NBAのトレード期限にあたる2月8日――。

 フェニックス・サンズの本拠地フットプリントセンターに足を踏み入れると、渡邊雄太のロッカールームはすでに扉が閉められていた。チームの大黒柱ケビン・デュラントの隣で、いつも綺麗に整えられていた渡邊のロッカー。これまでとはガラリと変わった光景と、「ユウタはもうチームに帯同していない」というサンズ広報の言葉は、新陳代謝の激しいアメリカンスポーツの厳しさを改めて表しているかのようだった。

 シーズン終盤に向けた追い込みを目論むサンズは8日、メンフィス・グリズリーズ、ブルックリン・ネッツとの3チームトレードでロイス・オニール、デイビッド・ロディの獲得を発表。その見返りとして、ケイタ・ベイツ・ジョップ、ジョーダン・グッドウィン、チメジー・メトゥ、そして渡邊の放出が決まった。

思い出した、トレード4日前の精悍な表情

 昨年7月、2年500万ドルでサンズと契約した渡邊だったが、わずか7カ月間の在籍で古巣でもあるグリズリーズに移籍することになった。

「サンズは去年の僕の活躍を評価してくれて、いい条件の契約をくれ、自分を信じて獲ってくれたチーム。もちろんビジネスの世界なので何があるかわからないですし、トレードされたからといって、チームから嫌われていたとか、そういうわけでは一切ないと思いますけど、やっぱりここにいる以上、最後までやり切りたいという気持ちはあります」

 トレード期限のわずか4日前、ワシントンDCで行われた2月4日のワシントン・ウィザーズ戦で、そう語っていた渡邊の精悍な表情が思い出される。

 NBAでは移籍など日常茶飯事とはいえ、渡邊個人としてはトレードに含まれるのは29歳にして初めて。デュラント、デビン・ブッカー、ブラッドリー・ビールという“ビッグ3”に率いられ、現在31勝21敗と上昇気配のサンズでのプレーにやり甲斐を見出していただけに、志半ばでの移籍に悔しい気持ちは少なからずあるはずだ。

 ただ、最近の渡邊の起用法を見れば、ここでトレードに含まれたことは驚きではなかった。

 サイズとバスケットボールIQに恵まれた3-Dプレイヤー(3Pシュートと守備に特化した選手)は開幕当初こそ安定したプレータイムを得たものの、昨年12月中旬以降は出番が激減。1月は多くのゲームでDNP(コーチ判断での欠場)となり、プレーした6試合でも平均5.5分で1.2得点に終わっていた。

 役割が減少した原因はやはりロングジャンパーの精度が下がったことだろう。昨季、ネッツではどちらもキャリアベストのFG成功率49.1%、3Pは44.4%をマークした渡邊だったが、今季はFG36.1%、3P32.0%。デュラント、ブッカーらが生み出したスペースを生かすという役割を果たしているとはいえなかった。

説得力あるアレンの言葉

「短めのプレータイムの中で、シュートのスペシャリストとして結果を出すのは簡単なことではないんだ。何本かのシュートを外したら、プレーの機会はもう巡ってこないかもしれない。そこでリズムを掴むのは難しいことだ。それらはすべてのシューターが時に経験し、苦しんできたことでもある。特に今のこのチームはローテーションが定まってきていたから、ユウタが調子を取り戻すのは困難だった」

 今季は3P成功率49.4%でリーグ1位のグレイソン・アレンはそう述べ、プレータイムが減ったあとでも丹念な準備を続けた渡邊を気遣った。同じく3-Dタイプであり、グリズリーズ時代から渡邊のチームメイトでもあったアレンの言葉には説得力がある。

 また、渡邊がコンスタントな出場機会を得ていたシーズン序盤のサンズは故障者が多く、チーム内のケミストリーを養成するのが難しかったことも付け加えておきたい。

 ともあれ、こうしてサンズでの短いチャプターを終えた渡邊は、メンフィスに移動してまた新たなスタートを切る。現在、グリズリーズは18勝34敗と低迷中。昨季はウェスタン・カンファレンス2位に入ったチームだが、エースのジャ・モラントが右肩手術で今季中の復帰は絶望になり、4季連続のプレーオフ進出は困難。渡邊にとっては初めてとなるプレーオフでのシリーズ勝利が難しくなったことも少々残念ではある。

 ただ……すべての後で、ここでの移籍は渡邊のキャリアにプラスに働く可能性が十分にあるように思える。結局のところ、たとえ優勝が狙えるチームにいても、自身が貢献しなければNBAプレーヤーとしての未来は限られていた。モラント、マーカス・スマート、デズモンド・ベイン、ブランドン・クラークといった実績ある選手が相次いで故障離脱中のグリズリーズでは少なからず出番はあるはずだ。

 特にグリズリーズは前述通り、渡邊が2018年、NBAキャリアをスタートさせた馴染みの場所。ジャレン・ジャクソン・ジュニア、ジョン・コンチャーといった仲の良い選手たちは依然としてチームに属しており、やり易い環境ではあるに違いない。

古巣ファンに元気な姿を見せたい

「渡邊は今季終了後、プレイヤーズオプションを持っている。新加入の選手たちは今季の残り試合でそのスキルを誇示する機会を得ることが予想される」

 メンフィス・コマーシャル・アピール紙のダマイケル・コール記者が記事内でそう記していた通り、渡邊の今後のプレー内容は来季以降にももちろん影響する。シーズン中の移籍でリフレッシュし、古巣のファンに元気な姿を見せておきたいところ。台所事情の苦しいグリズリーズでシュート力、守備力を改めて誇示すれば、モラントらの復帰で来季には再びコンテンダーに戻りそうなチームから重宝されることも考えられる。

「ユウタは長さ(ウィングスパン)に恵まれた素晴らしいシューターなのだから、あとは自身のショットをクリエイトする術を学べれば大きいと思う。真のプロフェッショナルであり、素晴らしいチームメイト。また新しい武器を身につけて、次のチームでは良い機会を得ることを願っているよ」

 NBAで15シーズンにわたってサバイバルを続けてきたサンズのエリック・ゴードンはそう述べ、元チームメイトになった渡邊にエールを送っていた。

 そんな大ベテランの言葉通り、姿勢の正しさに定評があり、これまでトロント・ラプターズ、ネッツでも活躍した渡邊には、プレーオフチームに貢献する力があることが証明されている。サンズで力を出しきれなかったといって、NBAでのキャリアは終わりではない。あとはゴードンが言及していた通り、これまでやってきたことに何らかのアクセントを添え、心機一転、再び這い上がっていければ……。

何度も窮地を乗り越えてきた不死鳥

「これだから人生って楽しい」

 トレード報道後、Xにそう投稿していた渡邊は、実際にグリズリーズでの第2章を心から楽しみにしていることだろう。サンズに愛着を感じていたことは前述通りだとしても、移籍先でもすぐに心を込めた全力プレーを続けてくれる選手。そんな熱いプレイヤーだからこそ、アレン、ゴードンといった元チームメイトたちだけでなく、多くのファン、関係者が成功を願っている。

 これまで何度も窮地を乗り越えてきた不死鳥(フェニックス)のような渡邊だけに、フェニックスの街から離れたあとも、崖っぷちからの逆襲にもう一度だけ期待を寄せたくなる。

文=杉浦大介

photograph by Alex Goodlett/Getty Images