歴代2位となる27分28秒50、鈴木が同3位の27分30秒69、篠原が同5位の27分38秒66と圧巻の結果を残した。これは2023年の日本ランキングでも10位以内に入るものだ。

「それも目一杯で走ったという感じではなく、疲労もあまり残りませんでした。ですので、レースが終わって箱根に向けた強化合宿へとすぐに移行できましたし、箱根でも想定以上の走りができました。強い選手というのはどんな舞台でも強く、外さない力を求められます。彼らは今季走った試合はすべてで高いレベルを維持していますし、レースを通じて強くなっていることを確認できました」

 駒澤大のエースは11月下旬、もしくは12月上旬にトラックで記録を狙うことが多い。2年前には田澤廉が10000mで27分23秒44の日本人学生最高記録を出し、その後の箱根も好走した。そして今回の3人も今年5月に行われるパリ五輪代表選考会を兼ねた日本選手権10000mへの出場権を手にすることを目指し、記録を狙った。田澤のタイムにこそ及ばなかったが、上記の通り日本トップクラスの走りであり、その目的も達成したと言っていい。

「箱根も大切ですが、日本のトップを争う場に立ちつづけることも大切です。そうしないと世界を目指すスタートラインに立てませんから。その両立はほぼできたと考えています」

篠原、鈴木、佐藤の“パリ五輪への挑戦”

 箱根での結果から見えたもう一つの手応えはスタミナ強化の成功を確認できたことである。パリ五輪出場を目指す戦いがここから本格化するが、スタミナ面においては、それを果たせるレベルまできたと感じられたという。今後はスピード強化に注力していけることが分かったのは何よりの収穫といえる。

 箱根後、アメリカに渡った佐藤は1月26日、マサチューセッツ州のボストン大学で行われた室内競技会「ジョン・トーマス・テリア・クラシック」5000mで13分9秒45の室内日本新記録を樹立し、パリに向け、好発進した姿を見せた。4名はこれから再度、合流し、アメリカ・アルバカーキでの合宿を敢行し、3月16日にカリフォルニア州ロサンゼルスで行われる中長距離の競技会「The TEN」10000mに出場予定だ。そして先に挙げた5月3日の日本選手権10000mが2024年シーズン前半の最初のターゲットとなる。5000mでパリ五輪出場を狙う佐藤はコンディション次第で出場の可否を決めることになりそうだが、できればここでどこまで日本のトップと戦えるかを見たいと大八木は話す。

「昨年12月の日本選手権10000mのトップ5は塩尻和也選手、太田智樹選手、相澤晃選手、そして駒澤大OBの田澤と小林歩でした。この5人にうちの3人がどこまで食らいつけるかを見たいんです。普段の練習を見ていても間違いなく田澤との差は縮まってきていますし、芽吹、篠原はこの種目でパリ五輪出場を目指しますので、ハイレベルな戦いをしてほしいと思っています」

 箱根は大きな目標であり、同時に世界に向けた通過点だ。このスタンスは監督時代から変わらず、むしろ総監督となり、指導者として世界を目指す取り組みを加速させたことでより強くなった。

藤田監督への本音評価「これから求められるのは…」

 そして愛弟子であり、監督として箱根初陣を果たした藤田敦史の1年をこう評価した。

「非常によくやっていると思います。ただ今季、駅伝で1年生を1回も使えませんでした。今年度は上級生が強かったので仕方がない面もありましたが、これから求められるのはその部分でしょうね。先を見据えて育成しながらも、持てる力を引き出し、チャンスを与えていく。そうしたことができるようになれば選手層はより厚くなるでしょう」

 来年の箱根はまた楽しみですよ。そう言って大八木は快活に笑った。

《後編に続く》

文=加藤康博

photograph by Shigeki Yamamoto