駒澤大総監督として初めての箱根駅伝を終えた大八木弘明(65歳)。指導に当たってきた「Sチーム」の篠原倖太朗、鈴木芽吹、佐藤圭汰、そして実業団1年目の田澤廉は箱根の“その先”、世界を見据えた挑戦を続けている。「指導者人生の第2章」と位置付ける現在について聞いた。《NumberWebインタビュー全2回/前編から続く》

 前編では総監督として挑んだ初めての箱根駅伝を振り返ってもらった。では総監督として過ごした春からの約1年はどんなものだったのだろうか。

「海外での合宿やレースにこれまで以上に出られたことが一番の変化です。その中で世界への意識がより強くなり、イメージが具体的になったと思います。監督時代はどうしても駅伝のことを考えながらの指導でしたが、今は世界と戦うための練習に集中できています。

 以前は“世界で戦う”と言ってもまずは出ることを第一に考えていましたし、出てもレースの中で世界のトップクラスには中盤で離されてしまうことが多く、“それも仕方ない”と思っていましたが、今は勝負が動くラスト1000mまで先頭集団に残るにはどうすればいいかを考えるようになりました」

大八木弘明と“4人の愛弟子”

 OBでトヨタ自動車に所属する田澤廉を中心に、昨年2月と11月にアメリカ・アルバカーキ、7月にはスイス・サンモリッツで合宿を行った。駒澤大Sチームの鈴木芽吹、篠原倖太朗、佐藤圭汰はその一部のみの参加だったが、佐藤は合宿だけでなく、年間を通じて海外のレースに多く参戦している。

 教え子たちと海外を回る中で大八木が感じた世界との差。それはやはりスピードだった。

「もちろん以前から分かっていましたが、改めて肌身で感じました。レースはもちろんですが、海外の選手がハイレベルなスピードトレーニングを行っていることを目の当たりにしたためです。その点で田澤は大学時代、目一杯の練習をしてこなかったですし、今年もレースが続いたので、本格的な強化はこれからになります。海外のトップランナーは標高1700mでも平地と変わらないペースで練習していて、田澤や(佐藤)圭汰は実際にそうした選手の姿を見てきました。私だけでなく彼らの意識や目線もこれまで以上に上がっています」

大八木が見た「田澤廉の実業団1年目」評価は?

 実業団1年目の田澤は12月の日本選手権10000mは2年ぶりの自己ベストとなる27分22秒31で走るも4位。田澤自身も大八木の言葉にあった通り、「今季は試合続きでまとまった強化期間が取れなかった」と悔しさの声を上げていた。それは8月のブダペスト世界陸上にワールドランキングによる出場を目指したためにポイントを重ねる必要があり、シーズン前半から夏にかけ、連戦となったことを指す。だが連戦を経たからこそ、レース感覚を高められたことも確かで、世界陸上では15位と2022年オレゴン大会より順位を上げている。

「まだまだですが、試合に合わせる能力がつきましたし、世界大会でアフリカ勢の作るレースの流れの中で以前より力を発揮できるようになったと思います」と大八木は田澤の1年の成長に一定の評価を与えた。

 また今季、大八木は田澤のトヨタ自動車のチームメイトである太田智樹を海外合宿で預かり、指導してきた。他大学出身の選手を長期で預かるケースもこれまでなかったこと。その太田が日本選手権で田澤を上回る2位に入ったことも田澤への大きな刺激となっている。

「レベルアップしたいという選手がいるのであれば、所属に関係なく今後も受け入れて一緒にやっていくつもりです。そして私たちも海外でのクラブチームとの合同トレーニングを増やしていきたい。実際、昨年もそうした機会があり、10000mで26分台、5000mで12分台を出すためにどんなトレーニングが必要かを私自身が学びました。それを田澤たちに落とし込んでいくためにはレベルの高い練習環境を作っていくことが何より重要であり、それが世界と戦うことにつながると考えています」

「まずは世界で入賞争いを」

 駒澤大総監督となった2023年からを「指導者人生の第2章」と位置づける。そこでまず目指すのは日本記録保持者や、世界大会での入賞者を出すこと。そのために今は「駒澤大Sチーム」として指導している形から、将来はよりクラブチームに近い体制を整えていくつもりだ。

「今の男子の状況を考えると、いきなり世界大会でメダルを狙うというのは現実的ではありません。まずはスピードを磨き続け、入賞を目指します。同時に10000mで26分台、5000mで12分台という日本人がまだ到達していないところを最初に出すという目標も描いています。実際、(佐藤)圭汰は室内の200mトラックで13分09秒まで来ましたから、12分台に近づいてきた手応えがあります。

 そして将来はマラソンまで挑戦できるよう、長期計画で世界で戦い続ける形をつくっていきたい。当面、Sチームのメンバーはトラックでの勝負です。まずは世界で入賞争いできる選手となれることを目指して強化していきます」

 新しいことを始め、夢を追いかけるのは本当に面白いと目を輝かせる。指導者、大八木弘明の第2章はまだ始まったばかりだ。

《総合2位となった“今年の箱根駅伝”についての思いを明かしたインタビュー第1回も公開中です》

文=加藤康博

photograph by Nanae Suzuki